人事評価はアピールの場なのか




 

この季節は人事評価の季節です。

 

昨年度の振り返りもありますし、今年度の目標設定もあります。

 

振り返りに関しては、まずは上長と自分自身の評価の振り返りを行ない、その後上長クラスの人が集まって、組織の中でのあの人の評価がどうだこの人の評価がどうだというのをやって、最終的に私の評価が決まる仕組みのようです。

 

当然に私はその集まりに参加したことはありませんが、参加したことのある人曰く、結構大変な会のようですが同時に面白くもある会のようです。




人を評価するって大変


 


絶対評価ではなくて相対評価の上に、もちろんながらそういうパフォーマンス以外のお気に入りとか年次とか、諸々の要素が絡みますので、参加している人は大変だというのは想像できます。

 

私はそこまでではありませんが、中には自分が当然評価は高くつけられるだろうと期待している部下もいますし、そういう人がいざ自分がそこまで評価が高くないという子が分かると結構かみつくなんてこともあります。

 

そういう人こそ意外と周りが見えていないことが多い気はしますが、客観的に観てああだこうだという主張をしてきては納得をしないという話も聞くことがあります。

 

もちろんしっかりと成果を出しているのに低い評価をされてしまうのは問題ですし、是正をしなければならない点であることも良く分かるのですが、もしも本当に評価をすべき人であれば、自分の上長だけではなくて周りから高い評価をするようにサポートをもらえるはずで、それがないというのはやはりそこまでだと思われても仕方のない何かはあるのだと思います。

 

極端にずば抜けた成果を出せる人はそんなに多くはないとは思いますが、それでも成果を出している人のことは、周りの人も分かりますから、彼や彼女が高い評価になるのは仕方ないなという意見情勢が自然とされても不思議ではないことを考えると、そうなっていないのには何かあるのだと思います。

 

自分はちゃんとやっているつもりでも他の人はそれ以上にやっているとか、もっと組織全体に影響のある成果を出しているとか、他の人の方が評価が上ということも十分にあります。

 

そういう話を聞くと、そういうややこしいことを言う部下が自分にはいなくて助かったなという思いがするのが正直なところです。

 

そういう人であればあるほど、ロジカルに説明をされても納得をしないことも多いような印象を受けますし、なんなら評価をしてもらえないなら仕事のパフォーマンスを下げますという変な主張をすることもあります。

 

そういうことをするから評価もされないということにつながってしまうということに気付いていないのかなと不思議になります。

 

まあ、私も必要以上に仕事に人生をかける必要はないと思っている人間ですから、何が何でも仕事をやれとは言いませんが、それでも周りに迷惑をかけてしまうくらいにパフォーマンスレベルが落ちればそれは組織で生きている人間として問題だなとは思います。

 

周りには迷惑をかけない程度にうまくては抜きつつ、それでいて責任はしっかりと果すのが目立たずにしかし信頼も失わずに組織の中で長生きするコツです。

 

変に目立って誰かに目を付けられるほどやりにくくなることはありませんので、そういう意味では適度に成果も出す必要があると思っています。

 

ただし、それを評価してもらうかどうかというのはまた別の問題で、実際に所真面目にやっていれば誰かが評価はしてくれるとは思いますが、その評価によって自分が望まない結果が待っていそうなのであれば、無理に評価をしてもらわないという働きかけを裏でしておくことは大切だと思います。

 

逆に評価をしてほしい人は声を大きく、自分のやってきたことをアピールする必要はありますが、その場合でも節度を守って、自分はすごいと勘違いしすぎないというのも大切なことかなと思います。

 

まあ、とにかく大したことがなくてもアピールする人もいますし、実際には声の大きい人の意見が通るというのも嘘ではありませんが、それで自分の思い通りにならないからと文句を言うのもまたちょっと違っているよなと思います。

 

私は、ちゃんと仕事をしていますよアピールはしますが、こんな素晴らしいことをやりましたアピールはしないようにしています。


人事評価もアピールの場ではありますが、実際には普段の仕事ぶりがなによりのアピール手段です。

 

真面目にやってさえいれば、そんな変な評価はされませんし、評価なんて組織の事情で適切にされるかどうかも分かりませんので、そんなものだくらいの心構えでいる方がいいと思っています。


まあこれは私が日本企業に勤めているからであって、外資系だといかに自分の功績をアピールして認めさせるかですから、またちょっと様相は変わるのでしょうけどね。

 



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指名手配班への複雑な思い



指名手配されて約50年捕まっていなかった容疑者が、病院での治療中に自らが本人であることを明らかにしたそうです。

最期くらいは本名で、という思いからだそうで、闘争生活に疲れたのか、この先永くないと思って気弱になったのか、理由は分かりませんが、少なくとも公安や警察も、本人からの名乗り出がなければ捕まえられなかったわけです。

この長期間、逃走できていたということがまず驚きですが、間違いなく協力者がいたのでしょう。

保険証も偽造されていたもののようで、これもまた誰かが手配したのでしょう。

警察は、協力者のネットワークについての供述を求めるでしょうし、そうして一網打尽を狙うでしょう。


 

複雑な思い



彼が行なったことは擁護できませんし、地下に潜っているとは言え危険な組織ですし、そこに属している人を捕まえてほしい思いはあります。

しかし一方で、今回の指名手配犯がそれをペラペラ喋るなんてことがあれば、それはそれであなたにプライドはないのか、と言いたくなります。

なんだか間違っているとは思いますが、今まであなたを信じて、匿って、生活支援をしてきた人を裏切るのか、そうなら逃走生活なんかせず早く捕まっておけ、という思いを持ってしまうと思います。

指名手配犯が最期まで本名を明かさなければ協力者が炙り出されることはなかったわけで、そもそも極端な思想で間違っていただろうとは言え、信念を持って活動していたのでしょうし、今わざわざ本名を明かすのはいいけど、協力者を巻き込むのは信念がなさすぎだろう、という、自分でもこの思考回路は間違っているよなと思うことを考えてしまいます。

実際に被害に遭われた方やその親族の方からしたら受け入れられない思考回路ですよね。

改めて、そのこと自体は間違っていると思いますが、逃走に協力してくれる人がいたというのは幸せなことだと感じます。

私がなんか犯罪行為をして、庇ってくれる人なんていないと思います。

まあ庇ってもらうことで何らかの対価を要求されるなんてこともあるのかもしれませんから、楽なのかどうかは分かりませんけど。

それでも、あなたの勝手な思いでもたらしたことで、仲間を売っちゃいかんだろう、と感じます。

政治家とかに対しては、全部しゃべってしまえばいいのに、と思いますが、それとはちょっと違うのはなぜなのでしょうか。

なんとなく、今回の指名手配犯がすぐ捕まっていたら、共犯者のことも洗いざらい喋って欲しいと思っただろうなと思います。

協力者の情報を喋らなかったからよくやった、とも思いませんが、喋ったらほんとこいつは、と思う気がします。

指名手配犯が本名を明かした動機が自分勝手なものに思えるからそう思うのかな。

まあ、犯罪行為を故意にする人は自分勝手な人なんでしょうけどね。

なんなら、最後の最後まで自分を捕まえられなかった国家権力を嘲笑うためにわざと本名を明かした可能性もあります。

国家権力に残された時間はもうありません。

そうなれば当然、協力者の名前も言わないでしょうね。

それはそれでなあ。


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自衛隊って恵まれないですね



 


 

最近、大雪によって高速道路で車が立ち往生して長い車列ができてしまった際、その解消のために自衛隊に支援派遣の要請を行ない、実際に多くの陸上自衛隊員が除雪作業に参加したそうです。

 

もちろんながら、まずは自衛隊に支援要請を行なうことなく対応しようとしたようですが、最終的には自衛隊に支援要請を行なったということで、それが仕事と言えば仕事なので当然ともいえるのかもしれませんが、自衛隊の方には頭が下がる思いです。

 

能登の地震の際の支援もそうですが、決して楽ではない、むしろ確実に肉体的にも精神的にもしんどい仕事をされています。

 

災害というのはいつ起こるかもわかりませんし、そういう支援要請が行なわれるのは当然に突発的にでしょうから、リラックスをしていようがしていまいが関係なく、予期せずしてそういう仕事に巻き込まれるわけです。

 

大雪への対応でしたらもしかしたら、過去の経験などから、こういうことが起きるかもしれないというのは組織の中で事前共有されて、ある程度心の準備もできるのかもしれませんが、たとえそうであっても何事もなければいいなと思うのが自然でしょう。

 

ある種、自衛隊の人が活躍するということは、なにかしら困ったことが起きている、大変なことが起きているということでしょうし、自衛隊が活躍しない方が社会は平穏だとも言えるかもしれません。


 


祖国のために戦う




とあるジャーナリストが、あなたは祖国のために戦えますか、と発言して物議をかもす問題にもなりましたが、少なくとも有事の際に戦うことを求められるのが自衛隊の人なわけですし、実際に災害支援活動は祖国のために戦っているとも言えますし、多くの人が望んで自衛隊に所属しているのであろうとはいえ、大変な仕事であることには変わりはありません。

 

このジャーナリストの発言に関して私が思うのは、何かを守りたいというのはその何かにどこまでの価値を認めるかという個人的な価値観も影響するのであって、当然に祖国を守ることが大切だという教育を受けてくればそのように思う可能性も高まるでしょうし、そういう教育を受けていないから祖国を守りたいと思わないのだという主張には一理あると思っています。

 

祖国に対しての誇りとか、日本であれば日本人としての連帯意識であるとか、そういうものがあるのかないのか、社会が分断されているのかどうか、そういうことも関係してくると思います。

 

ただし、祖国のために戦うと言っても色々な形での戦いがあるだろうと思いますし、短絡的に銃を持って立ち上がれということに結び付けて考えることには違和感はあります。

 

また、そのジャーナリストは戦場にはいかないだろうから自分も行きませんという主張をする人には、ではそのジャーナリストが戦場に行くと主張したり、あるいは実際に戦場に行く確度が高い人が主張すればあなたも行くということですかと問いかけたくなります。

 

自分自身が何に価値観を置いて、自分であれば何をするのか、しないのかを考えることは大切だと思いますし、ジャーナリストであれ誰であれ、他人が言うことを盲目的に受け入れる必要はなくとも、他人がどうこうするからではなくて、自分の価値判断として、自分ならばどうするかを考えることは大事だと思います。

 

特に、直近で世界は混とんとしているような気がしますし、島国とはいえ、日本の周りには日本を敵国だとみなしてくるかもしれない国がいくつもあります。

 

自分が外国に逃げるというのも当然一つの選択肢ですし、日本に残って戦うというのも一つの選択肢ですし、日本には残るけど戦わないというのも当然一つの選択肢です。

 

まあ実際の有事になると、実は選択肢はあるようでなくされてしまう、というのがロシアとウクライナの戦争を見ていて感じることではありますが。

 

自衛隊に入っている人は、ある程度そのあたりの覚悟をしながら入っていると思いますが、我々は何か有事の際には彼らに守ってもらおうとしているわけですから、その一方で自分自身ならばどう判断するかは真面目に考えてもいいのではないかと思います。

 

戦争が起こらないに越したことはありませんが、外部要因にも大いに依存しますから、完全に自分たちでコントロールができるわけではないことは間違いありません。

 

議論することに拒否反応を起こすのではなくて、何か統一見解を出すということでもなく、まずは真面目に議論してみる、という姿勢はあってもいいのになと思います。


 

 


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軽んじられている仕事ってあるな




 

 

昨年はフルタイム労働者の平均月給が過去最高になったそうです。

 

若年層や高齢層で伸びているようで、人手不足によって、人材確保のために良い条件を提示する企業が増えたのかもとか、高齢層の人が会社に残るようになった結果平均給与を押し上げたのではないかなど、分析がされていました。

 

フルタイム労働者だけに絞ったデータでしたが、パートタイムも同様に給与は上がっているのではないかと推察しています。

 

アルバイトの時給なんかも、私が学生の頃に比べれば確実に上がっているように感じますので、そうしないと人が集まらないというのはそうなんだろうなと思います。

 

一方で物価高という話はありますが、このニュース自体は決して悪くないニュースなのではないかと思います。

 

あくまでも平均ですから、もらっている人がよりもらうようになって全体を押し上げたのかもしれないというのも思いますし、平均給与が上がったことで皆の生活が楽になったかどうかというのは別問題ではありますが、これまでの人件費が安すぎたというのは思いますので、いい傾向ではあると思います。

 




労働の対価




こういう平均給与の話になると、例えば外資系銀行員の平均給与はすごく高いとか、日本企業でも商社の給与は高いという話になりますが、そういう稼いでいる人たちの給与は、例えば医師の平均給与よりも高い傾向にあります。

 

24時間働けますかの世界に住んでいるという点は皆同じかもしれませんが、人の健康や命を預かっている医師の給与が低すぎないか、ということは正直思います。

 

下手をしたら大企業でのほほんと過ごしている人と、人々の健康を支えている医師の人とで、給与が同じということもあり得ますし、看護師や技師さんになると明らかに大企業勤務の人の方がもらっているということもあるでしょう。

 

実際に人間社会に与えている影響という意味では、医療現場で働いている人の方が圧倒的に大きいとは思いますし、労働としての社会的意義も圧倒的に高いはずだと思いますが、その対価という話になるとそこまで差がない、あるいは大企業勤務の人の方が上、ということもあり得るということです。

 

ということは当然に、その労働の社会的意義や影響度も対価の大小にはある程度影響は与えるものの、実はそれらと対価がきれいな比例関係にはないということだと思います。

 

まあ実際に、企業の中でも年功序列の仕組みを見てみると、任されている労働内容と対価がきれいな比例関係になっていないのでしょうし、この社会全体でそのような比例関係はないということなのでしょうが、必要とされている労働の割には対価が低いというのは結構かわいそうな気もします。

 

単純に、必要とされている仕事なんだからもっと対価をあげればいいのにと思います。

 

こういうことを考えると、例えば介護業界はどうなんだとか、ごみ収集はどうなんだとか、ということも思いますが、やはりそうなるとその労働の社会的な重要性と対価はきれいに影響をしているわけではないなと思います。

 

介護業界なんかも、もっとお給料をあげればサービスレベルを上げるモチベーションにもなるのではないかと思いますが、今のような薄給の環境下ではそこまで懇切丁寧にサービス提供もしたいと思わないよな、と感じます。

 

でもかといって、お給料を挙げて人件費を増やすと、今度はビジネス運営をのものがうまくいかなくなる可能性があるのでしょうから、難しいですね。

 

それはサービスを享受する側がお金を払いたいと思っていない、ということも背景にはあるでしょうから、必要なんだけれどもお金を払いたくはない消費者という、本当に必要なのかどうかが分からなくなる、変な話ですね。

 

お金を払ってでも安心や快適さを手に入れる方がいいのではないかとも思いますが、それでもなるべく手軽にという心理があるのでしょうかね。

 

 


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じわりと衰退するのか




 

 

日本の有名デパートが、首都圏の店舗での外国人富裕層向けの外商員の人数を現在の20名から倍増させる計画を持っているようです。

 

売上を獲得できるのはいい機会ではありますし、観光立国を模倣したことのある国としては確かにこういう計画を持つことも当然のことと思います。

 

そもそも日本人向けの外商員が何名くらいいるのか私は知りませんし、外国人富裕層向けの外商員の人数が多いのかどうかも感覚はありませんが、一つ確実に言えるのは、外国人富裕層が大切なお客様になっているということです。

 

為替の影響もありますから、日本の方が物価が割安になっている結果として、そういうお客様のニーズをより捉えるようになっているだけかもしれません。




ちょっと悲しい

 



それ自体は何ら悪いことでもありませんが、その背景にもしも、日本人富裕層のお客様としての魅力度が下がっているというようなことがあればそれは悲しいことだなと素直に思います。

 

外商員が担当するような富裕層の人は、経済がどうなろうが富裕層であり続けると思いますから、そこの人たちが没落しているとかは全く思いませんが、それでも日本人富裕層向けの外商員を倍増させるというニュースは聞きませんから、日本においてはそういう人が新たに表れにくくなっている、そういう意味で全体を見た時には日本人富裕層の重要度が下がっていているのではないかと勘ぐってしまいます。

 

私自身は富裕層にはなれると思っていませんし、例えなったとしてもデパートで買いものをするようには習慣が変化することはないと思うので私は全く貢献できないですし、する気もないですが、こういうニュースを見ると日本の国力低下を見せつけられているようでなかなかいい気分にはなりません。

 

それが生き残りにつながることですので、デパートがやっていること自体には疑問を挟む余地はなく、適切な経営判断なのだろうと思いますが、自分のことは棚に上げて、日本人もっと頑張ってくれよ、と思ってしまいます。




他人任せなのか

 



そういう他人任せなところがダメなのかもしれないなとは思いますし、俺が俺がの気持ちがないと、経済に限らず成長や発展はないのかもしれませんね。

 

日本のバブル期なんかも、経済がずっと成長する中で日本人が精神的に自信を持っていたということ自体がさらに経済発展を後押ししたのではないかという気がしています。

 

ずっと経済成長が続くと思われた、将来への不安が少なかったというのも今を全力で生きる理由にはなったのかもしれません。

 

また、特に人口の多い中国やインドでは、主張しないと意見が通らないということもあって、だから彼らは大したことがなくても声高に自分の主張をするという話を聞いたことがありますが、そういう人が大勢いればいいか悪いかは別として、国としての勢いは出るのかもしれません。

 

会社で言えば、無理難題を言って周りを振り回す人がいますが、その周辺で巻き込まれると非常に大変な思いをするのは確かな一方で、確かにその人たち自身にはエネルギーがありますので、その方法が正しいのかどうかは別としても課題を打破する際には現状にとらわれない方法をとったり、無茶苦茶を言いまくった結果意外とそれが通用した、ということも無きにしも非ずです。

 

ほとんどの場合は周りを疲弊させて終わりになってしまうのも確かだとは思いますが、前例踏襲主義では終わらないというエネルギーがあるというのも確かに認めなければならない点かなとは思います。

 

セミリタイアを目指している私がどうこう言える話ではないですが、日本という国はそういうエネルギーや、ややもすると自信を失ってしまっているのかなという気がしてしまいます。

 

よく、若い世代の人が上の世代のせいで日本はこうなってしまったということがありますが、それはそれで正解ではある一方で、自分たちもそれを変えようとエネルギッシュに活動をしたのかどうかも今をつくる要因の一つにはなっていること、またまだこれからいくらでも変えられる可能性があることを理解することも大切ですね。

 

まあ、実際にはどれだけ頑張っても変わらないものは変わりませんが、変わる可能性はあるのですし、その可能性を信じない限りは何も変わらないのです。

 

まあ、お前が言うなという話であることも重々承知はしていますけれども。

 

 

 


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権力の使用と組織





人事異動の季節が近づいてきています。


組織の変更もあり得るでしょうし、人員の異動もあり得ます。


こういう話は極秘案件のはずなのですが、諸々の実現のためにいろいろとアドバイスをすることもある立場のため、案件によっては事前に情報を入手することもあります。


全体像までは明確にわからなくとも、こういうことがやりたいがどうすればできるか、という相談が来る場合があるのです。


私はその組織に属していないことが基本ですが、組織の長の人はこう組織をいじりたいのね、というのがなんとなく感じられます。





基本は私利のため




基本的には、その長の人が動きやすい、その長の人の目的にあった変更が模索されます。


分かりやすいのは、気に入っている人を優遇する、そうでない人は異動させるというのもあれば、ひどい人だと愛人を優遇するなんてのもあります。


そんな分かりやすいことやるなよ、と思いますけど、やる人はやるんですよね。


組織上で偉くなると無茶がまかりとおりますし、そういう人は偉くなってほしくないなと思いますが、意外とそういう人が出世するのはなぜでしょうか。


そして、当然ながら、組織の長は自分の利益のために組織変更や人事異動をやりますので、それが全体最適のための目的を持っているかと問われると、持っていないことが多いように感じます。


そこらへん、最終的に誰がどういう権限を持って何を決められるのか、私はわかっていませんが、その組織変更や人事異動で割を喰う人も確実にいる中で、誰かの利益のために物事が動きます。


ですので、その誰かがちゃんとした人ならいいのですが、そうでない場合は単なる私利私欲のために人事異動が起きてしまうこともあるわけです。


ですので、ある人事異動に対して、別の誰かは怒っているとか、納得していないとかも起こり得ますし、第三者的な視点からは、それは無理もないなと思うこともあります。


私には意思決定は何もできませんけれども、下手したら全社視点では間違ったことをやろうとしているのではないかと感じることすらあります。





権力の濫用?




まあ、権力をうまく使っているかどうか、という議論かもしれませんので、馬鹿正直にやっている方がダメなんだという話かもしれませんし、間違った権力の使い方でも使わないよりかはいいのかもしれませんが、側から見ていると残念な話ではあります。


私がその間違った権力の使い方の一助になっているようで、それもまた本意ではないのですけれど。




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人生の勝ち組




 

 

以前にもブログで取り上げたことがありますが、親ガチャや勝ち組・負け組という言葉が一般化してきました。

 

私自身はそういう要素は世の中には確実に存在をしているものの、努力次第ではある程度までは挽回もできると思っておりますし、ある意味そう信じたいと考えています。

 

ただし、勝ち組と定義されても仕方がない人たちがいるのは否定のしようのないことでして、それは当然に本人の資質も影響はしているとは思いますが、それ以外の生まれ持った運の要素にも大きく影響されています。




普通にある

 



一般企業でもよくあるのは、コネ入社というやつで、例えば広告代理店やテレビ局に、大手企業の子息がコネ入社するというのは普通によく聞く話です。

 

また厄介なのは、そうすることによって、コネ入社を受け入れる側にとっての実ビジネスに好影響があるということで、もちろんその分の枠を取られれば、コネなどなく入社したいと思う人が弾かれてしまうということがありますが、それを補って余りあるメリットがコネ入社を受け入れる側には発生します。

 

そもそも入社させる人を選択する際にはそういうコネ入社はダメだとかいうルールもないわけですから、どういう選考基準を持つかは自由ですので、コネ入社はおかしいと声高に批判するのも正しくはないわけです。

 

私の会社でも、コネ入社と思われる人は何人もいます。

 

それはお得意先さんのご子息であることもあれば、親御さんが役員クラスの人で子息が入社してくるということもあります。

 

もちろんそういう人たちの中にも真面目に仕事をする人もいますが、そうではない人もいるのでこれまた一概にいい悪いとも言えませんが、生まれ持った特性や環境によって下駄をはかせてもらって入社をしてくる人というのは確実にいます。




仕事として降ってくる

 



最近でも、経営層の人のご友人のご子息をグループ会社に中途入社させられないか、その方法を探ってくれ、という相談がなぜか私のところにきました。

 

断るに断れない依頼で、何とかして可能性を探らなければならないのですが、もしも何の関係もない人から突然にそんな話が会社に来れば二つ返事で断るはずの話ですが、今回はそうできないから可能性を探るということになります。

 

ご子息本人の能力とかは全く考慮されない中で、人間関係やコネクションの観点から、いきなりどうやればその人を入社させられるのかという話がスタートします。

 

当然に入社に向けての面接や試験なんかもありませんが、ただそうやってご子息を入社させられればもっと上の人たちの間では生まれるメリットもあるのでしょう。

 

優秀だと思うのでぜひ入社を前向きに検討してほしいとか言われますが、そういうっている人は実際にそのご子息と会話をしたこともなければ面接をしたことも仕事を一緒にしたこともないわけで、色々な理由をつけて正当性を主張しようとはしていますが、理由としては断れないから何とかしてほしいということでしかありません。

 

私自身もそういう意味のない手続きを業務として模索しなければならないという負担もある中で、こういうのは見る人が見れば不公平に映るだろうな、勝ち組はいいなという不満につながるだろうな、というのは容易に想像ができます。

 

別にそのご子息の人は今回の入社にあたってはなんの努力もしていないでしょうから、全てにおいて親のコネの影響なわけで、それはもう他の人からは覆せない、勝ち組の特性、なわけです。

 

親のことを考えると、私自身も確かに勝ち組には入るのではないかと思いますが、そのコネによって何かメリットを享受したということはあまりない気がしています。

 

誰かのコネを使うことはありましたが、そのコネも基本的には自ら動いて獲得をした上で活用しているわけで、生まれながらに持っていたコネを使ったという経験は記憶にありません。

 

富める者はさらに富むという世の中の仕組みは確実にあって、それに対して不満を表明する人の気持ちも分からなくはないよなと改めて考えました。

 

だからと言ってその不満を表明することで世の中が変わるのか、と言われれば変わらないとは思いますし、私自身も不満を表明するのは構わないが、同時に自分自身でも努力はしようねとは思いますが、まあ世の中は公平ではないよなというのは同意ですね。

 



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日本円資産のリスクについて


 


 

とあるグローバル企業の部門長として働いておられる方と会食を持つ機会がありました。

 

何度も海外拠点の長をされている経験もされており、グローバルで活躍をされている人なのですが、その方の下で私の知人が働いており、仕事を発注させていただく機会もありますので、そういう関係で私の上長と一緒に会食にご招待を受けたというのがきっかけです。

 

会食中の会話は仕事一色ではなく、むしろ仕事は1割もないくらいで、あとは世間話や世界情勢の話でした。




円建資産のリスク

 



日本経済の失われた30年という話になった流れで、その今回会食にご招待をしてくださった方が、日本円で資産を持っておくことが今後はリスクになるということをおっしゃっていました。

 

その方自身はご両親もかなりのステータスの方で、ご親族も日本に資産も多く持っておられると思いますし、その方自身も当然に多くの資産を持っておられると思いますので、資産を持っていない僻みとかそういうことではなくて、単純に日本円がどんどん弱くなっていく中では日本円で資産を持っていてもグローバルな視点で言えば資産は目減りする、資産額が減る、それがリスクだということをおっしゃっていました。

 

日本でずっと住み続けるということを前提にすれば、日本円の為替影響も多少は軽減できるとは思いますが、それでも日本にもインフレの波は来ていますし、それは為替の影響を確実に受けてのことですから、影響をゼロにすることはできないというのは間違いいありません。

 

日本経済は人口減が確実に見えており、そうなれば経済状況が劇的に成長フェーズに入るということはないと思いますし、日本円がグローバルでどんどん弱くなっていくというのは確かだと思います。

 

一方でポジティブな点が決してないわけではなく、例えば中国人が日本の不動産を購入しているという話が出てくるのは、当然に日本の規制の緩さというのもあるのだとは思いますし、中国で土地を所有できないからといった背景もあるとは思いますが、中国人から見れば、中国よりかは日本の方が資産の逃がし先として適切だと思われると思われているということですので、そういう意味では日本も捨てたものではないということでしょう。

 

まあ、そうは言っても積極的に資産を逃がしたい先であるとは言えませんので、気休め程度でしかないかもしれませんが、地政学的に危うい場所にあるとはいえ、一定以上の経済規模を持ち、比較的安全・安心で、暮らしやすい国の一つとして日本はまだ存在はしているとは言えると思っています。

 



リスクには備えないと




ただそうであっても前述の方の言葉である、日本円で資産を持っておくことが今後リスクになってしまうのではないかという言葉を覆すほどの根拠が何かあるわけではありませんし、客観的に観てみると確かに日本円で資産を持ち続けることは資産が目減りするリスクではあるなとは思います。

 

しかしそれはすなわち、日本でセミリタイア生活を送ろうとしている私にとってはいい話ではないのですよね。

 

日本で生活をしていても、日本円での資産が目減りするということはすなわち生活コストが上昇するということで、セミリタイア生活のためにこれくらいの資産を保有しておけばいいと思っていたのがそうではなくなってしまうということが起きると、ではその補填分をどう担保すればいいのかという話になりますし、どうやって稼ぐのかを考えなければなりません。

 

本来ならばそういう可能性が起こりえることも踏まえてセミリタイア生活の計画を練らないといけないということなのだと思いますし、あまりぎりぎりの想定で計画を練らない方がいいということなのでしょう。

 

セミリタイアをしたはいいものの、実はそれ以前よりもあくせく働かななければならなくなったなんてなると非常に本末転倒というか、であればセミリタイアをせずに働き続けていた方がより経済的、精神的に余裕のある生活ができたのではないかなんてこともあり得るわけですからね。

 

そこで後悔をしてもなかなか元には戻れませんから、最後はある程度の覚悟はいるとは言うものの、かなりの覚悟でセミリタイアに飛び込まないといけないですね。


今はまず、外貨建資産の形成などを検討したいと思います。



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資産の増加見込みについて





年初から日経平均株価はぐんぐん上昇しています。

 

株価が上がるのだからさぞかし景気はいいのだろうと思いきや、それはそれ、これはこれらしいので、必ずしも日本経済の景気が良くてみんな潤っているというわけでもありません。

 

こういう時には、ああもっと投資しておけばよかったななんて思いますが、それは後の祭りです。

 

しかしながら、年初早々、気分を良くしている方は多くいらっしゃるのではないかと思いますので、それはいいことではないかと思います。

 

願わくば、日本の景気も良くなって、賃金も上がり、多くの人の生活に今まで以上に余裕ができるといいなと思いますが、なかなかそんな簡単な話ではないでしょうね。

 

私の勤める会社も、今年は少し業績が良くなくなってしまいそうだという話がずっとありまして、経費の削減含めて既に検討が始まっています。

 

年初からそんな見立てになる、そんな予算を立てたのは誰だという話かもしれませんが、減収予算や減益予算を立てることは認められないというのも理解はできますし、困ったときはみんなで困ろうということかなと思っています。




資産の上積み



 

セミリタイアを目指しての資産形成の点で見ると、実は私も今年はこれくらいは試算の上積みができそうだというのはなんとなく見えてはいます。

 

投資によって増減する分は当然良く分かりませんし、そこは増えることはあてにせずに現状維持で御の字だと思っておりますが、サラリーマンですので給与やボーナスでのキャッシュインについてはおおよそ正確な額が既に把握できます。

 

ボーナスについては会社の業績にも反映はされますが、いきなり半額になることはありませんし、2倍になることもありません。

 

一方で支出のところは、なにかしらの大きな支出は予定されていませんので、通常の生活を行なっていく範囲での支出を想定しておけばよいと思います。

 

もしも塊としての支出が増えるとしたら、家族旅行でどこかに行く際の支出が増えることがあるかもしれないということでしょうか。

 

この支出については家族平和のための支出ですので、多少増額になろうと私は何も問題はないのですが、一方で私の妻は旅行に行きたがる割には旅行先でお金を使うことには抵抗があるようで、私からしたらそんなのはお金で解決してしまえばいいのにと思うことも、あえてお金を使わせてくれないということがあります。

 

まあ、何でもかんでも贅沢にお金を使おうとする人よりかはいいのかもしれないなと思いますが、お金を使おうとすると文句を言われることがありますのでそれはそれで面倒だなと思います。

 

私からしたら、普段に時間がない分、時間を有効活用するためにはお金を多少かけるのは仕方ないと思うのですが、妻は普段から時間がある分、節約のために時間をかけることにも抵抗がないのだと思います。

 

このあたりの金銭感覚の違いというのは違っていると苦労しますね。

 

同じ課題に対しても解決方法が違うということにもつながりかねませんし、それで済めばいいですが、そこから喧嘩に発展することもあり得ますから。

 

まあそれでもお金を浪費しまくって、そのことで喧嘩するよりかは圧倒的にマシかなと思います。

 

妻はなんだかんだで私がお金を全然持っていないし稼いでもいないと思っているようで、それはそれでよかったなと思っています。

 

妻は私が資産形成をしていることは知っていますし、1億円の資産形成を目指していることも共有はしていますが、実際に今それがどれくらいの進捗なのかは知りませんし、なんならそんなのは夢物語だと思っているかもしれません。

 

そうなると今度は、変にお金があることが知れて気が大きくなってしまうのが少し怖いなと思っています。



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人的補償



 

あるプロ野球球団がFA制度を活用して獲得した選手に対しての人的補償制度の対象選手が、一時期は既に名前の挙がっていた選手から急に別の選手に切り替わったようです。

 

元々指名されていたのは実績抜群で球団を以前から支えていたベテランもベテランの投手で、一方変わって指名されたのは昨年も大いに活躍した若手投手です。

 

人的補償制度の対象とさせたくない選手はプロテクト制度の仕組みを使用して守ることができますが、チーム全員を守ることはさすがにできませんので、結局は誰かが対象となってしまいます。

 

前者のベテラン投手ではないかという情報が駆け巡ったことで、それに大いに批判的なファンが否定的な反応を強く示したことから、対象選手について再度交渉の場が設けられたとか、そもそも最終的にベテラン投手に決まった事実はなかったとか、色々と憶測はありますが何が真実なのかはよく分かっていません。

 

それでも、経緯などを見るになんとなくドタバタがあったのだろうと思われる、ということから、今回の経緯や特定に球団に対する批判的なコメントなどもされています。

 

真相は分かりませんが、けっこうすっきりとはしない話ではあるなと思います。




会社人事もちょっと似てる

 



私が聞いた限りですが、私の勤める会社の人事異動でも、こういう人的補償に近いようなやりとりがなされることがあるようです。

 

この部署の誰々が欲しいという部署があったとして、ではその部署からは誰を差し出すのか、ということで、会社の人事は決して1対1の交換ではなくて、他の部署も含んだ多対多の人事異動になるのでしょうが、場合によっては互いの部署が互いに候補となる人を指名し合うみたいなことも起こっているみたいですが、こう考えると、他の部署から必要とされる人というのは一般的には優秀な人でしょうから、そんな人を取られてしまう部署からしたら穴埋めにも優秀な人をくださいと言いたくなるというのはまあそうなのでしょう。


さらには、こんな仕事は嫌だ、と声をあげて、退職をちらつかせる人もいます。

 

一方で、自分の配下にはなるべく優秀な人を置いておきたいというのが多くの人の本音でしょうから、剛腕な人は優秀な人は囲い込んで離さず、人事異動の話が来てもすっぱり断るなんてものもあり得る話ですし、折り合いの悪い部下はさっさと異動させてしまうなんてのもまた普通です。

 

このあたりは人間のやることですので、さもありなんという感じですね。




管理職もさまざま

 



よく、部下を成長させる、部下の可能性を広げて上げるのが上司の役割なんて話もされますし、それはそうなのだと思うのですけれども、実際のところは優秀な人ほど手元に置き続けたいという本音が出てしまうのもまた仕方のないことなのかなと思います。

 

優秀であるという理由でならいいのですが、噂レベルではありますが愛人関係にある人を近くに置いておくなんてのも話を聞くことがありますし、実際にそう気付くこともあります。

 

自分で勝手にそうするのであればまだ少しはいいですが、なかには他人を動かしてそういう状況を自分のために作ろうとする人もいますから、人を巻き込むという意味ではかなり厄介です。

 

それってむしろいろいろとやり辛くはないかなと思いますし、もしかしたら本人はばれていないと思っているのかもしれませんが、簡単にばれますから、知らないふりをしているこっちの身にもなってくれよと思いはするのですが、いかんせん本人たちはそう思っていないので、周りは辛いですね。

 

あまりにも度が過ぎると不平不満の温床にもなってしまいかねませんし、なんなら社内通報制度みたいなので刺されることもあるのではないかと思います。

 

決してすべての人がそうなるというわけではないのですが、権力を握ると人間は色々とやってしまうのだなということを身をもって実感します。

 

やはり人間は清廉潔白でないといけない、などという気は毛頭ございませんが、やるならやるでうまく色々とやろうねと言う気はしますね。

 

 


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