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退職金への増税

 

 


 

政府、与党が、同じ会社での勤続年数が長いほど退職金にかかる課税が優遇される制度について、今年の見直しを見送ったそうです。 

そもそもの見直しを図った理由が、この優遇制度によって、会社員の転職モチベーションを下げているのは問題である、ということだったのですが、サラリーマン増税だとという批判も巻き起こっていました。 

現在のご時世、サラリーマンではなくてサラリーウーマンもいるだろうと思うのですが、そういう点には世の人も別に意見しないのが不思議だなあと思っておりましたが、それは横に置いておきましょう。



転職の推奨?



転職をすることが個人や社会にとっていいのか悪いのかははっきりとはわかりません。

しかし、今の政府、与党としては、人材の流動性を高めることが、日本社会の競争力を高めることにつながると考えており、人材の流動性が高まらないことは課題であると思っているのだろうことは、この退職金関連の制度の見直しの話に限らず、感じ取れます。 

ですので、もしも日本社会の競争力が高まるのであれば、私も人材の流動性を高めることを助長すること自体は、政府や与党の施策として、当然の事であろうと思います。 

シンプルに考えると、ある一つの会社でしか働くことができない人というのは、社会における人材としての競争力は弱くなるだろうということは理解できます。 

例え、ある会社でなくてはならない専門知識を駆使している人がいたとして、その会社にとってはその人材はとても大事であって、価値がない人材とは言えないのですが、他の会社からしたらその会社にとって価値のある人材とはならない、ということです。 

一方で、色々な会社で通用する、働くことのできる人材が増えるということは、その分、競争力のある人材が増えることになるとは思います。 

理想ではありますが、行きつく先は、年齢や性別を問わずに、能力のある人はいつまでも必要とされ、望めば働き続けることができる社会というのができるのでしょう。 



理想と現実



しかしながら、実際に、退職金をもらえるだろう立場にいる人にとっては、既得権益を侵されることになるわけですので、何の対価もなしにいきなり権利を手放せと言われれば反発するのも当然です。

しかも多くの人は、自分や家族の生活の安定のために、家を買い、車を買い、教育にお金を投じ、時にローンを組みながら、退職金もあてにして、日々、頑張っているわけです。

それがいきなり、あなたは優遇されすぎですので負担を増やしますとなれば、反発するのもかなり理解できます。 

人材の流動性なんか気にせずに、今の会社であと何十年も働いて生計を立てていくぞ、と思っている人も当然多いでしょうしね。

しかも、負担が増えて、増税になったとして、その税金が有効活用されるのかどうかも分からないなんてなったら、快く賛成することなんて無理でしょうね。 

そもそも、退職金に増税されたら転職を考えるかどうかも謎です。



説明と理解が足りない



それがいいかどうかは別として、議員はどうか、公務員はどうか、という声が出るのもまあ自然だなという気はします。 

そういう意味では、人材の流動性云々の話も含めて、政府や与党が本当にやりたいことが見えてこない、というのが大きいと思います。 

もちろんそれは、我々がその点に興味をあまり持っていないことの裏返しでもあるとは思います。 

結局、何のためにそういうことをするのか、それはやらないといけないことなのか、やりたいことなのか、というのを判断できないので、自分が不利になる点はとりあえず反対したくなるのは当然です。 

また、人材の流動性のことを言うなら、政治家の世襲も問題でしょうし、議員にも最大任期を検討するべきですし、公務員の転職も奨励せよ、という話になるはずですが、そうはなっていないのです。

なんだかある一部分しか見ずに課題をこねくり回しているような気がして、気持ち悪く感じるというのはあるでしょう。

 

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セミリタイアのタイミングを考える



プロ野球の戦力外通告の時期になってまいりました。 

まだまだ年齢も若い選手でも戦力外通告を受けていますし、中にはまさかと個人的には思うような選手もいます。

厳しい世界ですので、素人から見ればまさかでも、プロの目から見れば妥当というようなケースもあるのでしょう。

このプロ野球の戦力外通告には以前からも何度か振れたことがあると思うのですが、本当に厳しい世界です。 



会社員との違い



日本企業の会社員であれば、会社そのものが順調であれば、基本的には能力云々で首を切られることはありません。

プロ野球の場合は、1チームで支配下登録できる人数は何名までが上限ですよという決まりがありますので、新しい人がチームに入ってくれば当然にそのあおりを受ける人が出てきます。

会社であれば、従業員数は無限に増やすことも理論上は可能ですので、プロ野球チームとそもそもの前提は違いますが、異動による配置転換や出向にとどまるでしょうし、給料が下がることはあっても、いきなり野に放り出されるということはあまりありません。

もちろん中には、戦力外通告をある程度覚悟をしている人はいるとは思いますが、まさか自分がというような人ももちろんいるでしょう。

安定した会社の会社員であれば、ある程度、来月はお給料がこれくらい入って、ボーナスはこれくらいでというのが何となく想像できて、実際にほぼその通りになります。


 

子どもの怪我で考える



今回、子どもがケガをした際、実は津々浦々、いろいろな病院に駆け込みました。

その病院病院でお金もかかりはしましたし、移動やらなんやらでもお金がかかりました。

子どもの健康のためであれば全く惜しくはなかったのですが、なによりも、自分がしっかりと資産形成をしてきているので、多少お金をここで使おうが何も問題ないというように強気に思えたというのも事実です。

セミリタイアをするためにお金を貯めていたことで、お金の面では心に余裕がありましたので、それは親のエゴかもしれませんが、お金のことは何でもいいから、なるべくいい治療を受けさせてあげたいという思いを元に行動することができました。

そして、そういう心の余裕を持ちながら行動するためには、ある程度働きながら安定したキャッシュインがあることもまた重要なのだなということを実感しました。

そういった意味では、セミリタイア生活では健康が何よりも大切なのだろうと思ったのと、子どもがいて手がかかるうちはセミリタイアをしない方がいいのではないか、とも思いました。

今現在、資産があるということも大切なのですが、多少ここでその資産を使っても何も問題ないという心の余裕があるのとないのとでは大違いだと思うのと、何よりも子どもの健康のためにお金をけちるなんてことはしたくない、というのがあります。

もちろん、子どもがいてもセミリタイアをしている方はいらっしゃるでしょうし、それが間違っているとも全く思いません。

ただ私の場合は、会社員である限りはなかなか戦力外通告を受けないのですから、であれば、なるべくそこで働いてお金を稼ぎながら、子どもを育てていくという選択肢があっているのではないか、と感じました。

自分の幸せのためにセミリタイアをするのはいいのですが、そのために誰かを不幸にしてしまうのはちょっと違う気もしますから。 

 

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セミリタイアした方がいい人とは




先日、非常に興味深いセミリタイアに関する主張を読みました。
 
かなりの固定読者もついているような有名なブロガーの方で、セミリタイアに興味を持っている人なら、誰しも一度くらいはその方のブログを読んだことがあると思います。


個人的な理解


 
あくまでも私がこのように自分で消化した、という内容になりますが、要するに、社会生活に適合できない、能力の低い人こそがセミリタイアを目指すべき人であって、逆に、能力のある人、お金を稼げる人、ただ今の生活が辛くてから逃げたい人はセミリタイアをするのではなくて、働く場所を変えるとか働き方を変えるといった手段で人生を豊かにしたほうがいい、という主張と受け取りました。
 
これも私がこのように消化した、ということになりますが、セミリタイア生活はセミリタイア生活で決して楽な生活ではなくて、セミリタイア生活をリタイアする人もかなりの割合でいるのではないか、という主張があって、それがなぜかというと、多くの人は、働いていればお金も稼げるし、小さくてもやりがいを感じることもあるだろうし、それによって生きているという感触を得られるからであろうということかと思っています。
 
その反面で、どうしても社会生活に適合できなくて、仕事をしていても全く面白くもなくうまくもいかない、という人は、そもそもこの現代社会で労働をして過ごすことに向いていないのであって、であればセミリタイアが、よりその人の幸せにつながるのではないか、という主張と読み取りました。
 
実際にセミリタイアをしている人の主張として、セミリタイアを手放しでほめたたえるのではなくて、必ずしも誰しもに正しい選択肢ではないかもしれない、という主張かなと思っていまして、納得できる部分も多くあるなと思いました。



私も働きたくないわけではない


 
何度か書いていますが、私も全く労働をすることが嫌で働きたくないというわけではなくて、あくまでも今のポジションで今の仕事をすることから離れたい、という思いがあって、とはいえ別に何かすごくやりたいことがあるわけでもないので、であればセミリタイアをして細々と働いていく、ということが人生を豊かにするのではないかと思っているのです。

 
ですので、極端な話をすれば、部門や部署を移動して、少し気楽に働ければいいのになと思っています。
 
もしかしたら、そうすることで、会社にもより大きな貢献をできるかもしれないと思っています。
 
そうなるとなったで、もっとやりがいのある仕事をしたい、と思いそうだなと想像できるのがちょっとイマイチなのですけれどもね。
 
読書をしたい思いがありますが、そうしたら読後に、よし俺もとやる気が出てくるなんてのはよくある話です。


何に時間を使うのか


 
今は、なるべく子どもとの時間を確保したいなと思う気持ちが強いのですが、子どもが自分一人で遊びに行ったり、同年代の友達と遊んだりし始めたら、休日に私と遊ぶ機会も少なくなるでしょうし、そうなると自然と子どもと過ごす時間が少なくなりますので、そういう時に何をするか、というのもありますから、そういうときのよし仕事をするぞってなるのかどうか、ですね。
 
なんとなく、今の会社の仕事のために時間を使うということにはならない気がします。
 
どちらかというと、それが直接子どもとの時間ではなかったとしても、また直接子どもに関わることではなかったとしても、子どものためになる何かに時間を使いたいなという思いがあります。
 
俺はお前のためにこんなにやってるんだぞ、となってしまうのは良くないですが、長い目で見てほんの少しでもそういう効果があれば信じてやってみる、というのでいいかなと思います。
 
とはいえ、そんなにうまくはいかないのだろうなあと思います。
 
私自身が意固地になってしまうところもありますし、俺はこんなにお前のためを思って、って感じるのは感じるのだと思います。
 
ただし、それを表に出してはいけないですね。

 
 

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人生ってどんなものだろう




それも一つの人生ですよ。
 
自分の人生がいかに不幸かとか、こんなに大変だとか、我慢して過ごしている、というような話をすると、それもまた人生です、というような言葉が返ってくるときがあります。
 
この言葉自体は間違っていないと思っていまして、それもまた一つの人生なのだと思います。
 
美空ひばりの唄ではないですけど。


100%満足いく人生はない


そもそも、絶対に満足が行く人生なんてないと思っています。

 
例えば、私はお金を早く貯めてセミリタイアをしたいと思っていますが、お金があれば幸せかどうかを考えてみると、ビジネスで成功した人、プロスポーツ選手、芸能人、親が資産家の人とかいろいろと思い浮かびますが、その人たちはその人たちなりの苦労をしているわけですよね。
 
嫉妬や妬みを他人から抱かれる、足を引っ張られる、悪口を言われる、過度に期待される、プライベートがない、などなど、ストレス要素が満載です。
 
ただし、一方で、それも一つの人生ですよという言葉に対して言いたいこともあります。
 
そんな言葉で片づけないでと。


悩むのは人生が一度きりだから

 

もしも人生が何回か送れるのであれば、それもまた人生として受け入れられるのかもしれませんが、人生は一度きりです。
 
一度しかない人生の中で、何が正解で何が不正解なのかは分かりません。
 
一見正解だと見えることが実は不正解かもしれないし、その逆だってあり得るわけです。
 
そんな中で、自分は不正解の選択をしているのかもしれない、と感じているからこそ、色々と不満も出るのでしょう。
 
確かに、自分が不正解だと感じているだけで、実は全知全能の神からすればそれは正解、あるいは一番良い選択の結果なのかもしれません。
 
ただ、それが分からないからこそ、もっと良い選択をして、良い人生になりえたのではないかと思っているのです。
 
バタフライエフェクトという映画があります。
 
個人的にすごく面白い映画なので、もしも観たことがない人がいれば騙されたと思って観てみてください。
 
過去のある選択が、将来の大きな違いに影響を与える、ということを念頭に、主人公が何度も何度も選択を変える、という映画です。
 
実際の人生が映画のようなものなのかどうかは分かりませんが、いずれにせよ、あの時にこうしていれば今はよかっただろうに、というのは誰しもが思うことではないでしょうか。
 
ルーティーン、ジンクス、とかいう言葉も、ある行動が将来の結果に影響を与えがちだと思われているからこそ、生まれているのでしょう。
 
神頼みに始まって、宗教だってそうかもしれません。
 
むしろ、宗教の場合は、自分の能力や選択を超えた大きな力が働いているという意味では、どうしようもないという意味合いで、それもまた人生、なのかもしれませんね。
 
ただし、実際にどうなのかは誰にもわかりません。
 
ただ、だからと言って、それもまた人生と言ってしまうのは、結構突き放したような言い方だなと感じてしまいます。
 
誰しもが人生を送る中で選択を重ねながら過ごしているわけで、その上で間違った選択をしているかもしれないなと思っているわけですからね。
 
もちろん、過去は変えられないので、選択を変えることはできませんが。
 
では何といえば正解なのかは私には分かりませんけれども、自分の子どもにどういうことを言ってあげられれば、人生が豊かになるのかなと思いながら、ふと思いました。

 


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セミリタイア志願者の健康管理



徐々にジョギング継続の効果が出てきたのか、体重が少しづつですが減ってきて、かつ減った状態でキープができるようにもなってきました。

 

運動と共に、そもそも食べる量を調整するようにしていますし、お酒を飲む量も減っているので、カロリー摂取そのものが抑制されている効果も大きいと思いますが。

 

炭水化物を取りすぎないようにして、たんぱく質や食物繊維などを多めに取るようにするとよいという大雑把な知識はあるのですが、実際にはあまり詳しくない中、とりあえず、炭水化物を取りすぎないようにはしています。

 

例えばですが、外食をしてもポテトフライとかその他揚げ物は少し控えめにするとかの簡単な心掛けです。



ストイックでなくていい

 


YouTubeを見ていると、いわゆる筋トレYouTuberというのでしょうか、そういう人たちが食事についてのアドバイスをしています。

 

そういうのを見ていると、かなりストイックだなというか、そこまでしたくはないなというのが正直なところですが、参考にはなります。

 

私の場合、おいしいものを食べるというのが幸せなので、食事は食事で楽しみたいという思いはあります。

 

筋トレYouTuberの方たちは、それ以上に筋肉を鍛えることが幸せに感じるので、我慢もできるのでしょうし、むしろ楽しめるのかもしれません。

 

体重は少しづつ減っているとは言っても、まだ20代だったころの体重に比べると重くなっています。

 

いったいどこにその重くなった脂肪があるのだろうかと、一見すると分からないのですが、体の内部に脂肪が詰まっているのでしょうか。

 

20代だったころの、個人的にベストだったと思われる体重に戻すのは至難の業かもしれませんが、健康な体にするためには、もう少し体重を絞らないといけないかもしれませんし、なんならやはり筋トレもした方がいいのだろうか、と思う時があります。

 

その筋トレYouTuberの人たちはこぞって、体重を減らしたいならまずは筋肉量を増やせと主張しています。

 

そうすれば基礎代謝が上がるからという理由なので、確かに合理的なのですよね。

 

例えば私の場合、ジョギングをやめたら消費カロリーが減りますので、また元通りの体重に戻っていくかもしれませんし。

 

いや、それはまあ、筋トレをして基礎代謝を上げても、筋トレをやめたら元通りになるのですけれども。

 

 

 



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阪神岡田監督の発言を考えるセミリタイア志願者



阪神タイガースの岡田監督の取材コメントに、今のプロ野球では選手の休養日を設けるというトレンドもある中で、なぜ選手を休ませなければならないのか、選手は毎日給料をもらっているじゃないか、というものがありました。

その背景にあるのが、ある投手を投げさせなかったからというのがあるようですので、その投手をかばっての発言であるとも受け取れますが、いずれにせよ、説明として使用した、給料をもらっているのになぜ休ませなければならないのか、という意見が興味深いです。

普通に考えたらそりゃそうですよね。

働く前提でお金をもらってるんだから、そうなら働けってことです。

ただ一方で、短期的に考えたらそれでいいですけど、中長期的に考えたら、いい選手を短い期間に使い潰してしまう可能性もあります。

それは、チームが継続的に強いチームであるためにはマイナスかもしれません。

メジャーも注目していると言われる、ロッテの佐々木投手なんかは大切に扱われてきたと思いますが、それは中長期を見据えてのことでしょう。

しかし、プロの世界、試合に出て、活躍してなんぼです。

例え輝ける期間は一瞬でも、その一瞬に輝きたいと思う選手だっているかもしれません。

多くの選手は輝けないまま終わってしまう厳しい世界です。


民間企業ならどうか?


一方で、もしも、今の世の中で、民間企業の社長が、トイレに行く間も惜しんで仕事しろ!始業後60分はトイレに行くな!と社員に言ったら、炎上してしまう気がします。

勤務時間中は仕事しろって言われているなら当然のことではあるはずですし、トイレくらい始業前に行っておけというのはわからなくはない主張だと思いますが。

生理現象としての生産性を持ち出すなら、プロ野球選手だって休んだ方がその後の生産性はあがるばすなのです。

毎日、かなり体を酷使しているでしょうからね。

プロ野球選手とサラリーマンは違う、というのであれば、なぜそこが違うのかを考えてみるのもまた面白そうだなあと思いました。

少なくとも、岡田監督の発言は炎上していません。

残念ながら、サラリーマンはプロではないってことなんでしょうか。

政治家が、税金から給料をもらっている人間は24時間365日、国民のことを考えて働けって言ったら賛同を集めそうですしねえ。




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老後2,000万円問題を考えるセミリタイア志願者




かつてあった、老後2,000万円問題。

要は、年金による収入と生活による支出について、あるモデルをもとに計算すると、2,000万円不足するという話です。

モデルはモデルなので、人によってはもっと不足するかもしれせんし、そんなに不足しないかもしれないのは考えてみると当然なのですが、そういう前提はあまり考えられていないまま、言葉だけがひとり歩きした印象があります。

情報としてはシンプルな方が理解もしやすいですので、その点ではとても分かりやすい表現だと思う反面、シンプル過ぎて逆に不安を煽ってしまった側面はあるでしょう。

確かに説明不足だった部分はあったと思いますが、イメージのしやすさで言うと、かなり良い表現でもあったと思いますので、私個人的にはいい意味で捉えています。

結果として、世の中の話題にはなったわけですので、興味喚起にはなったと思いますし、正確に説明するのも至難の業というか、そうしようとするとむしろ分かりにくくなる気がします。

一応、説明を読むと、モデルが使われていることはわかるわけですが、表面しか見ていない人がこんなにいるのだなと、むしろそちらに衝撃だったというか、それが普通なんだと認識しないといけないんだなという学びというか、そんな感じを受けています。

難しい表現であれば、受け手側も、あれ、どういうことだ?と何回も読んだり、理解を深めようとしますが、簡単な表現であった分、何も考えずに吸収してしまうというか、なるほどね、となってしまう。

これは私の場合も普段の生活でありそうです。

で、簡単に言ったら結局何?というのを知りたがってしまうというか。

たまたま私にとっては、セミリタイアとも関係する話題で、お金が足りないのは努力で一定程度は避けられるはずだという考えでいた中で読んだ話題でしたので、なんで足りなくなるんだと批判的にニュースを読めたので、ああ、モデルケースね、と気づけましたが、そうでない分野のニュースなんかは鵜呑みにしますから。


現実的な解は?


さて、そんな老後2,000万円問題ですが、一つの解消手段は70歳まで働いて、給料を得つつ、年金支給タイミングを遅らせつつ、最終的には年金支給を増やすことだ、ということが主張されます。

いや、正論なんです。

全くもって間違いがない、正論です。

しかし、だからこそ、70歳まで働くって大変ですよということを声を大にして言いたいです。

働ける体力や気力のある人ならいいのでしょうけど、みんながみんなそんなスーパーマンじゃないわけです。

いや、働くことで、社会的な接点の確保とか、いい影響はあるでしょうし、できて、やりたいのであればするべきだろうと思います。

しかし、そこまでできる人が果たしてどこまでいるのだろう、という点は無視できません。

老後2,000万円問題に類する問題を抱える可能性がある人は、それまでも必死に働いて貯金しようとしたけど結果的にできなかった人の割合が高まるはずです。

それまでも気力や体力をすり減らしてきているのです。

そんな人に70歳まで働いてね、なんて、簡単に言えないと思いますよ。

数学的な試算の上では、確かにそうなるのでしょうが、はたして、、、と思います。

まあ、だからといって私がよい代替案を出せるわけでもありませんけどね。



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異文化を感じるセミリタイア志願者




異文化コミュニケーションや、みたいなことをいう宇宙人のテレビ広告が十数年前にあった気がします。

 

確か英会話教室の広告だったのではないでしょうか。

 

今回、日本にフランス人、スペイン人、イタリア人が出張できており、会食するからと私も駆り出されました。



異文化コミュニケーション

 

普通に考えると、寿司とか焼き鳥とか、安定の中華とか、ちょっと冒険してお好み焼きとか、食事の選択肢は色々とあるのですが、お店を選んだ人は韓国焼肉を選択しました。

 

まあ、肉を焼くスタイルは違えど、グリルした肉を食べる文化は彼らにもありますので、その選択肢自体は間違ってはいないと思いました。

 

特に会食の場合、苦手な食べ物やアレルギーのありなしを尋ねる必要がありますが、最近は、ベジタリアンの人が増えていますので、そこにも気を使わなければならなくなってきていますね。

 

正直面倒ですが、そう言ってはいけません。


ゲテモノ?

 

韓国焼肉ですので、当然のようにキムチやナムルが出てきたのですが、ヨーロッパ出身の彼らからしたらそれがかなりの得体の知れないものに見えたようです。

 

キムチについては、赤い見た目からして辛そうということで、またおそらくは唐辛子の辛さは彼らにとっては苦手な辛さなのか、全く箸が進んでいませんでした。

 

というか食べようとすらしていませんでした。

 

実際に私が食べた感じではほとんど辛くないし、むしろ漬物特有の酸味のようなものの方が強かったのですが、彼らはチャレンジすらしませんでした。

 

ナムルには箸が伸びていましたが、なんなら網で焼こうかという勢いで実際に焼いていましたし、私もそれを見て別に何も言いませんでした。

 

住んできた文化圏が違うと、こうも違うのかという印象を改めて持ちました。

 

我々が欧州圏の食べ物で、トライしたくないと思う食べ物は何でしょうかね。

 

ウズラの丸焼きみたいな料理は気持ち悪いという人もいるかもしれませんし、ブルーチーズのような独特の風味のものも嫌な人はいるかもしれませんね。

 

名前は忘れましたが、北欧には世界一臭い缶詰、というようなものもありますね。

 

それでも、見た目などから箸が進まない、という料理は正直あまりないのではないかなという気はします。

 

英国の料理は味がしないからおいしくない、というような人はいるかもしれませんが、そもそも、箸が進まないかと言われるとどうだろうなという感じです。

 

日本食でいえば、納豆が得意な海外出身の人は少ない印象ですし、ウニとかフグの白子なんかも嫌う人は多いですね。

 

あとは内臓系の食べ物も嫌がりますね。

 

中華料理でも、何が入っているか分からないからと、嫌う人がいるようです。


食で判断できるわけではないが

 

まあ別に、キムチが食べられるからと言って韓国の文化を理解できるかというとそうは思わないですし、納豆が食べられるからと言って日本の文化が理解できるとも思いません。

 

それでも単純に、忌避感を覚えてしまう食べ物があるのだなということが改めて分かって、興味深く思いました。

 

私からしたらおいしいと思う食べ物に、しょっぱなから拒否反応を示す、ということを目の当たりにしたわけです。

 

嫌なものを無理やり食べさせるなんてことはしませんし、自分がおいしいと思うものをおいしいと思ってもらいたいわけでもありませんが単純に文化の違いを肌で感じた体験でした。

 


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資産相続について考えるセミリタイア志願者



平日の昼下がりから、都心のおしゃれなカフェでゆったりと時間を楽しんでいる、比較的若い層を見かける、彼らこそ、親が資産家で既に安定したキャッシュインがあるために、無理して働く必要もない世代なのだ!

 

という記事を読みました。

 

そんな単純な話だろうか?と正直思います。

 

サラリーマンをしていると、平日の昼間から私服でゆったりしている人、何ならお酒を飲んでいる人はいったい何者なんだ、と確かに思うのですが、よく考えると別に平日は仕事で週末はお休みです、という人ばかりではありませんからね。

 

当然、週末に働いて、その分を平日に休みを取っている人というのは普通にいるわけですので、そういう人が都心に出てきてお茶しているだけかもしれません。

 

もちろん親が資産家で、無理して働く必要がない人たちもいるでしょうが、そんな人ばかりではないというのが正確なところではないでしょうか。

 

まあ、センセーショナルな記事にするためにはそういう論調にしたほうがよりインパクトがあるのは分かりますけど。

 

しかしながら、もしも自分の親が資産家だったらなあ、という妄想は、そうではない誰しもがしたことがあるのではないでしょうか。



後世に資産を引き継ぐ

 


また、確かに自分一代では土台を築くことしかできないかもしれませんが、いくばくかの資産を築いて、子どもや孫の世代に受け継がせていきつつ、子孫にとっての資産を残していこうと考える人もいるかもしれません。

 

自分が苦労した分、後世の世代には楽をさせてあげたいという親心、爺心、みたいな感じです。

 

私もそういう考えをまだ持っています。

 

その試みが上手くいくといいのですが、実際問題は自分がなくなった後はコントロールは効きませんし、子どもや孫の誰かが浪費家だったらその時点でこの引継ぎは終わってしまいます。。。

 

そう考えると、それならまずは自分の楽しみのためにお金を使って、幸運にも余った分は相続させていけばいいのかなという気分になりますので、どちらがいいかなあと決めあぐねている状況です。

 

中国の故事かなんかに、後世の世代のためには整備しきっていない、状態の悪い畑を残しておく方がいい、というものがあったなあというのもふと思い出します。

 

苦労しないと、今持っている資産の価値なんてわからないよ、という教えだったかと思います。

 

それもそうだよなあ、なんて思いますので、また悩みます。


 


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目的が曖昧だとストレスも高まる?




私の場合、ほぼ全ての社外人と同様に、定期的な会議をいくつか持っています。

関係者への進捗や課題の共有、対応策の議論などなど、話し合うわけですが、私が回さないといけない会議もいくつかあります。

私が回すというか、基本的には私よりも上のクラスの人への報告、意志確認みたいな位置付けで、いわゆる同僚も出席せずで、資料準備から報告まで、全て私がしなければなりません。

上のクラスの人というのもいくつかの部署にまたがっていますので、みな考えが違ったりしていて、これがまた対応が大変です。


疲弊する


そうすると、会議の準備や回し終わった後、結構疲弊するのです。

確かに、結果として、上の人の考えが聞けるというのはいいことだと思っています。

全てを受け入れる必要はないと思っていますが、そういう意見を反映すべきかどうかや、どうやったら上手く反映できるかを考えるきっかけになります。

もちろん、他人の意見を聞かせてもらうのは、耳が痛いことも多いですし、そんなことを言われてもなあと思ったり、面倒くさいなあと思ったりもします。

別に上の人が言うことが常に正解でもないですが、何が正しいかは誰にも分かりませんから、反証できないと力関係で押し切られることもあります。

まあ、押し切られても、検討はします、で流すことも多いですが。

また、私に指導してあげようとしている上の人たちにとっては、言うことが大切なのでしょうし、そのこと自体は良い面もあると思います。

しかし、どうしても、対応には疲弊します。

さらに、頻度が毎週とかだと、準備も大変ですし、1週間でそんなに進捗ないから報告することもないし、みたいな事もおきます。


偶然の産物


そんなことが積もり積もった先日、さらに言えば、報告だけなら別にメールでいいんじゃないかと思ったので、会議はキャンセルした上で、進捗だけメールで送りました。

すると、1人の人からしか返信がありませんで、内容もまあまあ普通のことでした。

それ以来、特に会議で報告必要なしと思えば、会議をキャンセルするようにしました。

上の人からは特に反応なしです。

そこで気づいたのは、あれ、私は会議をするために会議を設定していたのかな、ということです。

確かに、当初に会議を定期的に設定したのは、上の人に定期的な報告、方向性確認をしながら仕事の勢いをキープするためで、当時は動きもたくさんありましたし、適宜フィードバックをもらうことにも意味がありました。

それが徐々に、方向性は固まってきて、細かい部分の話になってくると、後は現場でお願い、という事も増えてきて、上の人の意見は意思決定ではなく、アドバイスの様相が強まってきました。

当然に、定期的な情報共有の手段は何かしら必要だと思いますが、場面場面で頻度を変えることは必要だったのに私がしていなかったのかな、と思ったのです。

つまり、目的を明確にしていなかった分、実は自分で自分を苦しめていたのかもしれないと。

これは、会議に限らず、仕事全体において言えることですし、改めてになりますが、セミリタイアについても、目的がなにかを明確にしておかないと、要らぬストレスを受けてしまうということなのでしょうね。

必要以上に追い詰められるとか。



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セミリタイアへの意志をさらに固める




さて、年度が変わりまして、新しい人員が部署にやってきました。

完全に増員で、去る人はいません。

部門や部署が忙しい証拠ですね。

それか、長い時間をかけての引き継ぎが始まるかですね。

私が今いる部署は、経験がないと全く分からない業務もありますし、他部署とのやりとりも主体的に回さないといけないので、パッと業務を引き継ぐのは難しい部分があります。

元々の経験がある程度ある人が来てくれたらいいのですが、どこも人手不足のようです。

ですので、時間をかけて引き継ぎつつ、どこかのタイミングで前任者を異動させる、そういうやりかたをすることが多いです。


人知れずセミリタイアへの意志を強くする


新たに部署に来る人は希望に燃えてやってきていますので、セミリタイアを目指している私には眩しく感じます。

新しい業務って何かと大変ですので、あまり無理しないようにね、とも思いますが、そんなことを私からいきなり言うのも変で失礼な話ですからね。

一気に順応してバリバリやれるかもしれませんし、あまり後ろ向きなことは言わない方がいいと思っています。

それこそ、枯れた中年サラリーマンが、新入社員に現実的なことを言ってちょっと幻滅されるみたいな、漫画にありそうなことになりそうで。

働かないおじさんだって、若い頃は夢に燃えて、バリバリやってたんですよ、多分。

私も働くのは働いてますけどね、ちゃんと。

今や、夢というか、やりたいことを持っていないだけです。

正確に言うと、やりたいことをやれるかどうかもわかりませんし、やれるとしてもまだまだ時間がかかるのだろう、ということが分かっているという感じですね。

まあ組織ですから個人の希望が叶わないのは仕方ありませんし、私のキャリアもなかなか遠回りしているというのもわかります。

以前から主張はしてきたつもりですが、違う仕事の方が向いていると思われているのでしょう。

やりたいことがてきないなら、それならいっそのこと、セミリタイアして早くストレスから解放されたい、そう思います。

あるいは、負荷が軽くて楽な部署に移動させてほしいですね。



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新年度が始まる




いよいよ4月ですね。

1年は1月から始まっていますが、新年度は4月から。

ということで、新入社員の方や新入生のカタは新たな環境での新生活が始まりますね。

コロナによる生活の制約も緩められていますので、出社や対面により授業も徐々に通常に戻るのではないでしょうか。

慣れない環境なら特に、対面環境の方がより馴染みやすいと思いますので、個人的には良かったなと思いますが、よく考えると、これまでオンライン環境に慣れすぎた人にとっては不安も大きいのかもしれませんね。

今までは画面越しのコミュニケーションで済んでいたのが、対面になるとまた違った印象になるでしょうから。

マスクに慣れすぎて外すことが嫌な人が増えてきたなんてニュースも見ますので、何かしら影響があるのだとは思いますが、私の周りにはそんな人がいないので、実感としては湧きません。


おじさん化が進んでいるのか



若者の話についていけないおじさんみたいになってしまっているのかもしれません。

しかし、そのうち、マスクを外したくないのに外せと言われる、マスクハラスメント、略してマスハラなんて言われるような時代が来るかもしれません。

一昔前は、セクハラやパワハラなんてのも大っぴらに問題とされなかったわけですし、どうなるかま誰にもわかりません。

すでに、テレワークばかりの社員に、出社しなさい、と言うのですら、場合によってはパワハラになると言われかねない、そんな環境になってしまっているわけですから。

仕事で成果を出していたらいいんでしょという考え方は間違ってはいない気はしますが、完全に正しいわけでもないかもと思うのも、やはりおじさんになってきたが故の先入観でしょうか。

気持ちは若いつもりでも、他人から見たらおじさんですからね。

 


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YESマンはやはり嫌だけど、、、

 



私の場合、上の人から何か言われたら、嫌だなあ、面倒だなあと思いますし、気を病むこともありますが、一方で意外と指示内容は無視するというか、確かに正しそうなところは受け入れつつ、どうだろうなというところは表面的に対処するという方法を取りがちです。


後半は、まさに今やってますと言って逃げて時間が過ぎるのを待つとか、一応やってはみて見せるが、その場限りの対応でしかないとか。


一応、指示されたことは考えてはみますので、後半の場合で、もしも本当は正しいとなったら、時間が経てば必ず自然と、確かに必要だなと考えるようになると思っています。



すぐやれるならやればいい



もちろん、こういうデータが見たいとか、こういう分析がして欲しいとか、の指示ならすぐにやればいいと思いますし、階層がすぐ上の人の指示なら、反論できないなら従うべきと思います。


でも、直属ではない、さらに上の人から思いつきのように言われたことをいちいち対応するのはむしろ良くないことだと思います。



やらないことも大事かも



最終的なお客様がその上の人たちなら対応すべきですが、そうではなくて、他に気にしないといけない人が別にいるなら、例えば最終的には得意先や消費者がいるなら、その人たちを見たほうが、長期的にはいいはずです。


その上で、上の人たちの指示が、その最終的な相手先のためになるなら従えばいいですし、そうでないならお茶を濁した対応でいいと思います。


無回答はまずいということであれば、表面的な対応をしておけばいいのではないかと思います。



YESマン vs Not YESマン



中には典型的なYESマンもいます。


まあ、そういう人が一方では重用される現実は確かにありますが、誰を見て何のためにその指示を遂行しようとしているのかを考えたときに、バランスは持って欲しいなとはやはり思います。


そして、典型的なYESマンでない人もいます。


部署を任されている身として、バランスを取ろうと苦労しているのですが、生半可な重圧ではないのだろうなと、心労含めて察することができます。


私とは立場や階層が違いますから、かかる重圧も強さも、違うのは間違いありません。


私なんて、責任のないところで、ある種ただ好き勝手やっているだけです。


そういう人を見ていると、YESマンになった方が、ある意味楽になるだろうと感じます。


でもそれが正しいとは思ってないから、色々な人のことを考えてバランスを取ろうとしているのだと思います。


尊敬しますし、信頼もできますが、そういう人だからこそ、無理をして、倒れてしまうとかがないようにしてほしいです。


そういう人がバカを見る世界であって欲しくないです。



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火の粉がふりかかるセミリタイア志願者




回り回ってですが、他部署の尻拭いというか、他部署へのクレーム対応の矢面に立たなければならなくなりました。

まあ、これまでずっと、2部署の間に入ってコミニケーションの取り次ぎ役をしていましたので仕方がないと言えば仕方ありません。

恐らくですが、そのクレームを受けている部署が直接攻撃されるよりかはマシな気もしますし、そういうのを想定してかどうかは分かりませんが、あえてその部署はコミニケーション窓口から外れていたような気もします。

まあ、個人的にはなんで意思決定権のない私が責められなくてはならないのか、納得いかないというか、嫌な気しかしないですけど、全体を見れば私が責められている方がいいような気もします。

まだペーペーですし、私を責めたところで、たかがしれていると言えばしれてます。


ただし、


ただ、私は一時的にでも信頼をなくすのですよね。

それがイマイチな気はしています。

仕事熱心な人がいれば、細かいところまで気を使って管理しようとしなかった私の責任もあると言うでしょう。

そう言われたら、最善中の最善は尽くしていないので、反省するところはある気もします。

それでもかなりいろいろと動いてきたつもりです。

ただ、そろそろ解決が見えてきたかなってところで、前提条件と今の状況が変わっていることを知らされたのはどうしようもない気もしますが、そんなことはクレームをつけてきた部署は、知らないですし、私も言えません。

逆に、クレームを受けている部署は今、私が責められていることを知らないでしょうし、あえて言おうとも思いません。

出てきて説明してくれたらなと思いますが、言ってもまあしないだろうと諦めています。

だから、間に入ってしまった自分を呪えど、あなたたちのせいで大変ですよ、と直接に愚痴を言う気はないですし、今は自分ができることをやるしかありません。


理解している人はいるからまだいい


幸いにも部門長的な人は状況をわかってくれていますし、お前も大変だな、ってな感じなのは救いです。

そうです、大変です。

それでも、人知れず日記がわりに続けているこのブログには吐き出ささずにはいられません。

ほんと、面倒くさい。

ま、命に関わることじゃないからいいですけどね。


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日本企業は早期リタイアには不向きなのか




 

私の場合は、早いところストレスを感じる今の職場からは早いところ離れて、よりストレスの少ない、ゆったりとした場所で働きたいと考えています。
 
職場では別にそんなことは言わないのですけれども、周りと話しているとなんとなく、多かれ少なかれ、同じようなことを思っている人はいるのだろうなと感じます。
 
バリバリ働いて、出世を目指していて、もっと稼ぎたいという人たちは確かにいます。


 

日本企業の限界


まあ、正直言うと、そういう人は能力に自信があるなら他社とか外資系に行けばいいのに、と思いますけれども。
 
私が務めている会社では結局は出世してもそこまで年収が跳ね上がるわけではないですから、もしももっと稼ぎたいのであれば、そういう給料をくれる会社に転職したほうがいいのは間違いないのです。
 
仕事が忙しくて厳しい会社の給料が高いかどうかは分かりませんが、給料が高い会社の場合は間違いなく仕事は忙しくて厳しいですから、給料と仕事のバランスというか、そういう点で見ると最善の選択ではないかもしれませんが、そういう年収の高い会社に転職できる自信があるのであれば、年収は間違いなく上がります。
 
ただし、新しい職場に行って、人間関係を新たに構築して、その上で成果を出すというのはかなりのチャレンジですから、決して簡単なものではないのはわかりますけれども、ある種、そこまで自信がないというのが正直なところなのでしょう。
 
あえてリスクを取りに行く必要はないですし、正しい選択かどうかは分かりませんが、リスクの少ない選択をしたい気持ちはよく分かります。


みんな考えてはいる早期リタイア

 
それはさておき、中にはやはり私と同じように、できれば早めにリタイアしたいということを、本気か冗談かは分かりませんが、いう人もいます。
 
ただそういう人の場合でも、子どもがいて、中学生や高校生なので教育費もかかるので、それが終わるまでは働き続けなければならないなというような感じで、だから今すぐはリタイアはできないんだよね、という論理展開になります。
 
もちろん、いくら消費しているかや、資産がどうなっているのかは分かりませんが、少なくともこれまでの蓄積年収は私よりかは数割も高いはずですので、よほど散財をしていなければ、それなりに資産があるはずだと思います。
 
10年多く働いていただけでも、役職がついていれば、かなりの割合が多いと思いますよ。
 
もしもそれでもリタイアまでの道筋が見えないのであれば、そんなに稼げていないのかな?とも思います。
 
安定を求めるのであれば、仕事についていた方がいいのは間違いないですし、よほどの散財をしないのであれば、今の会社に居続けたほうが資産を増やす方向になるのではないかと思いますし、なんだかんだそれを選択しているのならいいのですが。
 
しかしながら、早く資産形成してリタイアして後は悠々自適という生活を送るには、日本企業は夢がないなあ、と思うのでありました。

 


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AIの発達とセミリタイア






 

 AIが進化すると、人がやっている仕事がAIにとって代わられるという論調も必ず出てきます。

 

10数年前にも、弁護士や会計士の仕事ですら将来はなくなるのではないか、と言われておりました。

 

幸いなことに、今のところはなくなっておりませんが。

 

現時点で、10数年前に比べて、AIはさらに進化しています。

 

機械音痴の私ですら、翻訳ソフトなんかが格段にレベルアップしているのは気づきます。

 

また、自動運転機能なんかも確実に進化はしてきていますよね。


AIに仕事を奪われるのか

 

この状況が進むと、やはり人がやっている仕事がAIにとって代わられるというのは将来に起こるのかもしれません。

 

セミリタイアをできる機会がより多くなるということかもしれませんが、人によっては脅威に感じる場合もあるでしょう。

 

ならば人はよりクリエイティブな、創造性のある仕事をすればいいという意見はありますが、そんなことができる人間そのものが限られているのですから、そんな簡単に実現できることではありません。

 

個人的な希望も含めてですが、それでも手に職を持っている人がやっている仕事はなかなかAIにもとってかわられないとは思います。

 

例えば、思いつくのは、理髪師とか料理人とかですかね。

 

AIがどんなに素晴らしくて、人間に比べて完全に近しいものであったとしても、人のぬくもりが感じたいんだよな、という人間の感情を上回ってまで、AIが浸透するということはないのではないかと思うわけです。

 

また、職人技というのはある種の勘のようなものが重要になる部分でもあって、それを全てつまびらかにして、数値化してAIに学ばせることができるかどうか、というのもなかなか謎です。

 

もしかしたら、経験を繰り返すことでAIでもできるようになるのかもしれませんが、人間も完ぺきではないので、どうやって学ばせるのかというのは簡単ではないのではないかと思います。

 

ただし、最終的には人が行なうのだけれども、AIがサポートを行なう、ということは、理髪師や料理人についてもあり得るかもしれません。


AIは正しいのか

 

さてしかしながら、AIが行なう判断が本当に正しいのかどうか、これを誰がどう判断するのだろうか、という点は残ります。

 

エクセルが導き出す計算結果に異を唱える人はいないと思いますが、それが計算ではなく、論理的、あるいは感情的な判断であった場合に、AIだから正しいということを人間は受け入れられるのでしょうか?

 

AIが判断したことだから、その判断を選択した人間には責任は一切なくなるのでしょうか?

 

手塚治虫先生の火の鳥でなんかそんな話があったなあ、とぼんやり思い出しますが、しかしながら近い将来、AIがさらに進化して、生活により浸透してくるのは間違いないでしょう。

 

そこでセミリタイアをしたいんだけれども、と問いかけをしたらなんと答えてくれるのでしょうかね。

 

必死に勉強して、いい大学に入り、給与の言い大企業に就職することがまず近道です、とか回答してくれたら、個人的にすごく面白いな、なんて思いますけれどもね。

 

 



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ポジティブについて考えるセミリタイア志願者





仕事をしていると、よく、ポジティブに考えるように、と言われます。

 

仕事に限って言えば、なぜできないかを考えるのではなく、どうやったらできるかを考えろ、というようにも言われます。

 

前者は後ろ向きな思考で、後者は前向きな考え方だと言えるかもしれませんね。

 

どうやったらできるかを考えて、それでもできないのだったら仕方ないから、まずは考えろという感じです。


実際問題


 実際問題、物理的に考えてその実現は無理ですよ、あるいはそこまでして実現する必要はありますか?という案件はたくさんあります。

 

その実現の指示を出す人が詳細までは良く分かっていない指示を出す場合もあるのですから、それは当然と言えば当然です。

 

ただし、それがなぜできないのかということをただ伝えるだけでは、それをできるようにするのがお前の仕事だ、と良く分からない叱咤激励を受けるだけで終わってしまうことがあります。

 

この点は考えたのか、こういうことはできないのか、という質問が来てうまく答えられないと、それ見たことかとばかりに攻勢を許してしまいます。

 

ですので、確かに、説明をする場合でも、こういうことを実現しろと今言われていますよね、という確認をした上で、ここのポイントを妥協すればここまでは実現できます、まったく妥協しないのならこのポイントの実現は絶対に無理です、ということを論理的に説明しながら、あなたの目標はここにあるわけですからこの目標達成のためにはここは指示を変えてもらった方がいいと思いますが、という説得の仕方をすれば、話の分かる人であれば、もう少し深く考えてくれるようになると思います。

 

当然ながら、そういう説明をしても、やはり、それを全部でできるようにするのがお前の仕事だ、と言ってくる人もいますが、その場合はもうどうしようもありません。


言うは易し

 

とは言っても、ポジティブに考えるように、というのは言うは易し、行なうは難しで、実際に物事に取り組んでいる人はどうしても近視眼的なものの見方になります。

 

そういう時に、第三者的に意見を言ってくれる人、かつ経験がある人にアドバイスを求めるというのは効果がある気がします。

 

ああ、そうやったらできるかもしれないんだな、ということに気づくことがありますので。

 

私自身、別にポジティブシンキングができる人間ではないのですが、確かに、仕事でストレスを抱えてしまうよりかは気持ちは楽になるかもしれないなと思うことがあります。

 

ストレスを抱えれば抱えるほど、後ろ向きな考え方になりやすくなりますし、それによってさらにストレスを抱えてしまう、という負のスパイラルに陥ることは自身の経験からも可能性が高いなと思います。

 

それならば、いっそのこと、どうやったらできるのかを考えた方が、答えが出るかどうかは分かりませんが、負のストレスを抱え続けるよりかはいいかもしれないなと思います。


生き方


 というか、仕事でストレスを抱えてしまう私のような人がセミリタイアしたいなと言って求めているのは、恐らく、自分自身に選択権のある生き方で、それは恐らく前向きな考え方をしたいという思いがあるのでしょう。

 

仕事をしているとどうしても後ろ向きな考えになってしまうので、なぜそんなすり減り方をしなければならないんだという思いを持ちますので。

 

そう考えると、ポジティブに考えるというのは、仕事だけの話ではなくて、生き方そのものに当てはまることなのでしょうね。



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