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パワハラやいじめ



 

 

 

とある歌劇団で、劇団員同士のいじめやパワハラがあったのかなかったのか、ニュースになっています。

 

周りの女性に言わせると、女性社会は結構陰湿で怖い、ということだそうです。

 

客室乗務員、看護師、女子高、女性社会というのはそこら中に存在しています。

 

同時に、会社の中では男性同士の上下関係によるいざこざもあるので、実は女性社会だけではなくて男性社会もそういうことがあるのね、というような意見もありました。

 

まあ、人間社会や集団そのものに、陰湿な部分もあれば、よい調和がとれている部分もある、というのが自然な捉え方なのでしょう。




閉鎖社会は特に危険

 



一つありえそうなのは、閉鎖社会になればなるほど、陰湿な事件が起こる可能性も大きくなるのではないかということでしょうか。

 

その閉鎖社会独自の常識やルールが形成されて、たとえそれが世の中の常識やルールからはかけ離れていたとしても、閉鎖社会であるがゆえにまかり通ってしまう、ということです。

 

直接は関係ないですが、私が男子高校生だった際、とある高校教師が言ったある言葉は今でも私の記憶の中に残っています。

 

それは、もし君ら(私たち)にもっと勉学に取り組んでもらいたいと思ったら、このクラスに2-3人、かわいい女性を入れることが一番でしょうね、という言葉です。

 

まあ、発言そのものがセクハラと言われてしまえばそれまでですが、私個人としてはかなり腑に落ちました。

 

男子ばかりの環境で、バカをやっている人も私を含めていましたから、その閉鎖空間のバランスを少し壊すことで、より我々の態度や心持ちがいいように変わる、ということをその教師は言いたかったのでしょう。

 

外部の血を入れる、なんて表現が使われることもありますが、それも狙いとしては同じようなことでしょう。

 

とある芸能事務所関連の事件であったり、今回の歌劇団の事件であったり、奇しくも男性社会、女性社会の代表のような組織ではありますが、問題があったのではないかということが叫ばれています。

 



パワハラはどこでもある




でも、改めてになりますが、パワハラというのは実際には多くの組織で行なわれていることだろうと思います。

 

やはり役職が上の人の言うことに正面切って逆らうことはできませんし、指導という名のもとに行き過ぎた叱責が行なわれることもあるでしょう。

 

そして厄介なことに、それは相手のためを思ってとか、決して押し付けではなくて、というような正義感や態度がその発信源になっていることもありますので、本人そのものがやりすぎかもしれないことに気付いていない場合もありますし、それをやりすぎであると誰も言えない状況というのもあると思います。

 

場合によっては、本人は確かにそのつもりなんだけれども、言葉の使い方や言い方には問題があって、受け手は必ずしもそう捉えていない、ということも十分にあり得ますし、実は相手のためを思ってあえて、ということを主張する人に限ってパワハラ気味であるとかもあるんですよね。

 

会社であれば、360度フィードバックなどでいろいろな人から助言をもらうということも仕組みとしては可能なのかもしれませんが、そこで正直なフィードバックをもらえるかどうかというのは誰にもわかりませんし、そこで指摘がなかったから大丈夫なんだというのも言い切れない場合があります。

 

指導はしっかりをしないといけませんので、その場合でも、ちゃんとロジカルに、周りに誰かがいる環境で、行動そのものに対する指導をする、ということを今まで以上に気を付けていかないといけないのかもしれませんね。


集団になったらいじめになりますし。

 

 


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退職金への増税

 

 


 

政府、与党が、同じ会社での勤続年数が長いほど退職金にかかる課税が優遇される制度について、今年の見直しを見送ったそうです。 

そもそもの見直しを図った理由が、この優遇制度によって、会社員の転職モチベーションを下げているのは問題である、ということだったのですが、サラリーマン増税だとという批判も巻き起こっていました。 

現在のご時世、サラリーマンではなくてサラリーウーマンもいるだろうと思うのですが、そういう点には世の人も別に意見しないのが不思議だなあと思っておりましたが、それは横に置いておきましょう。



転職の推奨?



転職をすることが個人や社会にとっていいのか悪いのかははっきりとはわかりません。

しかし、今の政府、与党としては、人材の流動性を高めることが、日本社会の競争力を高めることにつながると考えており、人材の流動性が高まらないことは課題であると思っているのだろうことは、この退職金関連の制度の見直しの話に限らず、感じ取れます。 

ですので、もしも日本社会の競争力が高まるのであれば、私も人材の流動性を高めることを助長すること自体は、政府や与党の施策として、当然の事であろうと思います。 

シンプルに考えると、ある一つの会社でしか働くことができない人というのは、社会における人材としての競争力は弱くなるだろうということは理解できます。 

例え、ある会社でなくてはならない専門知識を駆使している人がいたとして、その会社にとってはその人材はとても大事であって、価値がない人材とは言えないのですが、他の会社からしたらその会社にとって価値のある人材とはならない、ということです。 

一方で、色々な会社で通用する、働くことのできる人材が増えるということは、その分、競争力のある人材が増えることになるとは思います。 

理想ではありますが、行きつく先は、年齢や性別を問わずに、能力のある人はいつまでも必要とされ、望めば働き続けることができる社会というのができるのでしょう。 



理想と現実



しかしながら、実際に、退職金をもらえるだろう立場にいる人にとっては、既得権益を侵されることになるわけですので、何の対価もなしにいきなり権利を手放せと言われれば反発するのも当然です。

しかも多くの人は、自分や家族の生活の安定のために、家を買い、車を買い、教育にお金を投じ、時にローンを組みながら、退職金もあてにして、日々、頑張っているわけです。

それがいきなり、あなたは優遇されすぎですので負担を増やしますとなれば、反発するのもかなり理解できます。 

人材の流動性なんか気にせずに、今の会社であと何十年も働いて生計を立てていくぞ、と思っている人も当然多いでしょうしね。

しかも、負担が増えて、増税になったとして、その税金が有効活用されるのかどうかも分からないなんてなったら、快く賛成することなんて無理でしょうね。 

そもそも、退職金に増税されたら転職を考えるかどうかも謎です。



説明と理解が足りない



それがいいかどうかは別として、議員はどうか、公務員はどうか、という声が出るのもまあ自然だなという気はします。 

そういう意味では、人材の流動性云々の話も含めて、政府や与党が本当にやりたいことが見えてこない、というのが大きいと思います。 

もちろんそれは、我々がその点に興味をあまり持っていないことの裏返しでもあるとは思います。 

結局、何のためにそういうことをするのか、それはやらないといけないことなのか、やりたいことなのか、というのを判断できないので、自分が不利になる点はとりあえず反対したくなるのは当然です。 

また、人材の流動性のことを言うなら、政治家の世襲も問題でしょうし、議員にも最大任期を検討するべきですし、公務員の転職も奨励せよ、という話になるはずですが、そうはなっていないのです。

なんだかある一部分しか見ずに課題をこねくり回しているような気がして、気持ち悪く感じるというのはあるでしょう。

 

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不用意な発言と本音





とある芸能人が、失踪したペットを探す場合に、そのペットが鳥であった場合に、張り紙なんかもしているけれども、探し出すのは無理でしょうという発言を笑いながらしたことが批判を浴びているという記事を読みました。
 
まあ、ペットの飼い主としてはわらをもつかむ、すがる思いで、張り紙をしているわけでしょうし、それを笑いながら無理でしょうと言ってしまうことは確かにセンスがないかもしれません。

 
ただ、電柱や掲示板などに貼られたそのような類の張り紙を見た際に、どれほど効果があるのかな、と正直疑問に思った経験のある人は多いのではないでしょうか?
 
もちろん、我々個人がそう思う分には、ただ個人的に思っているわけでしょうし、別にそれをSNSやメディアを通じて発信することはないでしょうから、あくまでも個人の意見としてそう思っているだけだと思います。
 
それを芸能人がメディア上でやったために、批判にさらされているような気がします。


心に留めるか、表に出すか

 

例えば、差別的な感情を単に個人的に感じているだけでそれを表面に出さないのであれば、その感情自体は確かに差別的ではあるものの、社会的にはそうは認知されないわけですから、他者から見てその個人が差別をしていると思われることはありません。
 
その個人自体は差別的感情を抱いているわけですので差別主義者なわけですが、それが表面に出ない限り、社会的にその個人が差別主義者だと判定されることはありませんし、当然そのことで批判されることもないでしょう。
 
今回その芸能人が批判されているのも、本質的にはその芸能人がそのような感想を持っているからというわけではなく、その感想を表に出してしまったからではないでしょうか。
 
ただし、もしも批判されるのであれば、その感想を表に出してしまったこと、あるいは笑いながらそれを表現してしまったことに思いやりがなかったこと批判するべきであって、いなくなったペットの鳥を探し出すことは無理ではない、という論調で多くの人が批判するのはなんだか違和感があります。
 

いや、無理ではないかもしれませんが。


さらに言えば、もし仲の良い友人同士が雑談をしている場で、笑いながら無理だよね、という話をすれば、他の参加者も笑いながら、確かに、なんて同調することもあるような気がします。
 
もしかしたら、あくまでもデリカシーがない、場をわきまえない発言であったというだけなのかもしれないなと思います。
 


本音と建前


人間は社会的な生き物ですから、場をわきまえた発言をすることは大切だと思います。

 
真実だから、あるいは可能性が高いからという理由である発言をすることが常にいいことだとは限りませんし、受け手がどのような感情を抱くのかを考えた上で発言をする必要があります。
 
メディアを通して、不特定多数の人がメッセージを受け取るという意味では、誰が受け手なのかも分かりませんし、より一層発言には気を付けないといけないというのはあるかもしれません。
 
そういう意味では、不愉快になる人がいるであろう内容の発言をしたことは批判をされてしかるべきだと思いますが、その一方で我々自身も、何を根拠にして、あるいはどのような視点からその発言を批判するのか、はっきりさせておく必要があるのではないかと思います。
 
建設的な批判はするべきですし、もしかしたらそれをすることによって、我々自身の普段の発言を改めて振り替えるいい機会になるかもしれません。
 
ただ正論を振りかざして、正しい立場にいる安心感から、そうではない立場にいる人を一方的にたたくというのはかなり違和感があります。


世の流れはある

 

ただし間違いなく、そういう、表現にはより一層気を遣わないといけない世の中になってきているのでしょうね。
 
テレビのバラエティ番組が面白くなくなってきているというのも、昔は規制や配慮しなければならないことの壁が低かった分、無茶をやれたというのはあるのではないかと思います。
 
おもしろくなれば無茶をしてもいい、というのはまた違うとは思いますけれどもね。

 

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セミリタイアした方がいい人とは




先日、非常に興味深いセミリタイアに関する主張を読みました。
 
かなりの固定読者もついているような有名なブロガーの方で、セミリタイアに興味を持っている人なら、誰しも一度くらいはその方のブログを読んだことがあると思います。


個人的な理解


 
あくまでも私がこのように自分で消化した、という内容になりますが、要するに、社会生活に適合できない、能力の低い人こそがセミリタイアを目指すべき人であって、逆に、能力のある人、お金を稼げる人、ただ今の生活が辛くてから逃げたい人はセミリタイアをするのではなくて、働く場所を変えるとか働き方を変えるといった手段で人生を豊かにしたほうがいい、という主張と受け取りました。
 
これも私がこのように消化した、ということになりますが、セミリタイア生活はセミリタイア生活で決して楽な生活ではなくて、セミリタイア生活をリタイアする人もかなりの割合でいるのではないか、という主張があって、それがなぜかというと、多くの人は、働いていればお金も稼げるし、小さくてもやりがいを感じることもあるだろうし、それによって生きているという感触を得られるからであろうということかと思っています。
 
その反面で、どうしても社会生活に適合できなくて、仕事をしていても全く面白くもなくうまくもいかない、という人は、そもそもこの現代社会で労働をして過ごすことに向いていないのであって、であればセミリタイアが、よりその人の幸せにつながるのではないか、という主張と読み取りました。
 
実際にセミリタイアをしている人の主張として、セミリタイアを手放しでほめたたえるのではなくて、必ずしも誰しもに正しい選択肢ではないかもしれない、という主張かなと思っていまして、納得できる部分も多くあるなと思いました。



私も働きたくないわけではない


 
何度か書いていますが、私も全く労働をすることが嫌で働きたくないというわけではなくて、あくまでも今のポジションで今の仕事をすることから離れたい、という思いがあって、とはいえ別に何かすごくやりたいことがあるわけでもないので、であればセミリタイアをして細々と働いていく、ということが人生を豊かにするのではないかと思っているのです。

 
ですので、極端な話をすれば、部門や部署を移動して、少し気楽に働ければいいのになと思っています。
 
もしかしたら、そうすることで、会社にもより大きな貢献をできるかもしれないと思っています。
 
そうなるとなったで、もっとやりがいのある仕事をしたい、と思いそうだなと想像できるのがちょっとイマイチなのですけれどもね。
 
読書をしたい思いがありますが、そうしたら読後に、よし俺もとやる気が出てくるなんてのはよくある話です。


何に時間を使うのか


 
今は、なるべく子どもとの時間を確保したいなと思う気持ちが強いのですが、子どもが自分一人で遊びに行ったり、同年代の友達と遊んだりし始めたら、休日に私と遊ぶ機会も少なくなるでしょうし、そうなると自然と子どもと過ごす時間が少なくなりますので、そういう時に何をするか、というのもありますから、そういうときのよし仕事をするぞってなるのかどうか、ですね。
 
なんとなく、今の会社の仕事のために時間を使うということにはならない気がします。
 
どちらかというと、それが直接子どもとの時間ではなかったとしても、また直接子どもに関わることではなかったとしても、子どものためになる何かに時間を使いたいなという思いがあります。
 
俺はお前のためにこんなにやってるんだぞ、となってしまうのは良くないですが、長い目で見てほんの少しでもそういう効果があれば信じてやってみる、というのでいいかなと思います。
 
とはいえ、そんなにうまくはいかないのだろうなあと思います。
 
私自身が意固地になってしまうところもありますし、俺はこんなにお前のためを思って、って感じるのは感じるのだと思います。
 
ただし、それを表に出してはいけないですね。

 
 

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人生ってどんなものだろう




それも一つの人生ですよ。
 
自分の人生がいかに不幸かとか、こんなに大変だとか、我慢して過ごしている、というような話をすると、それもまた人生です、というような言葉が返ってくるときがあります。
 
この言葉自体は間違っていないと思っていまして、それもまた一つの人生なのだと思います。
 
美空ひばりの唄ではないですけど。


100%満足いく人生はない


そもそも、絶対に満足が行く人生なんてないと思っています。

 
例えば、私はお金を早く貯めてセミリタイアをしたいと思っていますが、お金があれば幸せかどうかを考えてみると、ビジネスで成功した人、プロスポーツ選手、芸能人、親が資産家の人とかいろいろと思い浮かびますが、その人たちはその人たちなりの苦労をしているわけですよね。
 
嫉妬や妬みを他人から抱かれる、足を引っ張られる、悪口を言われる、過度に期待される、プライベートがない、などなど、ストレス要素が満載です。
 
ただし、一方で、それも一つの人生ですよという言葉に対して言いたいこともあります。
 
そんな言葉で片づけないでと。


悩むのは人生が一度きりだから

 

もしも人生が何回か送れるのであれば、それもまた人生として受け入れられるのかもしれませんが、人生は一度きりです。
 
一度しかない人生の中で、何が正解で何が不正解なのかは分かりません。
 
一見正解だと見えることが実は不正解かもしれないし、その逆だってあり得るわけです。
 
そんな中で、自分は不正解の選択をしているのかもしれない、と感じているからこそ、色々と不満も出るのでしょう。
 
確かに、自分が不正解だと感じているだけで、実は全知全能の神からすればそれは正解、あるいは一番良い選択の結果なのかもしれません。
 
ただ、それが分からないからこそ、もっと良い選択をして、良い人生になりえたのではないかと思っているのです。
 
バタフライエフェクトという映画があります。
 
個人的にすごく面白い映画なので、もしも観たことがない人がいれば騙されたと思って観てみてください。
 
過去のある選択が、将来の大きな違いに影響を与える、ということを念頭に、主人公が何度も何度も選択を変える、という映画です。
 
実際の人生が映画のようなものなのかどうかは分かりませんが、いずれにせよ、あの時にこうしていれば今はよかっただろうに、というのは誰しもが思うことではないでしょうか。
 
ルーティーン、ジンクス、とかいう言葉も、ある行動が将来の結果に影響を与えがちだと思われているからこそ、生まれているのでしょう。
 
神頼みに始まって、宗教だってそうかもしれません。
 
むしろ、宗教の場合は、自分の能力や選択を超えた大きな力が働いているという意味では、どうしようもないという意味合いで、それもまた人生、なのかもしれませんね。
 
ただし、実際にどうなのかは誰にもわかりません。
 
ただ、だからと言って、それもまた人生と言ってしまうのは、結構突き放したような言い方だなと感じてしまいます。
 
誰しもが人生を送る中で選択を重ねながら過ごしているわけで、その上で間違った選択をしているかもしれないなと思っているわけですからね。
 
もちろん、過去は変えられないので、選択を変えることはできませんが。
 
では何といえば正解なのかは私には分かりませんけれども、自分の子どもにどういうことを言ってあげられれば、人生が豊かになるのかなと思いながら、ふと思いました。

 


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GWを過ごす




新幹線のチケットを予約してようと思って時刻表などを見ているのですが、新幹線ってちょっとテンションが上がりませんか?

 

というか、長距離移動のバスや電車は全てテンション上がるのですけれども。

 

よく見ると、新幹線も年季が入っている車体が多いのか、別に外見がすごくきれいというものばかりではないですし、むしろいろいろなところが汚れている車体も見受けられます。

 

そういう意味では、私は高校生の時にその外見に少しがっかりした記憶がありますが、あくまでも移動手段として考えると、別に外見のどうこうは関係ありません。

 

移動手段として、乗り込む際にちょっと遠くに行くぞという、慣れ親しんだ土地から離れて新しい土地に行くことのわくわく感みたいなものを感じます。

 


いい記憶



新幹線に乗ることで一番覚えているわくわく感は、金曜日に会社に午後休をもらって、Jリーグの試合を観に新幹線に乗った時です。

 

そもそも平日に仕事をしていないんだという特別感、さらに昼間からお酒を買い込んでつまみと一緒に楽しんで知る背徳感、さらにはJリーグの試合を観に行くぞという高揚感、それらが相まって、出発後30分くらいでもういい感じに出来上がっていたような気がします。

 

移動するだけでも楽しみがあるのに、移動先にはさらに楽しみが待っている、という期待があったのだろうと思います。



良くない記憶


 

逆に困った経験は、出張のために新幹線に乗ってうとうとと寝ていた際に金縛りにあったことです。

 

完全に意識はあるような気がするのに、体は動かないし、目は開かないし、今どこにいるのかもわからないしで、幽霊がいるとか言ったそういう怖さではなくて、乗り過ごしたらどうしようという焦りを強く感じました。

 

別の新幹線での移動だったと思いますが、恐れをなしていた上長も参加する出張だったというのも相まって、焦っていたのだと思います。

 

結局は目的地でちゃんと降りられましたし、事なきを得たのですが、そういう場面での睡眠中にも金縛りにあうんだなということが分かった経験でした。

 

かなり疲れていたのでしょうか。

 

GWですので、もうすでにいい時間帯の指定席はやはり残りがあまりなく、特に家族と連席で座るとなるとなかなか予約ができないです。

 

私の動き出しが遅いので、当然ですけれども。

 

始発駅であれば自由席でも乗りやすいですし、もしもの場合は1本か2本新幹線を逃せばいいだけですので、妻の冷たい目線さえ我慢すればなんとかなりますが、始発駅でない場合は何とか指定席を確保したいものです。

 

自分一人であれば、席があれば予約すればいいですが、家族といると、禁煙車両でも喫煙室の近くは嫌だとか、色々と要望も出てきますので、そのあたりも注意しながらの座席選びです。

 



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セミリタイア志願者の健康管理



徐々にジョギング継続の効果が出てきたのか、体重が少しづつですが減ってきて、かつ減った状態でキープができるようにもなってきました。

 

運動と共に、そもそも食べる量を調整するようにしていますし、お酒を飲む量も減っているので、カロリー摂取そのものが抑制されている効果も大きいと思いますが。

 

炭水化物を取りすぎないようにして、たんぱく質や食物繊維などを多めに取るようにするとよいという大雑把な知識はあるのですが、実際にはあまり詳しくない中、とりあえず、炭水化物を取りすぎないようにはしています。

 

例えばですが、外食をしてもポテトフライとかその他揚げ物は少し控えめにするとかの簡単な心掛けです。



ストイックでなくていい

 


YouTubeを見ていると、いわゆる筋トレYouTuberというのでしょうか、そういう人たちが食事についてのアドバイスをしています。

 

そういうのを見ていると、かなりストイックだなというか、そこまでしたくはないなというのが正直なところですが、参考にはなります。

 

私の場合、おいしいものを食べるというのが幸せなので、食事は食事で楽しみたいという思いはあります。

 

筋トレYouTuberの方たちは、それ以上に筋肉を鍛えることが幸せに感じるので、我慢もできるのでしょうし、むしろ楽しめるのかもしれません。

 

体重は少しづつ減っているとは言っても、まだ20代だったころの体重に比べると重くなっています。

 

いったいどこにその重くなった脂肪があるのだろうかと、一見すると分からないのですが、体の内部に脂肪が詰まっているのでしょうか。

 

20代だったころの、個人的にベストだったと思われる体重に戻すのは至難の業かもしれませんが、健康な体にするためには、もう少し体重を絞らないといけないかもしれませんし、なんならやはり筋トレもした方がいいのだろうか、と思う時があります。

 

その筋トレYouTuberの人たちはこぞって、体重を減らしたいならまずは筋肉量を増やせと主張しています。

 

そうすれば基礎代謝が上がるからという理由なので、確かに合理的なのですよね。

 

例えば私の場合、ジョギングをやめたら消費カロリーが減りますので、また元通りの体重に戻っていくかもしれませんし。

 

いや、それはまあ、筋トレをして基礎代謝を上げても、筋トレをやめたら元通りになるのですけれども。

 

 

 



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阪神岡田監督の発言を考えるセミリタイア志願者



阪神タイガースの岡田監督の取材コメントに、今のプロ野球では選手の休養日を設けるというトレンドもある中で、なぜ選手を休ませなければならないのか、選手は毎日給料をもらっているじゃないか、というものがありました。

その背景にあるのが、ある投手を投げさせなかったからというのがあるようですので、その投手をかばっての発言であるとも受け取れますが、いずれにせよ、説明として使用した、給料をもらっているのになぜ休ませなければならないのか、という意見が興味深いです。

普通に考えたらそりゃそうですよね。

働く前提でお金をもらってるんだから、そうなら働けってことです。

ただ一方で、短期的に考えたらそれでいいですけど、中長期的に考えたら、いい選手を短い期間に使い潰してしまう可能性もあります。

それは、チームが継続的に強いチームであるためにはマイナスかもしれません。

メジャーも注目していると言われる、ロッテの佐々木投手なんかは大切に扱われてきたと思いますが、それは中長期を見据えてのことでしょう。

しかし、プロの世界、試合に出て、活躍してなんぼです。

例え輝ける期間は一瞬でも、その一瞬に輝きたいと思う選手だっているかもしれません。

多くの選手は輝けないまま終わってしまう厳しい世界です。


民間企業ならどうか?


一方で、もしも、今の世の中で、民間企業の社長が、トイレに行く間も惜しんで仕事しろ!始業後60分はトイレに行くな!と社員に言ったら、炎上してしまう気がします。

勤務時間中は仕事しろって言われているなら当然のことではあるはずですし、トイレくらい始業前に行っておけというのはわからなくはない主張だと思いますが。

生理現象としての生産性を持ち出すなら、プロ野球選手だって休んだ方がその後の生産性はあがるばすなのです。

毎日、かなり体を酷使しているでしょうからね。

プロ野球選手とサラリーマンは違う、というのであれば、なぜそこが違うのかを考えてみるのもまた面白そうだなあと思いました。

少なくとも、岡田監督の発言は炎上していません。

残念ながら、サラリーマンはプロではないってことなんでしょうか。

政治家が、税金から給料をもらっている人間は24時間365日、国民のことを考えて働けって言ったら賛同を集めそうですしねえ。




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野球の審判と誤審

 


ネットの記事を見ていて、審判は辛いよ、という記事を見かけました。

要は、プロ野球の審判なのですが、リクエスト制度ができて、審判が間違っていたら判定が変えられる、その一方でいくら素晴らしい判定をしても当たり前として捉えられて、褒められることはない、という内容でした。


所感


褒められることは確かにないよなあと思いますので気持ちはわかる反面、よほどの誤審でない限り、リクエストされたビデオを見て判定が変わってもそのこと自体は責められません。

要は、選手も観客も、あのハイスピードで繰り広げられるプレーを全て正確に判断できるとは思っていない中で、もし間違っていたら修正してほしいというだけなのではないでしょうか。

以前は、あるいは今でも基本的に審判は絶対だ、という価値観があった、あるわけですから、褒められることがないのが辛い、というのは勝手な話で、褒められたいなら、存在が絶対だ、なんてのはおこがましいことこの上ない主張です。

しかも、別に審判が間違っていても修正するか、しないかは審判に委ねられて、修正しないことだってあるわけですから、そうなると話は全く異なってくるというか、褒める褒めない以前の問題です。


会社の日陰部署


会社の中で、生産現場に携わっている人とか、原材料を調達している人とか、うまくやって当たり前、失敗したらなにやってんだ、という立場かつ、日が当たりにくい部署で働いている人が言うような、そつなくこなしても褒められない、なにかあったら責められる、というのとはまた随分と訳が違う気はします。

そういう部署はなかなか花形部署になりにくいのですが、基礎の基の部署としてかなり大切な仕事をしています。

そういう部署の人たちが文句を言ってもすんなりと受け入れられる気はします。

なぜなら、彼ら、彼女らはミスをしたら隠せないですし、それを取り返すための努力も強いられます。

判断間違ってたよ、ごめんねでは済まされないわけです。

野球の審判も、ひどい誤審をしたら責任追及はされるみたいですが、誤審して、それをごまかすことで、それは実際にプレーをしている選手や監督の給料に反映されるわけで、それっていかがなものかという気はします。

もちろん、人間ですからミスはありますが、それを踏まえた上でのリクエスト制度なわけですから、むしろ間違えた場合でも他の人の人生には影響を与えずにすんで良い影響があるはずです。

審判の威厳、みたいなことを言うくらいなら、逆に間違っていたら間違っていましたと認めないと、それはただの頑固野郎なわけで、それでいて、責められるのはきつい、いい判定をしても褒められない、というのはなにを言っているんだろう、と思います。

プレーのレベルは上がっているわけで、人間では判断できないことが増えているからこそのリクエスト制度と捉えれば、別にミスを指摘するための制度ではなく、納得度を上げるための制度に過ぎません。

リクエストされて、あきらかな誤審なのに判定を変えないということをやっている以上、審判が文句を言うのも同情はできないなと思います。


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マルチビジネスを考えるセミリタイア志願者

 



 

お金が欲しい、お金持ちになりたいというのは多くの人が思うところなのではないでしょうか?

 

既にセミリタイア生活に入られている人の中には、お金なんていらない!お金なんてなくても豊かに暮らせる!と主張されている方もちらほら見かけますが、実際のところ、そういう人たちだってもしも臨時収入で10万円手に入ったら幸せを感じるのではないでしょうか?

 

そこで、いや、自分にはお金なんかいらないから、この臨時収入は困っている人のための募金に使おう、なんてことにはならないのではないかと、意地悪な考えかもしれませんが思ってしまいます。

 

究極的には、お金がなくても幸せになれますし、お金があったら幸せになれるわけでもありませんが、この資本主義の世界において、お金があって困ることはありません。

 


マルチビジネス



なぜだかよくわかりませんが、最近特にマルチ商法関連のニュースを目にすることが増えました。

 

もしかしたら私がそういうニュース記事を見ることを選んでいる結果かもしれませんが。

 

簡単にお金が稼げる、というのが常套の勧誘文句になっているようですね。

 

よく言われるのは、簡単にお金が稼げるノウハウを他人に教える人はいない、ということで、それはその通りなのですけれども、やはりお金が欲しいと思う人の心がある以上、この話だけは本当なのではないか、この話を逃したらチャンスをみすみす逃すことになるのではないか、というように思ってしまうのかもしれないですね。

 

私もまあいい儲け話があれば乗りたいなと思う気持ちはありますし、詐欺のような感じでニュースになっていましたけれども、牛に投資するとかいう儲け話に、興味を持ったこともあります。

 

結果的に投資しませんでしたが、確かに興味は持っていましたし、当時は怪しいなともそこまで思っていなかったのではないかと思います。

 

牛という目に見える資産があるから比較的大丈夫、というように思っていたのかもしれません。

 

会社にかかってくる不動産投資の勧誘電話は、時間をおかずに怪しい、と思うのに、ある別の似たような話にはそう思わないということが私自身でもあるわけですから、人のことはあまり言えないなと思います。



楽に儲かることはない

 


ただ、確実に言えることは、確かに、そんな簡単な儲け話はないということです。

 

もっと言うならば、リスクなくリターンを得られる儲け話はない、ということでしょうか。

 

自分で言っていて、夢がないなと思いますけれども、現実なのですから仕方ないです。

 

投資で儲けている人たちも、かなり勉強をした上で儲けているはずですし、素人が何も勉強せずに簡単に儲けられるようなことは残念ながらほんんどないのです。

 

でもいまだに多くの人が引っかかるわけですから、不思議なものですね。

 

こうは言っている私も、そのうち引っかかるかもしれません。


 


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鶏卵が足りない?



卵の品不足、値上げのニュースが話題になっています。

 

飼料の高騰に加えて、鳥インフルエンザの流行によって需給バランスが崩れているようです。

 

卵と言えば、従来スーパーでは不当とも思われるくらい安い値段で販売されていて、ある種の客寄せ的なプロモーションのために使われていました。

 

お得な卵でお客を呼んで、他のものも買ってもらおうという戦略です。

 

鶏卵業者の人からしたら大変だろうなということは理解できる一方で、1消費者としては、生活を送る上で大変助かっていたというのは正直なところです。

 

栄養価もかなり高いので、簡単な朝食にしたり、ちょっと何かを口にしたい時などもお菓子ではなくてゆで卵をなんてこともやっています。


値上げのいい機会か


 

日本の卵は、生食が多い分、衛生面でもかなり気を遣っていると思いますし、コストもそれなりにかかるところを、力関係ではスーパーや量販店が持っている中で、なかなかコスト転嫁できずにいたというのがこれまでの実情ではないかと思いますし、これを機に少し価格を上げることを消費者が受け入れてくれるといいなというところもありますが、たぶん、それはそれで難しいのでしょうね。

 

のどもと過ぎればなんとやら、で、そのうち、消費者は卵が高すぎる!卵すら変えない貧困層みたいな感じの論調がでないとも限りません。

 

セミリタイアを目指している私としても、食費が上がったり、栄養価の高い製品が買いにくくなったりというのは、どちらかと言えばネガティブなニュースであることは確かですし。

 

本来であれば、日本の食糧需給のリスク要因があぶりだされたことでもありますので、これを機に何かを変えていこうという機運があってもいいと思うのですが、そういう感じにもならなさそうですよね。

 

鶏卵に限らず、食糧の安定需給の確保はこれからの日本の課題になる、というか既に長年なっている、と思います。

 

そこまで言うならお前がやれという声は聞こえてきそうですが。。。

 

何かしら貢献できるならしてみたい、という思いはありますけれどもね。

 

こういうやってはみたいがノウハウも何もないからできません、みたいなのが一番よくないのかもしれませんけれども、なにかできないかなという思いは常にあります。

 

セミリタイアをしてストレスから逃れたい気持ちとは裏腹に、なにかしら他人に貢献したいという思いはあるのです。

 



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資産相続について考えるセミリタイア志願者



平日の昼下がりから、都心のおしゃれなカフェでゆったりと時間を楽しんでいる、比較的若い層を見かける、彼らこそ、親が資産家で既に安定したキャッシュインがあるために、無理して働く必要もない世代なのだ!

 

という記事を読みました。

 

そんな単純な話だろうか?と正直思います。

 

サラリーマンをしていると、平日の昼間から私服でゆったりしている人、何ならお酒を飲んでいる人はいったい何者なんだ、と確かに思うのですが、よく考えると別に平日は仕事で週末はお休みです、という人ばかりではありませんからね。

 

当然、週末に働いて、その分を平日に休みを取っている人というのは普通にいるわけですので、そういう人が都心に出てきてお茶しているだけかもしれません。

 

もちろん親が資産家で、無理して働く必要がない人たちもいるでしょうが、そんな人ばかりではないというのが正確なところではないでしょうか。

 

まあ、センセーショナルな記事にするためにはそういう論調にしたほうがよりインパクトがあるのは分かりますけど。

 

しかしながら、もしも自分の親が資産家だったらなあ、という妄想は、そうではない誰しもがしたことがあるのではないでしょうか。



後世に資産を引き継ぐ

 


また、確かに自分一代では土台を築くことしかできないかもしれませんが、いくばくかの資産を築いて、子どもや孫の世代に受け継がせていきつつ、子孫にとっての資産を残していこうと考える人もいるかもしれません。

 

自分が苦労した分、後世の世代には楽をさせてあげたいという親心、爺心、みたいな感じです。

 

私もそういう考えをまだ持っています。

 

その試みが上手くいくといいのですが、実際問題は自分がなくなった後はコントロールは効きませんし、子どもや孫の誰かが浪費家だったらその時点でこの引継ぎは終わってしまいます。。。

 

そう考えると、それならまずは自分の楽しみのためにお金を使って、幸運にも余った分は相続させていけばいいのかなという気分になりますので、どちらがいいかなあと決めあぐねている状況です。

 

中国の故事かなんかに、後世の世代のためには整備しきっていない、状態の悪い畑を残しておく方がいい、というものがあったなあというのもふと思い出します。

 

苦労しないと、今持っている資産の価値なんてわからないよ、という教えだったかと思います。

 

それもそうだよなあ、なんて思いますので、また悩みます。


 


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プロの大変さを噛み締めるセミリタイア志願者




プロ野球が始まりました!

プロ野球ファンの私としては待ちに待った季節です。

高校野球も子どもの頃は甲子園大会を朝から晩まで見てましたし、第4試合がナイターになると謎のワクワク感もありました。

当時は春休みや夏休み期間中という非日常感もあったのでしょう。

今や、働かねばなりませんので、テレビの前で食い入るように見るというのはできなくなってしまい、興味も少し薄れてしまったかもしれません。

さて、プロ野球は試合をチェックするだけではなく、試合後の監督や選手、ファンのコメントをチェックするのも楽しみの一つです。


プロは大変


そしてつくづく思います。

やっている人たちは大変だなあと。

そりゃ、大金はもらっているかもしれませんが、契約として勝ち取ってもらっているわけですし、長いシーズンの中のある瞬間には結果がでないことは当然あるわけですが、ちょっとダメだったら、スタメン起用するな、入れ替えろ、ここがだめだ、だのなんだの批判されます。

いや、まあ批判するのもまた自由ではありますが、応援しているなら、もうちょっと信頼してあげなよ、と思うんですよね。

もちろん、真剣に応援しているからこそ、悔しいし、文句も言いたくなるのでしょう。

でも、試合に出ている選手は、一番近くて彼らを見ている首脳陣が、彼はやれる、と思って出しているわけですよ。

もしかしたら、彼はまだまだだが、今後のために経験を積ませてやりたい、と思っているのかもしれません。

出ている選手だって、やってやるぞと思っているわけです。

それで全部上手くいったらそんなの常勝チームで、逆に面白くないですよ。

もちろん、目標はリーグ優勝、日本一なわけで、目指すべきはそこですが、ちょっと最初の結果が、悪かったからといって、批判ばかりするのはなんだかなあと思いますね。

プロなんですから修正はしてほしいですが、プロなんですからもしダメならクビ切られるだけなんですよ。

厳しい世界ですよ、本当に。

せめてファンは信じて応援してあげましょう。


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ニューヨークのマスク事情




日本ではマスク着用は義務ではなくなりましたし、もしかしたら今までもそうではなかったのではないかと思います。

他人への配慮と同調圧力の両方があって、マスク着用をしていたのではないでしょうか。

同調圧力というと、特にマイナス面に目を向けられがちですが、場面場面によっては必ずしも悪いことだけではないと思います。


日本のマスク事情


さて、マスク着用は義務ではなくなった日本でも、まだまだ公共交通機関ではマスクをしている人が大多数です。

花粉の季節なので、例年、マスクをしている人が多い季節だとも思います。

くしゃみや鼻水がでるので、紛らわしくてバツの悪い思いをされている方も多いのではないでしょうか。

私の勤める会社では、会議室での会議の場合はマスクをしなくても良いかどうか、参加者に確認するというようなルールが作られましたので、義務ではないが配慮はしましょう、という雰囲気があります。


ニューヨークのマスク事情


翻って、ニューヨークですが、まあ全くマスクなんてしていません。

予想通りですが、この雰囲気になれてしまうと日本に帰った時のマスクギャップにさらされそうです。

ついつい、するのを忘れるってやつですね。

現地の人に聞くと、ほとんどの人がワクチンを打ったのだから、なぜマスクをする必要があるんだ、という思いがあるのは間違いないですが、一方で、日本人はいい意味で衛生的だよね、という意見も聞きます。

ただ、少なくともニューヨークでは、もうコロナは終わったものなのでしょうし、終わったのだからマスクもいらない、という考えなのでしょう。

考えの違いが明確で、大変興味深い経験でした。

でもやっぱり、あまりオフィスには来ていないみたいです。



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コミュニケーションを頑張るセミリタイア志願者


ニューヨークに出張中でして、昼間は仕事、夜は会食というような感じで過ごしています。

昼間は結構きつきつにMTGが入っており、あまり余裕はなく、夜は夜で英語での会話がメインの会食です。

仕事の話ならまだ話題の見当がつきますので、ついていくのも比較的簡単ですが、いわゆる会話の英語についていくのは結構辛いことがあります。

容赦なく早口で喋られますから、そもそも難しいのに、内容もコロコロ変わっていきますからね。

自分が喋るのが可能なスピードよりも早いスピードの会話は聞き取れない、ということを数年前に耳にしましたが、まさにその通りですね。

日本語なら聞き取れるのでしょうか?


コミュニケーション


そもそも私は積極的に話すタイプではないですし、それは言葉がどうであろうが関係ないです。

つまり、日本語の会話もそんなに積極的に参加しないから、英語の会話になるとより参加が難しくなる、というのは自然なことだと思います。

日本人が数名参加していたのですが、別に皆が皆、英語ができるわけではありませんでした。

そうなると、会食の場でも、どうしても日本人だけで固まって、日本語で話をするなんてことがおきます。

周りがどう思っているかはわかりませんが、個人的にはあまりよろしくないことだと思います。

どうしても閉鎖的に思われてしまう気がするのです。

日本語の会話には周りの海外の人は参加できませんから。

日本人同士が英語で会話する分には構わないと思うのですが、日本語でやるのはどうかなあといつも感じます。

まあ、全く英語ができない人にとっては、英語での会食がとてつもなく辛いものだと思いますから、その気持ちも分かるのは分かりますが。


せめてもの心がけ


会食の場では私はなるべく、日本人とは離れて座るようにしています。

そして、なるべく場には最後まで残って、会話の内容は分からなくても、にこにこしながら参加している風を装う、そして、稀に聞き取れる内容について質問して、一応会話には参加する意思があるよと示す。

まさに以前のブログにも書いた内容ですが、実践しています。

先日のブログ

一緒の時間を過ごせばより仲良くなれるのではないか、というのが持論ですので、そうしています。

やはり苦痛はありますけどね。

仲良くならないよりかはなった方がいいと思っていますし、それで仕事が円滑に進むなら、その方がいいなと思う次第です。

そして、意外と大事なことではないかと思っています。

お、お前は残るのか、って嬉しそうに言われることもありますので。

快適ではないですけど、判断に満足はしています。


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【騙されない】ニューヨークのタクシー事情


個人の経験も踏まえた備忘です。

どうぞご無事な旅を。

  1. NYのJFK空港の出口には、あたかも正規のタクシー業者を装って、白タクに誘導しようとする業者がいます。声をかけて客引きしてくる人がいたら、それは白タク業者です。
  2. 白タク業者は相場の数倍の値段を要求してきます。
  3. イエローキャブが正規のタクシーで、彼らは客引きはしてきません。イエローキャブのなのとおり、黄色い車です。
  4. イエローキャブの乗り場は、空港出口過ぎにありますので、そこに来るタクシーに乗りましょう。繰り返しですが、客引きしてくるのは白タクです。普通の乗用車のタクシーは白タクです。
  5. Uberを手配できるのかどうかは知りませんが、JFK空港では決して白タクには乗らず、Uberかイエローキャブを利用するようにしましょう
  6. 万が一、白タクに乗ってしまった場合は、自分の身の安全を確保するようにしましょう。



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【危険】ニューヨークとタクシー

 




会議に参加するために、出張でNYに行きました。


私の他にも日本人が数名参加していましたが、アメリカ人、イタリア人、スペイン人、イギリス人、韓国人も参加する会議でした。


コロナ禍だと、オンラインで会議していたかもしれませんが、出張で対面で会えるようになったのはいいことです。


私は会議の1日前に現地に入らなくてはならず、日本から1人移動を先にしました。


NYは初めての訪問で、基本的になにもわかっていなかったのですが、どうも白タクがいるらしいということは知っていました。



ニューヨークのタクシー事情



しかし、白タクに乗ってしまいました。


空港を出てすぐのところにいるもので、さっそく捕まってしまいました。


正規のタクシー乗り場のすぐ横で客引きをしているので、最初は普通のイエローキャブなのかと思っていました。


ただ、基本的に信頼していなかったので、客引きにはついていきたくなかったのですが、彼らの言い分はこうです。



誘い文句



どこに行きたいんだ?そうか、お前の行きたいエリアへの乗り場はこっちだ、あっちの乗り場は違うエリアに行きたい奴ようだ。


冷静に考えると、そんな区分けがタクシーでされているはずはありませんが、その言葉を信用してしまい、乗ってしまいました。


乗った直後、運転手のライセンス表示やメーターを回すそぶりが無く、そこで、あれ、これは白タクか?と気づいたわけです。


タクシー乗り場にはたくさん人がいましたが、誰1人として、それに乗るなとは言ってくれません。


自己責任ってやつですね。


そこから、運転手との会話、交渉を始めました。




交渉



何回か来ているけどに、この辺は変わらないねえ、から会話を始め、あのエリアまで行くのに、だいたいいくらくらいだよね?と、急ぎGoogleで調べた相場金額を伝えます。


最初、ドライバーは、いやいや価格は上がっているんだよ、と相場の4倍くらいをふっかけてきました。


そこで、それは高すぎるだろう、3ヶ月前に来た友人に聞いたけど、相場くらいの金額だったと聞いたぞ?と言いました。


はっきりいって、慣れている人はそもそも白タクには乗りませんので、乗った時点で私はカモと思われていますが、気にせず、ブラフをかますしかありません。


それでもドライバーは、価格は変わったんだと言います。


いやいや、高すぎるとまた私は言いましたが、ここで一つの不安が私の心によぎりました。


アメリカは銃社会です。


万が一の場合、人気のないところに連れて行かれて、、という可能性がある状況に私はいるのです。


強気すぎる交渉もしない方がいいなと、ふと感じたのです。


そこで、まず私は、NYの知人にタクシーに乗っていると連絡するとドライバーに伝え、またしてもこそっとGoogleを駆使しながら、窓から外を見て、ああ、ここはどこらへんだね、とか独り言っぽくいいながら、携帯をいじりました。


そして、電話をするふりをしながら、日本語でいろいろ喋りながら、地名やエアポートとか、ドライバーの想像を掻き立てることを言いました。


私以外の誰かが、何時ごろにどこらへんで車に乗っていることを知っているぞ、とドライバーに分からせる行動でした。


なにか私にあれば、警察にカメラなどで追跡されるぞ、というようなことを暗にドライバーに伝えるためです。


電話を終えて、改めてドライバーに、目的地まで幾らかを尋ねました。


すると、相場の1.5倍くらいの値段を言われました。


ある程度は勉強料だと思っていた私は、その金額でわかった、とドライバーに伝えました。


それからは目的地まで連れてきてもらい、カードで払おうとしましたが、なぜかカードが反応せず、現金で支払いをさせられることになりました。


しかし、私も現金の持ち合わせは少なく、ドライバーの言う金額に10ドル足りず、それでいいかと尋ねたら、いいよと言うので、その金額を払いました。


結局は無事に目的地に着けましたが、内心はヒヤヒヤしながらの白タク移動になりました。




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