きな臭い仕事のその後




さて、きな臭くなった仕事の話の続編です。

以前のブログ

まあ、しっかりときな臭いままです。

解決に向かっているのか、いないのかもはっきりとは分かりませんが、進んではいます。

むしろ、時間が経つごとに、色々な信頼関係にさらにヒビが入ってしまっているかもしれません。

望ましい環境かと言われると全く違いますが、多分修復もかなり難しいんだろうなと感じます。


みんなわざとではない


関係者は皆、別に何か変なことや、悪いことをしているわけではなく、むしろ良かれと思って手を動かしているのですが、ちょっとしたコミュニケーションのやり方や、表現な方法、あるいはそれまでの人間関係の作り方などがちょっと下手なせいで、関係が拗れているような気がします。
(こじれるって、拗れるって書くのですね。知りませんでした)

しかし、これも私がやや第三者的に物事が見れるからだと思います。

色々な文句を当事者から聞きますが、当事者からしたらそう感じるのは確かに感じるだろうな、でもそれを言ったら聞いた相手は協力的にはなってくれないだろうな、というものが多いです。

文句が言いたいならそれでいいですが、なんらかの目的を達成したいなら、発言する内容には気をつけないと、相手は感情がある人間なので。

当事者は頭に血が上っていますし、自分のやりたいこと、やるべきことに目がいっていますので、その中で自分の業務が思うように進まないことに、いらだつのはそれはそれで仕方がないと理解できます。

私もその当事者になっていたら、同じように思うと思いますし、直接相手に言わないまでも、誰かに文句を言っているかもしれません。

いや、多分言います。 


冷静でいれる理由


それが、今回は、私は一歩引く感じで、色々な人の立場を見ながら意見を聞いて調整役になっているので、幸運なことに、ある種冷静に色々と考えられているだけなのでしょう。

そういうのがもっと自然にできていたら、もっと仕事で成果をあげられるのかもしれませんね。

あとは、セミリタイアに目が向いて、仕事で揉めてもまあ仕方なし、の諦めの気持ちも持てる分、心が広くなっているのかもしれません。

まあ、落ち着きなよ、と思いながら自分自身を見ている自分がいます。

これはいいことかもしれません。


にほんブログ村 サラリーマン日記ブログへ  にほんブログ村 ライフスタイルブログ セミリタイア生活へ
 プライバシーポリシーはこちら

セミリタイアと田舎への移住について


とある自治体が、外部からの移住希望者に対して、当自治体への移住の際の留意すべきこと七か条みたいなのをだして、それを見た人から賛否の意見が出ています。

パッと見ると、要はよそ者はその自治体の価値観を尊重してほしい。

尊重できない人は来ないでほしい、と言うところかと思います。

否の意見としては、そんなことを言うから過疎になるんだ、とか、驕りを感じるという感じです。

都会からの移住者の価値観は無視するのかと。

セミリタイア志願者としては、将来どこに住むのが良いかを考えている中で、田舎暮らしもいいよなあ、なんて思ってはいます。

私の場合は、都会から離れても、いわゆる田舎はないな、とは思っています。

ただ、都会でのストレスある生活に疲れた人の中にも、田舎での暮らしに憧れている人は多いのではないでしょうか。


むしろ親切では?


で、私は、その自治体はむしろ親切なのではないかと思っています。

分かりやすく、移住希望者に対する要望を出しているわけですので。

誰でも移住歓迎!アットホームな自治体です!と募集して、実際には要望が多かった!というのとは違っていて、移住したい人はこういうことを守ってください(守れないなら来ないで)と事前に大っぴらにしてくれているわけです。

その自治体に驕りがないのかと言われると、あるのかもしれませんが、それで移住希望者がいなくても仕方がないと考えているのかもしれません。

移住希望者にとっても、自分がそういう環境を受け入れられるかどうか、事前に判断できるのは大変良いことではないでしょうか。

郷に入りては郷に従え、という格言がありますが、自治体が求めているのはまさにそれです。

都会には都会の良さがあるだろう、でもそれを押し付けないで、その自治体の価値観を尊重してほしい、というだけですよね。

というか、いわゆる田舎ってそういう価値観が普通に残っていると思いますよ。

それが嫌なら、そもそも移住すべきではないとすら思います。


にほんブログ村 サラリーマン日記ブログへ  にほんブログ村 ライフスタイルブログ セミリタイア生活へ

部門や部署で仕事のきつさは異なる




同じ会社の中でも、部門ごとに雰囲気やきつさが違う、というのは当然にあることだと思います。


花形部署とそうではない部署では、間違いなく違うでしょう。


一般的な企業において、事業部門や営業部門は、予算ノルマも厳しく、業務に求められるスキルレベルも高めになりがちではないかと思います。


長年の得意先だけを相手に、比較的のんびりやっている営業の人もいるかもしれませんが、その人はある種の勝ち組でしょうね。


印象

私の印象ですが、法務部門になると、売上予算はないですが、専門性が求められる、総務部門は、普段は忙しくないけど、緊急時にはとてつもなくばたつく、などなど、違いはあると思います。


実際に自分が色々な部門や部署で働いたことがあるなら違いも肌で感じるのでしょうが、どうしてもあらゆる部門や部署で働くというのは無理ですから、実際にそれに近しい経験のある人の印象を聞くしかありませんが、実際に聞く限りでは、確かに違いがあるみたいです。


やりがいのためにはややきつめ


やりがいを求めるのであれば、もしかしたら、緩いよりかはややきつめの部署で働いた方がいいかもしれません。


ちょっとだけ高いハードルを超えるイメージです。


緩すぎたら緩すぎたで、特に若い人には物足りないかもしれませんね。


きつすぎても、体と心には良くありません。


体か心を壊すくらいなら、私は緩い部署で働く方がいいと思います。


どんな部署でも、働いているだけで、十分に立派だと思いますし、人生には働く以外にもたくさん楽しいことがあります。


それを楽しむためには、体と心が健康でなくてはいけません。


自分自身を大切にしましょう!


出世に関わる評価は花形部署の方がされやすいとは思いますが、正直、日本企業である限り、給料は部署でそこまで言うほど変わらないと思います。


にほんブログ村 サラリーマン日記ブログへ  にほんブログ村 ライフスタイルブログ セミリタイア生活へ

生活コストがあがるセミリタイア志願者





電気、ガス代が結構とんでもないことになっています。


最近の寒波のせいもあるでしょうが、なによりそもそものエネルギーの値上がりや為替のせいでしょう。


生活の質を維持するためにはある程度は仕方がありませんが、正直、結構きついのはきついですね。


こういう場合に、セミリタイアやリタイアをした先輩方はどのように乗り切っているのでしょうか。


明らかに、想定生活コストよりも実際のコストは高くなるでしょう。


いかにコストを抑えるかの生活をしている人が多いと思われる中、この抗いがたい流れにどう対抗しているのか。


そもそも暖房は使わずに厚着で対応しています、なんて人が多い印象があり、それ以外で具体的な節約方法を述べている先輩方のブログは、私が検索した範囲ではほとんど見受けられません。


やはりそもそも、空調を使わない人が多いのでしょうか。



攻めのセミリタイアなんてあるのか?



薪ストーブ使い始めました、とか、その他のライフハックがあるとまた面白いのですが、基本的には攻めではなくて守りの姿勢を取る方が多いのでしょう。


そうでないと、セミリタイアや早期退職はできないのかもしれません。


ただ、こういう事象、生活コストがマクロ事由で上がってしまう、それは、収入を大きく高めることのできないリタイア民にとっては大きなリスクですね。


まあ、そもそも、フルタイムで働いていようが、その収入レベルのいかんによっては生活コストが上がることは死活問題なのでしょうが。


働かれている人にとっては、最近、ポツポツとはいえ、給与レベルを上げようとする企業がでてきているのは悪いことではありません。


それが今は一部の大企業だとしても。



みんなで幸せになろう



できれば今後、多くの中小企業にもこの流れができてほしいところです。


大企業の下請けになっている中小企業が多いと思いますので、そこからのコストアップを大企業がどこまで飲み込めるか、ですね。


そこで、収益力強化のために下請けの値上げ要請を飲まない、あるいは値下げを要求してしまうのは長い目で見たら間違いかもしれません。


難しいところではありますが、トリクルダウンを起こすためには必要でしょう。


トリクルダウンはそれだけで起こるとは思いませんが、少なくとも、今回はそれをやらないと起きないと思います。


皆が貧乏になってもいいことありませんからね。


先輩方の処世術は引き続き勉強しようと思います。



にほんブログ村 サラリーマン日記ブログへ  にほんブログ村 ライフスタイルブログ セミリタイア生活へ

バリバリのキャリアもリタイアしたいらしい






仕事からくるプレッシャーについて、外資系の大きめの企業で働く欧米人と話す機会がありました。


なんとなく想像はしていましたが、日本企業に比べたらやはりかなりのもののようです。


容赦ない解雇


大きな投資案件を進めていて、万が一失敗した場合、容赦なく居場所がなくなるのは、日本企業にはない特徴ですね。


直接的にあなたを解雇します、と言われることは稀なようですが、あなたのポジションはなくなりました、という伝えられ方で、居場所をなくされるそうです。


日本企業なら、失敗して左遷されることはあっても、ポジションをなくされるまではないですから、しがみつこうと思えば企業にしがみついていられます。


まあその分、給料は日本企業の方が抑えられ気味ですし、欧米の方の方が、自分も気に入らなければやめてしまえばいいと、愛社精神みたいなのは低いです。


実力があれば、転職して活躍しやすいのは日本と欧米ではどちらでしょうね。


日本企業の方は、やや、外様は一定以上は出世しにくくなっているような印象はありますが、どうでしょうか。


生え抜きがより重宝されるというか。


セミリタイアはしたい


その話をした欧米人の方たちは、早期リタイアを目指されていたのは興味深かったです。


頑張って稼ぐだけ稼いで、早くリタイアするということで、セミリタイアではありません。


私の2倍、3倍くらいもらってるのでしょうし、稼ぐ力は違いますね。


まあ、その分、優秀だと思いますし、ストレスを感じながら、死ぬほど働いてきたんだろうな、と思います。


職務を遂行するその姿勢は、プロと呼べるのでしょう。


でも、早くリタイアしたいとか聞くと、親近感が湧きます。



にほんブログ村 サラリーマン日記ブログへ  にほんブログ村 ライフスタイルブログ セミリタイア生活へ

お給料日に考えるセミリタイア志願者


さて、2月のお給料日になりました。


相変わらず、別に支給額に変動はありません。


サラリーマンのいいところであり、面白くないところですね。


よほどのことがない限り、安定して一定のお給料をいただけます。


給料日だからうまいものでも食べようか、くらいは思いますが、慣れてしまうとそもそも給料がありがたいという気持ちは薄れているような気はします。


プロセミリタイア民からのお叱りの声



いや、むしろ、プロセミリタイア民の人からしたら、給料がありがたいという気持ちは社畜特有だと言われてしまうかもしれません。


ありがたいものか、我々は労働力を提供しており、当然の対価、むしろ生活コスト増を反映した給与支給をせよ、という意見すらいただくかもしれません。


それはその通りだと思いますが、実はよく考えると、労働力の対価と生活コスト増というのは全く別個の話です。


無論、通勤のためのコストを従業員が負担しているとか、業務上のユニフォームは従業員負担でその値段が上がっているとかなら、それは給与で補填してくれというのは理解できますが。


労働力は労働力で、価値をよりたくさん作ったから、給料をあげてくれというのが筋なのでしょうね。


生活コストがあがっているから給料をあげろというのはむしろ福利厚生を充実するのに近い話なのでしょうかね。


巷では、大企業さんは基本給をあげる動きになっていますが、さて私の働く会社ではそんな話は聞こえてきませんね。


労働組合は何をしているのでしょうか。


それもまた、日本企業の良いところかな。



にほんブログ村 サラリーマン日記ブログへ  にほんブログ村 ライフスタイルブログ セミリタイア生活へ

騙された経験?




どうも最近、大学生など若い人に向けて、この投資は儲かりますよと勧誘して騙す手口が増えているとネット記事を読みました。

FXや仮想通貨など、手口はさまざまなようですが、不景気かつ、FIREやセミリタイアなどの言葉が市民権を持つ中で、投資や資産形成に興味を持つ若い人が狙われているようです。

まあ正直、こういう手口の詐欺は、時代と共に姿は変えつつ、ずっとあるものだとは思いますけどね。

絶対儲かる投資なんてない、儲け話をタダで教えてくれる人はいない、なんてことは考えれば分かりそうなものですが、絶対儲かると言われて信じたくなる気持ちもわからなくはないです。

何かと不安を煽って、くすぐってくるのでしょうし。

私の経験


実は、私も騙されたまではいきませんか、似たような経験をしたことがあります、というか、現在進行形でしています。

私の場合は知人のビジネスに出資を頼まれたのです。

それなりに気心の知れた友人で信頼していましたし、当時の私はセミリタイアなんて考えておらず、またバリバリ働けると思っていましたので、お金も稼ぎ続けられると思っていました。

その友人と話をする機会があり、事業にかける思いを語られ、出資を頼まれました。

いろいろと事業計画の資料をみせてもらいましたが、私も業務で事業計画の策定に関わった経験もあり、正直そんなにうまくはいかないだろうとは思ってはいました。

ただ、友人がさまざまに出資者を募る中で、ある人にではなくて、どうしても私に出資をして欲しいと頼まれました。

今思えば、そのある人はビジネスマンとして優秀です。

ビジネスの意思決定権を求めたのです。

そして、友人はそれを嫌がったと。

当時の私は、友人が単純にお金がなくて自分のやりたいことができないなんて可哀想と、無邪気な気持ちで出資をしました。

まあ、それなりの金額です。

出資後


そもそも私は友人のビジネスの財務諸表を見せてもらったことはありません。

頼んでも、契約にないからと見せてもらえません。

また、友人は何%出資をして欲しい、ついてはこの金額、ということで依頼をしてきましたが、これも曲者で、蓋を開けてみると、実は私の株の評価額は、ほぼ最初の時点で出資額を下回るようになっていました。

これは正直、私が勉強不足で、お人好しすぎたのです。

私の過失です。

契約書にサインする段階で、細部まで詰めて、議論してから納得してするべきだったのを怠ったのです。

救いは、まだ友人はそのビジネスを実態を持ってやっていることでしょうか。

いや、今となっては、それは救いですらないかもしれませんけど。

ただ、私は信頼していた友人を1名失ったのは事実ですし、高い勉強代は払いました。

その友人がなにを思っているのかは知る由もありませんが、いまだに自発的に連絡の一本もしてこないのは、そういう人柄なのでしょう。

私は人を見る目もないのかもしれません。





にほんブログ村 サラリーマン日記ブログへ  にほんブログ村 ライフスタイルブログ セミリタイア生活へ

神様がいるならセミリタイアさせて欲しい



海外の方に日本人は無宗教の人が多い、あるいは日本人は宗教を学ぶ授業を受けていないというと、びっくりされるという話があります。

感覚は分かりませんが、日本人が欧米の人から、湯船に浸かる習慣はない、というのを聞くの以上に衝撃を受けるようです。

家の中で靴を脱ぐ習慣はない、というのも似ているかもしれません。

タトゥーはファッションだというのもそうかもしれないでしょうね。


印象


で、この日本人と宗教の話について欧米人が驚くという話ですが、これはどうも、欧米人にとっては宗教とは道徳であり、ということは日本人には道徳の観念がないのか、という感覚になるようです。

そして、神をも恐れぬ不届きもの、というように感じるようです。

捻くれた私なんかは、神の名の下に戦争するくらいなら、無神論者の方がいいではないか、と思いもします。

ただ、そのような背景を知ると、欧米の人々が、植民地支配を進める中で、キリスト教を信じていない人たちを野蛮な人々とし、そしてキリスト教の布教を通じて、洗練された人々に変えようとした、ということもしっくり理解できます。

それがいい、悪い、という話ではなく、そういう価値観があるから、当時の行動を正当化したのだなと、分かるということです。

実際には、植民地化された人々にも、その人々なりの神はいて、信じていたと思いますから、余計なお世話でしょうけど。

私は、日本人もいわゆる分かりやすい、神というものを信じてはいなくても、日本人なりの捉え方で神を信じていると思います。

ただ、それをうまく表現できないですけど、無神論者ではないと思っています。

最近は特にカルトと結びついて、宗教って怖い、と思う日本人も多いかもしれませんけどね。


にほんブログ村 サラリーマン日記ブログへ  にほんブログ村 ライフスタイルブログ セミリタイア生活へ

セミリタイア後にどう生きるのか



先日、子どもを連れて近所の公園に行きました。

仕事のことを考えながら、どうしようかなんて頭を働かせながらでした。

小さい公園で、あまり人気もないのか、いつ行ってもあまり人はいないのですが、その日はちょうど、私たちとほぼ同時に、とある青年が公園に駆け込んできて、一目散にブランコの方に行きました。

少し不思議に思っていたのですが、その青年は早速ブランコで遊び始めました。

年齢にして、20代前半くらいでしょうか。

彼はかなりの強さでブランコを漕ぐので、私の子どもはすごいなー、みたいに見ても楽しんでいました。

そうしていると公園に、初老の、年齢にして60歳手前くらいの男性が来て、ベンチに腰掛けました。

青年はただひたすらにブランコを漕いでいます。

その公園には遊具がそもそも少ないのですが、ただ楽しそうにブランコを漕いでいます。

そして、公園にいるのが私たち4人だけの時間がしばらくたったとき、その青年が、「父さん、今何時かわかる?」と尋ねて、初老の男性が答えたのです。


推測


これは完全に推測です。

まず、公園で全力でブランコを漕ぐ20代と思しき青年ですが、恐らくなんらかの知能的障碍があるのではないかと思われます。

だから、父親も保護者として公園に来たのでしょう。

まずは青年について。

本当に楽しそうにブランコを漕ぐのです。

私の子どもが遊具を楽しむのと同じくらい、純粋に楽しんで遊んでいるように見えました。

にこにこして、気のいい青年でもあります。

楽しむという店では、私からしたら大変うらやましく、自分がそこまで楽しむことを、今できているだろうか、今を楽しむという意味で、青年と私、どちらがより実現できているだろうか、と考えさせられました。

次に父親について。

彼の苦労や心配はいかほどだろうかと思いました。

私や子どもを含めた家族に、いつなにが起きるかは分かりませんが、少なくとも今は健康に過ごせています。

ただ、私の子どもも将来、障碍ありと判定されるかもしれません。

今はそう判定されていませんが、それでも子どもの将来は心配です。

ましてや、障碍があるとなればどうでしょうか。

その父親は青年を見守れる限り、見守ろうとしています。

青年と父親が、幸せなのかそうでないのか、本当のところは私には分かりません。

自分に置き換えて考えると、心配事や苦労の方が大きいのではないかと思います。

ただ、私から見ると彼らは確かに力強く生きています。

赤の他人ですので、無責任なことは言えませんし、自分がどちらかの立場になりたいかと言われると、なりたくはないと答えます。

ただ、人生を過ごしていく、あるいはセミリタイアをする上で、どんなに準備をしているつもりでも、人生がどうなるかはわかりません。

いろいろと考えさせられる場面でした。


にほんブログ村 サラリーマン日記ブログへ  にほんブログ村 ライフスタイルブログ セミリタイア生活へ

品性は大切にしたいセミリタイア志願者


私が10代になるかならないかの頃、幽遊白書という漫画が流行りました。

初期の強キャラに、戸愚呂兄弟というのがいて、トーナメント戦の最終決戦で、主人公の幽助と戸愚呂弟が戦います。

その直前に戸愚呂兄が戦っていて、彼は負けるわけですが、幽助と戸愚呂弟が戦う前に、幽助やその仲間を煽るようなことを言うわけです。

そして、自在に体を変形できる戸愚呂兄は、戸愚呂弟に対して、自分が武具にでも防具にでもなるぞ、なにがいい、みたいなことを言います。

そうそう、確かに初登場時は、戸愚呂兄は戸愚呂弟の武具や防具として活躍していました。

しかし、またそれで戦ったら2対1みたいになるから卑怯じゃないかとの全国の読者の想いとは裏腹に、戸愚呂弟は戸愚呂兄に、どけ、と一喝して、空高く蹴り上げます。

武道のために共に悪魔に魂を売った兄に対して何をするみたいなことを言いながら落ちてくる戸愚呂兄をクリーンヒットで殴りながら、戸愚呂弟は、確かこう言います。


俺は品性まで売った覚えはない


子どもの頃は、ふーん、てな感じで捉えていましたが、大人になると、このセリフはずしりときます。

いや、私も別に人様に対して誇れるような人生を歩んではいませんが、品性、というのは確かに大切です。

公私混同もそうでしょうし、ポイ捨て、軽犯罪、パワハラ、セクハラ、などなど、品性がないと思える行動をしてしまっている人は世の中には多いと思います。

私もそういう意味では、たたけばホコリがでてきます。

なんだかんだ理由をつけて、グレーな行動をしてしまったこともあります。

心まで貧しくなってはいけない。

今日、ホームレスの人がポイ捨てをしているのを見て、そんなのを見たら、助けたいって思われないよ、と思うと同時に、戸愚呂弟の言葉を思い出しました。

どんなピンチの時も、品性のない人なら、差し伸べられる手は少ないのではないでしょうか。


にほんブログ村 サラリーマン日記ブログへ  にほんブログ村 ライフスタイルブログ セミリタイア生活へ