健康寿命とセミリタイア




ネットのとある記事からの情報ですが、健康上の問題で日常生活が制約されることなく過ごせる「健康寿命」は男女ともに延び続けている。男性平均は70.42歳(2010年)から72.68歳(2019年)、女性平均は同期間に73.62歳から75.38歳になった、ようです。


折り返し地点、すぎてる


改めて見ると、人生の折り返し地点をとっくに過ぎていることに気付かされます。

寿命という点ではまだ折り返し地点ではないかもしれない、でも、健康寿命という点では、後半戦は始まっています。

むしろ、前半に酷使された頭と体があることを考えると、出せるパワーは前半と同じというわけにはいきません。

50代くらいになって、驚くほどグッと老けてしまう人は、前半にオーバーワークをしてしまったからかもしれません。

勝手な想像ですけど。

若い時には時間は無限にあると思っていましたが、そうですね、我々は1秒1秒、終末に向かっているのです。

私は両親が比較的年齢を重ねてからの子どもですが、両親はそうやって元気が衰えていく中で私を必死に育ててくれたのでしょうね。

改めて思うとありがたいことです。

息子として立派に育っているのか、誇れるのか、尋ねてみたいところでもあります。

随分と迷惑をかけたような気はしますが。

さて、ますます、1日1日を大切にして生きていきたいなと思いました。

セミリタイアをして、精神的なストレスを緩和するのも大切ですが、そればかりに気を取られて、今を生きることを楽しめないというのもイマイチですから。

子どもと過ごす時間、自分の趣味の時間、自分が幸せに感じられる時間が少しでも多くなるように心がけたいものです。


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親ガチャを考える



昨日に引き続き、親ガチャの話です。

要は、子は親を選べない反面、親次第で子の運命が決まってしまう、という話です。

確かに、親の経済力や子育てへの関心、考え方などは確実に子どもの人生に影響するでしょう。

そういう意味では、親ガチャって言い得て妙だなと思いますし、私は間違いなく当たった方でしょうね。

人生の成功を何を持ってそう定義するのかは知りませんが、人生は後になる方が逆転は難しくなるとは思います。

特に、学歴というもので進路の幅がある程度決まってしまう社会において、ああもっと勉強していい大学に入っておけばよかったって大人になってから思うこともあるのでしょう。


世間の受け止め


面白いなと思うのは、私が20代くらいのときは、いい大学に行けば幸せな人生を送れるなんてもはや幻想だ、みたいな論調があったんですよね。

今必死に勉強して、いい大学に入ったらいい会社に入れて、そうしたら幸せな人生が送れる。

そんなことはないですよ、会社は潰れるかもしれないし、リストラされるかもしれないし、いい大学に入る意味ってなんですか?みたいな論調は確かにありました。

いい大学に行っていい会社に入れば幸せだなんて常識を疑え、ってな風潮は確実にありました。

10年くらい前には、著名YouTuberが、好きなことをして生きていく、みたいなことを言う広告が流れていたこともありました。

世間においてはそれらの価値観が確かにあって、それも正しいかもしれない、とされていたのも間違いありません。

で、今となっても何が正しいかはよくわかりません。

ただ確かなのは、それなりの学歴があった方が、世間に名の知れた会社には入りやすいのはこの20年くらいは変わっていないということです。

親がもっとこうしてくれていたらよかったのに、と文句を言う人はいますが、そういう判断も含めて親ガチャと言われたらそうかもしれませんが、それって本当に誰もわからない世界ですから、完全に親のせいでもないよなと思うんですよね。

虐待されていたとか、機会すら与えられなかったというなら、親のせいだとは思いますが。

そんなことを言えるのは、私が親ガチャに当たったからだ、という批判はあるでしょうし、それはそうかもしれませんけどね。


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親ガチャを考えるセミリタイア志願者



親ガチャって言葉がありますね。

私も一時期、ブラウザゲームをやっていた時期がありますので、ガチャはイメージつきます。

ブラウザゲームもただのゲームですが、なんかネット上でのつながりも心地よくて、結局10年くらい続けていました。

20万円くらいは注ぎ込んだかも。

以前は、お金かけなくても時間をかけていれば対人戦でも勝てたのですが、だんだんお金をかけないと手も足も出なくなってきたのと、単純に飽きたのもあって、今ではすっぱりとやめました。

逆によく、10年もあんな単調なゲームをしていたなあと感心します。

でも、なんだか楽しかったんですよね。

遅い時は深夜2時くらいまで遊んでいました。

翌日も会社あるのに。

よく体力持ったなと思います。


時間の使い方


いい暇つぶしにはなりましたが、よく考えると、時間の無駄でもあったかもしれません。

土日もパソコンの前で張り付いて、みたいな週末を何度も過ごしたような気がします。

あの時間をもっと有意義に使えなかったかと、今思えば使えたと思いますが、当時はそれが有意義な時間だったのです。

ある種、お金のかからない趣味だったとも言えます。

今でも、電車の通勤通学時間帯に、スマホでぽちぽちゲームやっている人、いますよね?

やらない人から見たら無駄に見えるかもしれませんが、人生における息抜きや楽しみになっているなら、他人に迷惑をかけていないのであればとやかく言うことでもないでしょう。

例えば私は、大人でメダルゲームにハマっている人とかも理解はできませんよ。

メダル増やしても、資産は増えないよね?って思います。

パチンコやスロット、競馬もやりませんし、面白さもよくわかりません。

でも、本人が楽しんでいるならいいんでしょう。

それで他人に迷惑かけたら絶対ダメですけどね!


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お金との付き合いを考えるセミリタイア志願者




お金に関する教育を自分の子どもにどうすればいいか、たまに悩みます。

お金に困る人生であって欲しくなくて、そのためになにをどのように教えたらいいのだろうか、と考えるのです。

ふと記憶を辿っても、私が親からお金に関して何か教育を受けたかと言ってもあまり思い出せません。

思い出すのは、プロ野球選手の契約更改を見たあとで、ふと1億円あったら楽な暮らしできる?と尋ねたら、父親からアホほど怒られたことです。

この世間知らずが!というトーンで、思い切り怒られました。

私自身は確か、色々な職業の平均年収みたいなのを本か何かで以前に読んでいて、その延長線上でふと尋ねただけなのですが、めちゃくちゃ怒られました。

父親がいくらの年収か知っているのか!って尋ねられたので、それはこれくらいでしょう、と答えたら父親は黙りました。

多分、いい線いっていたのでしょう。

私の場合は、お小遣いもあまりもらっていませんでしたし、お年玉も即回収のシステムでした。

私の希望通りになにかを買ってもらえたのも小学生の誕生日とクリスマスくらいだった気がします。

お金の無駄遣いは良くないとは思っていましたが、だからと言ってそれがなぜかを誰かから学んだというのはあまり記憶にありません。

大学生時代


セミリタイアを志す前から、貯蓄はしていましたが、自分の貯蓄という意味では大学生になって、アルバイトを始めてからです。

貯蓄用口座を開いて、そこにお金を毎月移し変えて、お金が溜まっていくのが楽しかったのです。

何かに使いたいからお金を稼いでいるのではなく、お金を貯めたくて稼いでいる、みたいな状況が2年ほど続きました。

ちょうど、デイトレードブームみたいなのもあって、みずほ証券かなにかのご発注で何億円も儲けた個人がいた、とかも近しい時期だったと思いまして、株式投資入門みたいな本も何冊か読みました。

また、大学のある授業で、就職した企業が上場して、その企業の株を買っていた社員が億り人になった、という話をゲストスピーカーの方から聞いて、そんなお金持ちのなり方があるのか、と驚いたのを覚えています。

お金持ちになりたかった?


こういう振り返りをしてみて考えると、私は、お金持ちになりたかったのかもしれません。

あるいは、お金が貯まることそのものに幸福感を感じているか。

一方で、物欲があまりないのはただの性格でしょうか。

結果、流行にも疎い、というのはありますが。

ただ、私も節約、節約ばかりでは決してありません。

お金が貯まっている安心感から、ここは時間をお金で買おう、この経験はお金を払ってでもしよう、と思い切るときがあります。

お金が貯まっているからできるのだと思いますし、そういう判断をしてよかったと思える経験があるので、そうします。

これは社会人になってから身についた習慣で、そういう意味では、生きながらお金との付き合い方を学ぶしかないのでしょうか。





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30歳は仕事の具体化ができない?




日本企業の中に、負荷はないが成長もない、ゆるい職場が増えた結果として、仕事に関して理想論やあるべき論は語れるが、然るべき業務経験を積んでいないためか、発言にリアリティがなく具体的な企画に落とし込めない30歳が増えているという記事を読みました。

 

実際に増えているのか、増えていないのかは知りませんが、もし増えているのだとしても、別に今の40歳や50歳ならそれがどこまで具体的にできるのか、というのも謎ですけれどもね。

 

いや、単調な作業や毎月や毎年発生するような業務であれば、確かに経験さえ詰めば対応できるようになりますし、場数を踏んでいるか踏んでいないかというのが大切だというのもよくわかるのですが、新しい業務になったら、40歳になろうが50歳になろうが、分からないものは分からないんですよね。

 

そんな中でもしも一日の長があるとしたら、分からないことを誰に尋ねれば、分かりそうかどうかの勘所がある、ということでしょうか。

 

要は、具体的にする際には、具体的にすることが得意な人に尋ねて、助けてもらうしかないじゃない、という思考回路があって、その上で、その得意そうな人を知っている、というだけです。

 

しかしながら


むしろ、もしも記事にあるように、30歳にして仕事に関しての理想論やあるべき論が語れるのであれば、実はそれってものすごいことだと思うんですよね。

 

それこそがリーダーの視点でしょうし、時に管理職の視点だと思うわけです。

 

以前にやったのと同じようにやればいいや、というのが私のような、具体的には進められるけれども、ビジョンはない人間の思考です。

 

確かに、30歳という比較的若手が、理想やあるべき論を語っていると、「じゃあ、それを実現するために君は具体的に何をするの?」というのは問わなければならないでしょうし、答えも持っておかないといけないことだと思います。

 

そういう意味では、理想だけを語って現場のことは何にも分かっていないんだから、とうんざりしたり、あきれたり、するというのも確かにわかります。

 

「しかし具体的にはここまでしかできないので」とか、「ここまで実現するのは難しいので」とか、「こうすればできると思っている」いう考えを持っていれば、最高だと思います。

 

でも、一歩引いて考えなければならないのは、では理想やあるべき論を持たずに、具体的に実現可能なことしか考えない人に関して、それはそれでいいのかどうか、です。


それもよくはない、ですよね?

 

でも、結構そういう人、管理職の中にも多いですよ?

 

私は、そういう人は必要だと思いますし、だからこそ私もやる仕事があるわけです。

 

ですので、まったくダメだということではないと思います。

 

ただ、そこから新しいものは生まれないですよね。

 

改善はできても、革新はないです。

 

で、たまに思うのです。

 

理想論やあるべき論を語る人の意見は確かに、耳障りですし、きれいごと言うなと思いますし、面倒くさいとも思いますし、とにかく別に聞きたくはないのですけれども、時に本質をとらえていて、はっとすることもあるのです。

 

30歳に限らず、理想論やあるべき論は語るけど、リアリティがない、というのも確かによくはないと思うのですが、具体化はできるけど理想論やあるべき論がない、というのもまたよくないのではないでしょうか?

 

特に、仕事で出世したいぞーと思うようなビジネスパーソンにとっては。

 

私は、セミリタイアの理想論を個人的に掲げて、日々頑張っております。



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ジョブ型雇用を考えるセミリタイア志願者




終身雇用、年功序列を前提とした雇用体系が日本の高度経済成長を生んだという分析がなされたことがあります。

私個人的には少し納得していない分析ではあるのですが、日本経済が低迷してくると、いやそういう特徴がダメなのではないか、ジョブ型雇用への変化が必要ではないか、という議論も日本では行なわれています。

でまあ、ジョブ型雇用を取り入れようとする日本企業も現れてきます。

私が勤める会社でもそういう動きがあるのだろうなと感じることがあります。

安寧と働いているだけではダメですよ、というメッセージでもあり、一方ではバブル期前後に就職した世代が多すぎて、役職のポストがない、あるいは役職につける能力はないが給料は高い人がいる、というのを解消する1つの手立てでもあるのでしょう。

評価手法の問題


もしも仮にジョブ型雇用に近づいたとして、それをどう評価するのかが大切な気がします。

公正な基準を設けられるのか、その基準でちゃんと評価できるのか、プロセスの評価はどうするのか、などなど、一筋縄ではいかなさそうだなと思います。

既存の人事評価でも、「頑張ってくれているのは分かるけど、相対評価だし、同じ資格に年齢が上の人がたくさんいるから、なっ?」みたいなこと、普通に言われますからね。

私はあまり興味ないですので、そうですよね〜って済ませますが、中にはそれが許せない、って上司や人事部に噛み付く人もいますから。

まあ、それが正しいのだと思いますし、そうしない私がおかしいのでしょうが。

人事部は人事部で、そういうのはダメですよ、と通達をしてきますが、そもそも会社としての暗黙の了解としてそういうことをやってきているのも明らかです。

以前ならそれでも、自分も年齢を重ねれば、と思えたかもしれませんが、今はそれも分からない時代ですから、文句を言う人も増えているかもしれません。

そんな中でジョブ型の人事評価に変えるとしたら、評価される側の意識だけではなく、評価する側のスキルと意識をぐっと変えないと、かなり難しそうだなと思います。

まあ、ジョブ型の場合、この仕事はいくらの仕事ですよ、と決めて、その仕事がなくなりましたと言って、場合によってはバッサリ首を切ることもできますから、ある意味、管理する側は楽と言えば楽なのかもしれませんけどね。

いや、でも苦労しそうですね。



異次元の少子化対策



異次元の少子化対策の具体案の一つに、児童手当の対象から所得制限をなくす、という案もあります。

 

財源は必要になりますので、どこからその財源を引っ張ってくるのか、というのが大きな論点にもなりそうですが、とある分析記事で、所得何千万円の人にも児童手当を配ることを国民は納得できるのか、という分析コメントが書かれておりました。


さて


納得できるかどうかわかりませんし、当然ながら納得できない人もいるとは思います。

 

しかし、高所得の人はその分の税金も取られているはずです。

 

累進課税によって、所得が高くなるほどより税金負担率は増えていきます。

 

で、その人が、なぜ自分たちからより多くの税金がとられているのか、納得できないと言い出した場合、高所得の人たちが児童手当をもらうのは納得できない、とする人たちは、どのように説得できる理由を述べられるのでしょうか?

 

それは政府が決めたルールであると言ってしまえば、なら児童手当の所得制限をなくすのも単なる政府のルールであるはずです。

 

もちろん、中には代々の資産家として、特に苦労もせずに高い所得を得られている人もいるでしょう。

 

一方で、大変な思いをして働くことで高い所得を得ている人もいるはずです。

 

日本のために税金はたくさん納めているのにその恩恵は少ないことをよしとするのかどうか、難しい問題ではありますが、ぱっと考えると確かにそれはそれでおかしいよなという気もします。

 

むしろ、そういう高所得の方の中には、高学歴の方も多いでしょうし、そういう方に多くの子どもを持っていただくことの方が、日本の将来にとってはいいことかもしれません。

 

そういう人たちは、子どもの教育の大切さをより理解している人が多いと思いますし、教育にも力を注ぎ、結果としてその子どもたちは将来の日本を支えてくれるかもしれません。

 

何が正しいのか、というのは誰の視点に立つかで全く異なると思いますが、答えを探しながら、間違っていれば修正して、やっていくしかないですよね。

 


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世間を騒がせている騒動3



さて、おととい、昨日に引き続きです。

 

SNS時代だからなのか、そうでなくてもそうだったのかは私に勘所はありませんが、こういう騒動が起きると、どこからともなくその犯人を特定する、探偵のような人が出てきます。

 

そのやっていることがいいのか悪いのか、というのは置いておいて、単純にすごい能力だなと思います。

 

氏名や通っている学校まで割り出せるのですからね。

 

警察の捜査でも使用されているようなノウハウのような、何か持っているのでしょうか。

 

で、そうやって割り出された犯人を批判したい人が、その情報を拡散していくわけです。

 

やったことがやったことであると考えると、そうされる犯人の人はかわいそう、というようにも単純には思えないというか、それだけのことをやってしまったんだよ、ということでもあるのかなと思います。

 

本人は本当に軽い気持ちだったのかもしれませんが、それはそれで、他人にそれがどう受け止められるのかというのは別問題です。

 

そういう場合に、赤の他人が個人の連絡先にまで直接に批判のコメントをする、などというのは正直少しかわいそうだなと思いますが、それがSNS時代の一つの特徴でもあるのでしょう。


ただし

 

もちろん、いわゆる叱る、というコメントであればまだいいと思うのですが、中にはかなりきつい言葉を使う人もいるでしょうし、それはそれでどうなんだろうと思います。

 

正義の名の下に、悪いことをした子ども殴って躾をする、というよりも厳しいことをやっているのではないかなと思うこともあります。

 

もっとよく分からないのは、その犯人の学校や職場などにも連絡をする人の存在です。

 

それって、その学校や職場の責任ですかね?そこに連絡して、連絡された側はどうしたらいいのでしょう?と単純に思います。

 

学校や職場がその犯人の行動を推奨していたり、称賛していたり、というのであればまた違うでしょうが、そういうケースはレア中のレアでしょう。

 

お宅はどう考えているんですか!なんて言って、どうしたいのかな?と思います。

 

そういう正義感はちょっと違うのではないだろうか、と思います。

 

相手のあることですし、そこはもう少しみんなで寛容になりませんか?と感じます。



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世間を騒がせている騒動2


昨日に引き続き、昨今世間を騒がせている話題です。

 

昨日はお客側から行なわれた不適切行動についてでしたが、一方で、働き手側から不適切行動が行なわれた事例もいくつもあります。

 

私も飲食店でアルバイトをした経験がありますが、言ってもアルバイトで、他人が食べるものですので、衛生観念などは怪しいなと思う場面は何回も見たことがあります。

 

それらはSNSで拡散をされたわけではありませんので、表には出てきませんが、見る人によっては不快に感じることもあったことと思います。

 

もちろん私は、全ての飲食店のすべてを見たわけではありませんので、軽率な判断はできませんが、特にアルバイトが多いお店では、大なり小なり、そのような事象は起きているのではないかと思っています。

 

ぱっと思うだけでも、食器洗い機にどのように食器を入れて、それがどのように取り出されて、器として食事が提供されているか、などは、たいていのチェーン店では、すべての機会ではないでしょうが、見る人によっては食欲をなくすようなプロセスになっている機会もあると思います。

 

休憩に入ったすべてのアルバイトの人が、ちゃんと手を洗って、シフトに復帰しているかどうかなんて、確認のしようもありません。

 

そのアルバイトの人は休憩中に携帯を触ったり、タバコを吸ったりしている場合もありますよね。

 

それらのすべてのことを気にしていると、外食なんて本当にできないのではないか、と個人的に思います。

 

だからあきらめろ、文句を言うなというつもりは毛頭ないですけれど、そもそもSNSで拡散されていないからこのお店の衛生面も安全面もばっちり、というわけでもなく、そこもやはり性善説でお客側がとらえているということでしょうね。

 

信頼関係、ともいえるかもしれません。

 

なので、その信頼関係を損なう行動をしてしまうことは大きな問題なのでしょう。

 

 


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世間を騒がせている騒動について



外食チェーン店での迷惑動画の拡散や、それを受けた外食チェーン側の民事や刑事での対応などが、最近ニュースを賑わせています。

これだけポロポロでてくるということは、表にはでてきていなかっただけで、背後には多くの似たような事案がこれまでもあったのでしょう。


最近の回転寿司


最近の回転寿司は、省力化、効率化の強化のために、フロアに従業員がいないところもあります。

中には、職人さんを囲うように回転寿司のレーンが回っているところもありますが、比較的小さいスケールのお店が多い印象です。

多くのチェーン店では、寿司を握る修行をしたことのない人が裏でなんらかの形で、寿司を握るというか、成形していると想像しますので、比較的小さいスケールのお店のような職人の配置にはなっていないのでしょう。

また、そういうチェーン店では、注文もタッチパネル式になっているので、フロアを周って注文を取るというような働き手もほぼ必要なく、片付けやレジ、後は本当に対面で対応が必要な場面以外は、お客様への気配りも最小限でいいのでしょう。

私はそれを別に、企業が収益力強化の努力をしたせいで、安全面や衛生面のリスクを高めてしまった、と言おうと思っているのではありません。

企業側は性善説にたって、そんなことをする人はいないだろう、と考えていたのが、実はよりモラルの低い人がいた、ということなのでしょう。

確かに、やろうと思えば、感染症を撒き散らしたり、フードテロをやることも可能である、ということが明らかになってしまったわけです。


企業も対応が必要


対象企業側の株価に影響もでていますし、動画には上がっていないからとうちは大丈夫ですとも言えないでしょうから、類似企業も影響を受けるでしょう。

客足が遠のくこともあるでしょうし、企業側はなんらかの対策とそのコスト負担が必要になります。

手軽に食べられた回転寿司が値上がりするかもしれません。

私も回転寿司、好きだったのですが。。


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