管理職にしたらダメな人



 

 

「管理職にしたら絶対マズい人」を見抜く“シンプルな方法”という面白いネット記事を読みました。

 

特に面白いと感じた点ですが、部下は管理職やリーダーの良いところではなくて、悪いところに合わせるという話が書かれていまして、リーダーを選ぶ際にはその人の強みの強度で選ぶのではなくて、一番悪いところがどれだけましかを見極めるということが述べられていました。

 

リーダーと管理職がごちゃ混ぜになっているという話は一つ違和感を感じたところではあるのですが、恐らく管理職=リーダーとしてとらえているのだろうという前提で読んでいました。




不適切項目



 

そして、以下のポイントの一つでも当てはまったら、リーダーとしては不適切だということで述べられていました。

 

  1. すぐにあきらめる
  2. できない言い訳をする
  3. 危機感がない
  4. 成果が出ない理由を外部要因にする
  5. やるべきことを「自分がやらなくていい理由」を見つけてやらない
  6. ミスをしても謝らない
  7. ミスをしても、バレないようにごまかす
  8. 人が見ていないところでサボる
  9. うそをついてごまかす
  10. トラブルから逃げる

 

まあ読んでいまして、あてはまるやつがあるなあ、私は管理職になってはいけないのだな、と思いながら読んでいました。

 

なんとなく、強弱ありつつ、複数当てはまるなと思っていましたが、特に当てはまるなと思ったのは、できない言い訳をする、成果が出ない理由を外部要因にする、人が見ていないところでサボる、ですね。

 

特に前2つは、公式の報告の際には避けますが、例えば自分の部署のトップの人とキャッチアップMTGをする場合などに、巧妙に、自分はここまでやろうとしているんですけれどもね、担当部署の動きがいまいちでね、という報告をすることがあります。

 

そこに、できれば組織のトップ同士で話てプレッシャーをかけてくれませんかね、なんなら打ち合わせを設定しましょうか、というお願いをセットでしますので、そういう意味でいいのか悪いのかは分かりませんが、少なくとも他人に責任をかぶせる形の言い訳はします。

 

というか、自分でできる範囲の事であればやりますが、他の組織のことに口出ししに行くというのは正直なかなか難しくて、私が口出しをして意見をいったん聞いてくれても、従う必要は他の組織にはないわけですから、それはそれね、という対応をされることは実際にあります。

 

そういう対応をされるからと、じゃあ自分のところでその仕事は全部引き受けます、ということもできないので、任せるしかない仕事もたくさんあるというのが正直なところです。

 

というように、とりあえずこれって正当な理由ですよね、仕方がないですよね、ということを醸し出しつつ、それを言い訳材料にする、ということを私は確実にやっています。

 

このネット記事の内容に沿うのであれば、私はリーダーとしては不適格、ということですね。

 

できない理由を探すのではなく、どうすればできるのかを考える、みたいな標語を聞いたことがありますが、そういう態度で臨みなさいよということなのでしょうかね。




無能には見られたくないけど


 


もちろん、できていないことに対して誰かからプレッシャーを受けるのは非常に嫌なのですけれども、そういうプレッシャーで体を壊すのも嫌ですし、そこまで仕事に人生をかけたいとは思えないということでセミリタイアをしたいと思っているというのが私の現状ですので、当然に任された以上は責任を持って仕事に臨みたいと思っておりますが、必要以上に仕事を重荷にも感じたくない、という考えが根本にあります。

 

そういう態度で臨もうとしていても、プレッシャーがあればそこに対して何らかの回答が必要だなとか、対応しないとな、というようには思いますし、そんなのどうでもいいよ、という態度にまではなれないというのは生まれ持った気質なのでしょう。

 

逆に、そういう態度で振る舞える人の話を聞くと、ちょっとうらやましく感じます。

 

まあ、そういう態度で人生を過ごしていたら、もしかしたら私の人生の幸福度は落ちていたかもしれませんので、他人の目を気にする、責任感を持つ、というのも決して悪いことではないとは思っていますが、それに押しつぶされそうになるのは避けたい、のが本音です。

 

ちなみに、人が見ていないとことでサボる、というのは間違いなくそうしている、と断言できてしまうのが悲しいくらい、断言できます。

 

忙しく働かなくていいならば働かないです。

 

自分がやらないといけない仕事がなさすぎるとちょっと焦る、というのも確かにありますが、働かなくてもいいのであれば働かない、というのは真実だなと思います。

 

残念ながら自分はあてはまってるなあ、と思いながら読んだネット記事の紹介でした。

 

 

 

 


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ストレスから逃げたい

 





基本的にストレスフリーな生き方をしたいと思っておりまして、だからセミリタイアを頭に入れながら日々過ごしています。


ストレスというのは主には仕事上でのプレッシャーで、特に仕事でうまく行っていないことを責められたり、詰められたり、人間関係で振り回されたりのことで、なるべくそれを避けたいわけです。


それらのストレスが行き過ぎると、朝起きれない、休日も憂鬱、全て投げ出したくなる、精神的に追い込まれるなど、明らかに自分が不調であると感じる時間が続きます。


会社員人生において、そんな、ストレス過多になる時期というのは定期的にやってきているように思います。


振り返って幸せなのは、ストレス過多の時期とそうでない時期は、まるで波のように来たり、遠くに行ったりしていて、ストレスしか感じない時期しかない、というわけではないということでしょうか。




それでも逃げたい




しかしそれでも、ストレス過多の時期は本当に辛くて、嫌だな、逃げ出したいな、と強く思っています。


後から振り返って、そうは言ってもそんな時期があったからこそ、今があるんだななんて思うことがないわけではありません。


しかし、それはあくまでも後からついてくる話であって、ストレス過多の時期には、今を乗り越えれば、なんて風には全く感じませんし、早く終わってくれ、今すぐに逃げたいと強く思います。


しかし、逃げたい自分がいる一方で、逃げたら生活どうしようかと冷静な自分がいます。


究極的に言えば、なんとかなる気はしますが、気がしているだけかもしれず、なんの根拠もありません。


そしてそのなんとかなるか、ならないかは経済的なこと、生きていくのにお金に困らないか、ということに集約されます。


セミリタイアをするということは、その経済的なことに目処がついた、ということだと思います。


私にとって、その経済的な目処がついたということは、いつでも逃げられる状況を確保したということに他なりません。


そして、その状況の確保が、私にとっては過度なストレスを緩和する薬になるのではないかと思っています。





逃げ道を持つこと




別に今でも私はいくつも人生の選択肢を持っていますが、持っていることと使う勇気があるかどうかは別問題です。


しかし、さまざまな選択肢をもっているだけではなく、自分は使えるんだという気持ちの余裕があれば、その余裕によって、同じストレスでも感じ方が違ってくるのではないかと思っていますし、さらに言えばストレス耐性が上がるということがあるのではないかと考えます。


セミリタイアを志向する私も、働くのが楽しいのであればそれに越したことはないと思っていまして、働くこと自体が大嫌いというわけではないと自覚しています。


中には、働くこと自体が嫌いで耐えられないからセミリタイアしたい、という人もいると思いますが、私はそうではなく、あくまでも、その働く過程において感じることがある過度のストレスが嫌なのだろうと思います。


人生を過ごす上での経済的な目処がついていれば、無理に過度のストレスに耐え続ける必要性が低下しますし、そういう心持ちがあればそもそものストレス要因に対する態度も変わるのではないか、と思います。


どうせなら自分のやりたいことをする人生がいいですが、あらゆるリスクを許容して自分のやりたいことだけに挑戦するような根性も覚悟もありません。


そんな私が、少しでもストレスフリーな人生を送るには、いつでもセミリタイアができる環境を早く整えることが大切だと思っています。


またまだその環境には道険しですがね。


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人事制度の変更について




 
 
人事制度が変更されるかもという内容を以前のブログで書きましたが、なんとなくその全容が見えてきました。
 
日本の人口ピラミッドと似ていて、会社の従業員年齢ピラミッドの平均年齢が上がっていく中で、実力主義も取り入れながら若手の積極登用路線を取りたいというのが会社の思惑のようです。




年功序列からの緩やかな脱却


 


中堅層やシニア層を冷遇しますというような言い方は当然になくて、その層のこともしっかりと考えていますよというのが会社側の説明でしたが、恐らく、そのようなことを会社が説明する以上は、若手の管理職の割合を何%にするというような目標を持つはずですから、そのあおりを食う中堅層は今後出てくるだろうなとは予想できます。
 
従来であれば、年功序列の考えがやはり強い中で、同じような成果を出していれば若手よりも中堅層を優先して管理職にしてあげようという思惑はやはりあったのではないかと思っています。
 
そのような説明をすること自体は良くないことなのかもしれませんが、そのような事情があるから分かってほしいということを、遠回しに説明を受けた経験は私もありますし、他の人もあると思います。
 
私の周りでは、それはおかしいということを声高に言う人もいますし、そう主張することは間違っていないと思っています。
 
私としても、その説明自体は完全に納得できる説明になっていないと思いますが、ただし、筋は通っていないかもしれないけれども、受け入れることにそこまで抵抗もありません。
 
というのは、恐らく、そのような事情で今回評価されることになった方が若かりし頃に、同じようなことでその方自身が別の中堅層の方のために劣後された経験があるだろうと思うからというのが一つ。
 
また、もしかしたら自分もその恩恵を受けてきたのかもしれない、今後受けるかもしれないと想像するからです。
 
はっきりいって、欧米企業ではなかなかあり得ない、日本企業らしい対応だなとは思いますし、実力主義を掲げるのであれば全く持っておかしな話だと思うのですが、そのような対応自体、悪いことであると断罪することもまた唯一の正解ではないのではないかと思います。
 
よく、仕事で頑張っているからと評価をするのはあまりよくない、仕事の評価はやはり成果をどれだけ挙げたかだ、ということが言われますし、それは正しいと思いますが、その一方で、長らく組織に貢献してくれた人に花を持たせるというのも必ずしも悪くないのではないかとも思います。
 
この場合、花を持たせてもらう人もある一瞬だけ成果を出した、ということではなく、ある程度継続して成果を挙げてきて、それでもなかなか報われなかったのが、今回はせめてという感じであることが多いのではないかと思います。
 
ですので、ただ長く会社にいるからというだけで多くの給料がもらえているのはおかしいとか、勤続年数で評価されるのはおかしいというのはよくわかりますし、おかしな場合もありますが、それでもそのすべてがおかしいとも言い切れないとも思っています。




何を正解とするか次第


 


これらは、何を正しいとするのかの話であると思っていて、利益を生み出すことが一番正しいとするのであれば、その正しさに準じた評価をするというのが良いのでしょう。
 
いやいや、利益は確かに大事だが、他の要素もまた大事であろうというのであれば、それも大切にした評価になるという、基準の問題なのではないかと思います。
 
そんな中で、温情人事があったとしてもそれが過度なものでなければ、ある程度は受け入れてもいいじゃないかと考えています。
 
ただ、本当に実力主義になれば成果を追い求める形に組織は変わるでしょうから、もしかしたら中堅層の中には、これまでは年功序列の空気の中で我慢を強いられ、これからは実力主義の空気の中で戦わざるを得ないという、ちょっと損する形になってしまうかもな、というように思います。
 
実力主義が悪いわけではありませんし、過渡期には完全に損をする人は出てきてしまうのも確かだと思います。
 
まあ、私がまさにその中堅層にあてはまっているわけですが、私の場合は、よほど理不尽にひどい評価をされない限りは、人事評価はあまり気にしないというタイプですし、今までの評価でも我慢をすることはあれ損はしてきていないのではないかと思っています。
 
成果だけで評価されている欧米企業では、成果が第一になりますので、一番成果が上がることのみをやろうとしますし、結果として効率が良くなることは確かにあっても、成果にはつながらなさそうなアイデアの芽は大きな企業では生まれにくいなんてこともあり得ます。
 
あるいは、日本企業よりも上司に従うことが大切に考えられていますから、上司に気に入られなければ明日には自分の場所がなくなるなんてこともあり得ます。
 
今では日本企業でも早期退職者募集や肩たたきということが行なわれていますが、終身雇用を前提としているからこそ、生活の安定という安心感があって、だから会社に貢献しようかと思うこともあるでしょうし、ちょっと新しいことをやってみようかとも考える余地が生まれるのではないかと思います。
 
実力主義、成果主義の良さもよくわかりますが、その危うさも同時にある気はしますので、はてさて、何がどこまで実現に向かうのか、これからも何かあれば会社から説明があるのだろうなと思っています。
 
まあ、若い層からしたらチャンスであることは間違いないので、この制度の変更をプラスに変えられる人には頑張ってほしいですね。
 

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騙される人



 

 

お金があっても幸せになれるわけではありませんが、お金の浪費は人生を狂わせます。

 

アイドルの推し活といったのも最近耳にする機会がありますが、すごく簡単に言えば、キャバ嬢に貢ぐ、ホストに貢ぐ、というのと似たような構造ですね。

 

すごく極端に言えば、自分がファンのスポーツチームのグッズを購入したり、試合の観戦チケットを買ったりというのも似たような構造なのでしょう。 




他人が何しようが勝手だが

 




構造は似ているとはいえ、別にキャバ嬢に入れ込もうが、ホストに入れ込もうが、それは個人の勝手でしょ、というのが正解で、周りに迷惑をかけないのであればそれ自体が批判される筋合いはありません。

 

ただ、そうやってお金を浪費していく中で、会社から横領したり、誰かからだまし取ったり、ということまでしていまうと、それは良くないことなのです。

 

ホストに貢ぐためにお金が必要なので、夜の仕事に身を投じるという女性もいるのでしょう。

 

そうやってお金を稼ぐことで、ひいては自分の幸せにつながるのであればそういう生き方もあるでしょうし、逆に世の中の男性はそういう女性にお世話になっている部分もあるわけで、ただの需要と供給の話なんだと言われれば反論も難しいです。

 

個人的には、キャバクラの何が楽しいのかはよくわかりませんけれども、仕事の絡みで連れていかれる際には文句は言わずに従っています。

 

安いお店ですので、明らかに中味を詰め替えていますよね、残念ながらそれくらいは分かりますよ、というようなお酒が出てきて、別に楽しくもなんともない時間を過ごすのは苦痛でもありますが、いい人生経験でもあります。

 




お金に狂わされる





で、誰かが事件を起こしてニュースになって、その原因を探っていく記事で背景の一つにお金の浪費があって、どうもそういったキャバ嬢やホストやらにうまく転がされているようなこともあるみたいだ、みたいなニュースを見聞きします。

 

そういう時、私は、世の中にはそうやって簡単に騙されてしまう人がいるんだな、という軽い驚きと、そうやってお金を稼げる人って才能がある人なんだろうな、という思いが交錯します。

 

いいか悪いかはわかりませんが、そうやって、他人からお金を巻き上げられるのは間違いなく才能だと思います。

 

他人に好きになってもらって、でものらりくらりとかわしながら、自分のためにお金を使ってもらい、そのうち相手はお金をなるべく手に入れようと色々と頑張り始める、犯罪にまで手を染めることも、というのは、なかなか作り出せない状況だと思いますよ。

 

その才能、もっと違うところで輝かせて、社会に貢献することもできるだろうに、とは思いますけれどもね。

 

何ならまともに働いたらもっとお金を稼げるかもしれませんが、必ずしもそういうわけでもないのかな。

 

まあ、曲がりなりにも誰かを幸せにしているのであれば、それもそれで立派だなとは思いますが、本当に幸せにしているのかどうかは何とも判断ができません。

 

むしろ、中長期的に見れば不幸にしている場合だってあるわけで、その一例が、お金のために犯罪にまで手を染めてしまうというようなことなのでしょうし。

 

人生を過ごす上で、お金をかけずに幸せを感じられることを何か持っているかどうか、ということも大切なんでしょうね。

 

 


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人事異動!

 



桜の咲く季節になってきております。

 

気温が温かく、そして気候が穏やかになるとそれだけで心が軽くなるような気がします。

 

コロナ全盛期には、ただ桜の花を見るお花見はできても、桜の花を見ながらお酒を飲んでちょっとつまみをいただきながら、ということは社会通念上禁止されていましたが、今となってはもう過去の話とばかりになっています。

 

木の下にシートを引いて大勢の人間が座ることで、土に重みがかかって固くなってしまい、木の根っこにはいい影響を与えないという話を聞いたことがありますので、それが真実であるのであればコロナ禍のように歩きながら桜の花を見る、ということの方が桜の木のためにはなっていたのかもしれないなとは思います。

 

普通に道を歩きながらお酒を飲んでいるとちょっとなんだこの人というような目で見られることもありますが、なぜかお花見であればそれは許されるというような雰囲気がありますし、お酒を飲むのが好きな身としてはありがたい環境ではあるのですけれども。





人事異動


 



そんなお花見のシーズンは、新入社員の入社や人事異動で来る人去る人が出てくる季節でもあります。

 

私の勤める会社でもそういうイベントがありました。

 

思えば今の会社に入社してかなりの時間がたってしまいましたが、新入社員研修の際の思い出など、今でもいくつか覚えていることがあります。

 

戻れるものであればあの頃に戻りたいと本気で思います。

 

ま、記憶が消されてしまえば、結局は過去の過ちをただ繰り返すだけになってしまうのでしょうけれども。

 

人事異動に関して言えば、どれくらいの期間ある部署で過ごすのかはその人によりけりで、中には10年以上その部署に居続ける人もいますし、1-2年で部署が変わってしまう人もいます。

 

ただ、おおよそ、3-4年くらいが一つの目安にはなっている気はしており、私の場合、既に今の部署に5年いますので、異動があっても全くおかしくない状況になっています。




自分の異動




 

ありがたいことに、別の部署の上の方とお話ししていると、その部署に興味があるなら呼んであげる、というお言葉をいただくこともありますし、もし自分が首を縦に振れば本当にその部署に異動するだろうと思うこともあります。

 

当然、そういう話をしてもらえる部署というのは今まで私が仕事で関わってきたことのある部署でして、そうではない部署からそういう話をもらうということは基本的にありません。

 

私はそういう部署のことをあまり知りませんし、そこの部署の人とやり取りする機会がそもそも少ないのですから当たり前の話です。

 

当たり前の話なのですが、それはつまり、もしどうしても異動したい部署があるのであれば、その部署にいる人やそこで人事権を持っている人とちゃんとコネクションをつくるのがその異動をかなえるための手段にもなりえる、ということだと思います。

 

新しい人を部署に入れるというのは只でさえその組織に不安定さを生み出すことなのでしょうから、そのリスクを背負ってでもその新しい人を呼びたいと思ってもらえるかどうか、というのは間違いなく重要なポイントになると思います。

 

そんな中ですが、今の部署の上層部の方から、私の人事に関わる話をぽろっとされました。

 

具体的に、次はこの部署に行くのはどうかという話がある、ということを言われたのですが、その部署もこれまでやり取りをしてきた部署の一つですし、そこのマネジメント層の人も知っていますし、選択肢として普通に出てくるなと自分でも理解するに難くない部署です。

 

そんな人事情報を本人に漏らすなよと感じたのが本音ですが、次に考えるのはその異動の可能性について自分がどう捉えるのかです。

 

部署としては決して悪くはない部署だと思いますし、行きたいと言ってもなかなか行けない部署でもありますが、専門性が高すぎる、かつ非常に内向きな部署でもあります。

 

私にはその部署で働く上で必要とされる専門性はありませんので、その専門職そのものを担当するわけではなくて、その部署の人たちを活用してより意味のあることができないかを考え、推進していく役割を担うのだと思います。

 

そういう仕事自体もまあやりがいはあるのかもしれないなと思っていますが、その部署自体はかなり日本国内偏重型の部署なので、そうなると私の仕事も当然にそうなる気がして、それは非常に嫌だなというのが正直なところです。

 

英語って語学ですので、使用しないと一気に錆びつきますし、いったん錆びついてしまうと、その錆を落とすのにも時間がかかるのではないかと思っていますし、そもそも私自身、日本国外と関わる業務に関わり続けたいと思っています。

 

それはあくまでも私としての思いであって、会社としては適材適所をやろうとした結果として、私を海外関連業務にばかり注力させないという意思決定をするということはあり得ると思いますが、それもそれでちょっと残念だなと思ってしまいます。

 

はてさてどうなることやら。


セミリタイアを目指している身としては不思議な思いではありますね。

 

 


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婚活男性の憂い

 



とある記事で、婚活を始めた30代の男性が女性に失望して婚活をあきらめたというものを読みました。

 

記事によれば、この男性はそれまでほぼモテたこともなく、半ば女性と付き合うこともあきらめていたのが、大きな企業で働き年収も1000万円の大台を超えたことで少し自分に自信がつき、合コンやマッチングアプリなどでの出会いを求めたそうです。

 

そして、女性からのアプローチもそれなりにあって、デートに誘って応じてもらうこともあったものの、毎回のように高級な食事に連れていくことを望まれたり、高いプレゼントをねだられたりして、それを断るとフラれてしまうということを繰り返したとのことです。

 

男性は男性なりに、将来のことを考えて倹約生活をしながら貯蓄を増やしていくことが大切だと考えていたために、女性から今を楽しむために経済的に負担になることを求められることには違和感があったということです。

 

そのうち、女性がこの男性に対してお金を出してほしいと思っていることを感じるだけで嫌になってしまい、今では結婚そのものがいいやと思っているということです。




どう考えるか


 


この記事を書いた筆者は、女性に問題があることを指摘もしつつ、男性に対してもアドバイスをしており、女性は経済的に男性に頼りたいと思っている人もいるので、ある程度その部分が求められるのも仕方がないとも言っています。

 

何も知らない記事を読んだだけの私からすれば、この男性を金づるとしか考えていない女性に出会ってしまったこと、これが全てであろうと思います。

 

それまでモテることもなかったということは、残念ながらこの男性はイケメンではないでしょうし、コミュニケーション力がすごくあるというわけでもないでしょうし、女性とのコミュニケーション機会もあまりなかったのでしょう。

 

ある程度経験があれば、この女性はこういう女性だろうな、という自分の中でのカテゴリー分けができているので、この女性は危険そうだなと感じることもありますが、それがないまま、出会ってしまった危険な女性を危険な女性と感じないまま、引っかかってしまったのでしょう。

 

特にこの男性の場合は、女性との真面目なお付き合いを望んでいたのだと思いますので、それを望んでいない、この男性を金づるとしか見ていない危険な女性に出会ってしまったのでしょう。





需要と供給


 



また、この男性がどれだけ真面目な出会いを求めていたとしても、場合によってはそういう会ではないこともあり得ます。

 

例えば、私の体験ではありますが、誰をハブにして合コンを開いてもらうかで全く違うタイプの女性が来るなと思ったことがあります。

 

既に既婚の商社の男性(未婚と偽っている)が開く合コンなのか、未婚である程度結婚を見据えて出会いを求めている人が開く合コンなのか、で全く女性のタイプが違うと思ったこともあります。

 

まあそれはある種、男性側から見ても、遊びなのか真面目なのかで、目的が違っているわけで、もしかしたらこの記事の男性が出会った女性に感じたことと同じような違和感を、私が参加した合コンに出席していた女性が感じていたということもあると思います。

 

男性は女性の体目的なのね、というようなことですね。

 

もちろん、互いに遊び目的で合コンに来ている場合もあると思いますので、その場合は互いの目的がマッチしている会になるとは思いますが、そうではなく一方は真面目な出会いを求めている、一方はそうではないという場合はありえますし、仮に目的が真面目な出会いであったとしても、参加してみて真面目に付き合いたい人はいない、でもちょっと遊ぶにはいいかな、と思う場合もあると思います。

 

まあ、そういう色々あるパターンの中で、変な女性に引っ掛かってしまった、というこれだけだと思います。

 

女性がみんながみんな、この男性が出会った人のような方ではありませんが、将来を真剣に考えているのだとしたら嫌われないようにふるまうはずですから、そうではなかったということは、残念ながらこの男性を金づるとしか考えていない女性に出会ってしまった、というだけだと思います。

 

記事の筆者は、男性に経済的に支えて欲しいと思う女性は多いというようなことを書いていますが、たとえ本音のところでそうであったとしても、将来を真剣に考えている相手であれば、金目当てというのが分かるようには振る舞わないはずですから。

 

男性側も、将来を真剣に考えられる相手に対して、下心丸出しではコミュニケーションしないでしょうし。


ま、結婚したらしたらで苦労はありますし、しなければしないで苦労はあるのです。


自分が体験しないことは本当の意味では理解できないですよね。

 

 

 

 


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不祥事を考える

 



製薬メーカーが販売していた食品が健康被害につながっているのではないかと自主回収を開始したようです。

 

1か月ほど前には関連情報を知っていたが、実際に回収が始まったのは最近ということでそれにも批判の声があるようです。

 

食品ですので体内に入るものということもあり絶対に避けなければならない事象で、会社側もわざとそうしたことをしたわけではないと思いますが、まずはしっかりとした原因究明と対応が求められます。

 

信頼を積み上げるのは時間がかかる地道な作業ですが、信頼を失うのは本当にちょっとしたことが原因でも一瞬で起きてしまいます。

 

すごく変な話ですが、健康被害が出ていないのであれば、まだなにかしら包装に不備があったので回収というのは企業のコストはかさみますし、信頼にも傷はつくでしょうが、それでもその傷は浅くすむと思います。

 

むしろ、回収するなんてなんて真摯な会社なんだ、なんて評価が上がることすらあります。

 

健康被害が出てしまうと、それに対する補償という話ももちろんですが、そもそもそんな製品を販売している会社のものは買いたくないと思う人が当然に出るでしょうから、経営には大打撃です。

 

特に、体内に取り込むものを販売している会社ですから、単純に対象製品だけではなくその他の製品に影響が波及するということも考えられます。





気持ちがわからなくはない



 


個人的には好感を持っている会社ですので、なんとか頑張ってほしいと思いますが、まずはしっかりと被害にあわれた方に向き合って、原因の究明と問題の解決を行なうことが必須でしょう。

 

今回、回収が遅れたというのも、ひいき目に見れば、この対象製品が原因であるということがすぐには分からなかったということがあると思いますので、同情する部分はあります。

 

味が変だからとか、色が変だから、みたいな、すぐに正常ではないと分かる情報がまずあって、さらにそれらを摂取した人に健康被害らしきものがみられるということであれば、まだ因果関係としてとらえられる可能性もあったと思いますが、恐らくそうではなくて、健康被害には他の要因もあるのではないかと考えることもできる部分があったのだと思います。

 

人間だれしも、できれば自分の失敗であって欲しくない、自分の責任であって欲しくないと思うものですし、先ほども述べたように対応をしようとするといろいろとコストもかかるものですから、原因が明らかになるまでは状況を見守ろうと思ってしまうことはあると思います。

 

後になって考えれば、少しでも自分たちの責任であると思える要素があれば、早めに対応をしておけばよかったというのはその通りで、後から、他人から見ればなぜすぐに動かなかったんだと指摘するのは簡単です。

 

しかし、まだはっきりとそう思えない環境下で、実際のその場で物事を考えていた人からすれば、まずはまさか、という思いがあるでしょうし、そうあって欲しくないという思いもあるでしょうし、さらに実際は違いましたなんてことになれば、社内では何をやっているんだと責められることも想定されます。

 

であれば、もちろん対応が後手に回ったことで更なる被害を生んでしまったというのも真実である一方で、当事者が、もう少し事態の推移を見守りたいと思ってしまうのも、結果としては間違いだが、手放しで責めることはできない話なのではないかと思ってしまいます。


実際の被害に遭われた方からしたら、お前こそ他人事でふざけるなと言われると思います。

 

いや、これから会社はいろいろと責められるでしょうし、責められるのは仕方のない話であって、当事者の人たちがそんなことを言ってはいけないことは分かります。

 

しかしながら非常に難しい状況だったのではないか、と想像するのも難しくありません。

 

もしかしたら、当事者の人たちも祈るような気持ちで事態の推移を見守っている中で、徐々に悪化していく状況を見てショックを受けていたのではないかと思いますし、であればもっと早くに別の意思決定をすればよかったとは思うでしょうが、あくまでも後からであればそう思えるという話です。

 

今後、社内の風通しが悪いとか、利益重視の風土だとか、組織としての在り方がいびつだとか、そういう話も出てくるかもしれませんが、それは要因の一つになりえるとは思う反面で、完ぺきな組織なんてものはないのも真実だと思います。

 

事態の推移を見守った結果、結果的にセーフになるということもあると思いますし、消費者に対してコールセンターを設けている企業には、本当に不良品を知らせる電話から、難癖をつけた恐喝まがいの電話もかかってくるでしょう。

 

なにかちょっとでも消費者が言えば商品を即座に回収するなんて対応をするのは正常な企業運営の阻害にしかなりませんし、その線引きも非常に難しいと思います。

 

非常に不幸な事態になってしまっていますが、まずは当該企業はしっかりと説明責任を果たすということが大切です。

 

まだ状況が分かりませんので難しいところではありますが、完全な正義の味方の立場からここぞとばかりにこの企業や関連する人を叩きまくるような世論にならないことを願います。


そして健康被害に遭われた方に対しては真摯な対応が行なわれることをなによりも期待します。


 

 


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上長への怒り



上長にまた詰められました。

 

私が関わっていたあるプロジェクトがすでにいったんの終わりを迎えていまして、一応、成功裡に終了したという評価です。

 

つい先日もブログに書きましたが、今は開発したものの実際の運営フェーズに入っており、主導権は完全に別部署に移りましたので、その別部署が責任を持って意思決定しながら日々の管理をしており、実際の運営については私も、私の部署も主導権を全く持っていません。

 

それが組織としての仕事の進め方で、私も歯痒いですが、他組織の職域を犯すのはいいことではありません。




でも気になる


 


とは言え、私は自分が関わった仕事として今後の状況に興味がありますし、全て丸投げというのはしたくないというのと、間違いなく私が進捗状況をきかれるということも分かっておりましたので、運営管理をしている部署に対して、意思決定には関与しないが、よりよい運営となるように思うことは言わせて欲しいと、定期的な打ち合わせ実施をお願いしています。

 

担当部署としてはそんなことをする義務はありませんし、私の行動はある種の権限逸脱であり、勝手なことをお願いしているのは確かなのですが、相手部署にいる人も、長い間苦労しながら一緒にプロジェクトを進めてきた関係性からなのか、一応打ち合わせを持つことは賛同してくれました。

 

経営への影響で言えば小さいプロジェクトですが、トップマネジメント層が興味を持っていたプロジェクトなので、問い合わせが私にあるかもということも戦友として汲んでくれたのかもしれません。

 

原則論で言えば、既に権限移譲もされているのですから、誰かが何かを問い合わせをするならその担当部署に直接するべき話なのですが、その部署は海外グループ会社の部署で、日本人は所属していません。

 

そして、なぜか多くの日本人はそういう部署に問い合わせをすることを躊躇します。

 

上からの指示とあれば海外の人の方が言葉の通り命懸けで動きますから、実は直接やってもらうのが効果的なのですが、私がプロジェクトをやっていたので、尋ね易そうと思って問い合わせてくるのでしょうか。

 

確かに私も、誰が何を気にしているのかを把握する助けにはなりますから、ありがたい面もあるのですけど。




上長の態度

 



で、上長もそんな1人で、トップマネジメントからも聞かれることがあることを知ったからでしょうが、今の状況はどうなっている、私はちゃんと状況把握しているのか、そもそもの管理がなっていないなど、10分くらい、一方的に先日の部内会議で詰められました。

 

じっと聞いていて、やっと私の弁明ターンになりましたので、私はちゃんと担当部署と定期やりとりをして状況把握に努めていること、得た情報は部で回覧されている月報に毎月記入していること、その月報は本社の経営企画部門にも共有されていると聞いていることを答えました。

 

上長から、集めている情報の質について言われるなら仕方がないと思うのですが、月報に書いていることすら知らない体での詰められ方でしたので、少し腹は立ちました。

 

上長からは、いや自分も色々と知りたいからさと、またごにょごにょ言われましたが、そのために月報に書いているでしょうという話です。

 

上長から、自分の認識が違った、とか、ちょっと言いすぎた、という一言でもあればいいのですけど、それはありません。

 

私だって、完璧に状況把握できているわけでもないですし、聞いたら全部情報共有されるわけでもありませんので、情報の質や種類について詰められるならまあ仕方がないとも思えます。

 

ただ、状況を考えると、さすがに今回のはないだろうと思いましたし、ただ詰めたいがために難癖つけてきているとしか思えませんでした。

 

上長としてはそういうつもりではなかったと信じたいですが、結果的にそうなったわけですから、そこはちょっと反省してほしいなと思いますが、そういう人ではないので、多分してくれないと思います。

 

 


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我が身を省みる



超有名野球選手の通訳を務めている人が違法賭博に手を染めていたということが問題になっています。

 

誰がどう悪いのかということはいったん置いておいて、この通訳の人の年収は数千万円であり、さらに将来のことを考えればいろいろと経験を活かしたお金儲けの手段もあるという非常に恵まれた状況なのに、どうしてそれを棒に振ってしまうようなことをしたのかという論調も見受けられます。

 

その論調そのものは正しいよなという気が確かにするのですが、実際問題としては我々自身がそこまで合理的でもないというか、誰しもが持っている人間の弱さというか、第三者から見ていることと本人が見ていることにはどうしても差があるとか、そういう話かなと思っています。




誰しもが弱い


 


政治家の裏金問題も話題になっていますが、彼らだって金銭的には恵まれた環境にいて、地位もあるわけでしょうし、そんな中でさらに欲をかいているという話だと思います。

 

大企業の幹部がセクハラやパワハラ、横領をする、幸せな家庭を気づいているように見える一般人が不倫をするという話も、そんな恵まれた環境にいるのにどうして、と第三者は思うかもしれませんが、そんな環境でもしてしまう、あるいはそんな環境にいるからこそしてしまうことというのはあると思います。

 

年収が数千万円もあれば、もしかしたら多少浪費してもすぐに稼げると、気持ちが大きくなるということもあるでしょうし、社会的に地位が高ければそれによって自分は何をしてもいいんだと勘違いしてしまうこともあると思います。

 

幸せな家庭があるからこそちょっと火遊びするくらい大丈夫だろうと思うこともあるのかもしれません。

 

宝くじで高額当選した人がその後の人生で破滅してしまう、という話がありますが、これもまた同じような勘違いをベースに、人間の弱い部分が出てしまう結果ではないかと思います。

 

もちろん、どんな環境に置かれても清廉潔白で、聖人のように振る舞える人もいるとは思いますが、それでも大多数の人は、環境によって自らの弱い部分をさらけ出してしまうのではないでしょうか。

 

不正をする人だって、最初の頃はおっかなびっくり、小さいことから始めて、そのうちに大きな不正を働いてしまう、という傾向があると思います。

 

それはやはり最初の頃の小さな不正がばれなかったから、それを繰り返すうちに感覚がマヒしてきて、もうちょっと大丈夫、もうちょっと大丈夫、となってしまうのですよね。

 

それはどれだけ金銭的に社会的に恵まれているかどうかというのは関係なく、どうしても人間の弱さとして多くの人が持っている特性なのではないかと思います。





我が身を省みる

 



それを実際の行動に移すかどうかというのは確かにまた別問題ではあると思いますし、行動してしまったことを弱さゆえに仕方がないと擁護することもできないと思いますし、今回話題になっている通訳の人の性格を私は知りませんが、今回のニュースを見ていると、ほとんどの人間はみんな弱さを持っているのだろうなと感じましたし、それは決して私自身も例外ではないということを感じずにはいられません。

 

楽できるなら楽をしたい、サボれるのであればサボりたい、車が来ていないなら赤信号でも道路を渡りたい、そんなちょっとしたことですら、多くの人は弱さとして持っているのではないでしょうか。

 

ただ、いざ何かがあった時にはそれは非常に大きな問題として自分に降りかかってくる可能性がありますし、そうなったときにはもう遅いということもあり得るのは怖いところです。

 

まだ挽回は十分に可能ということであれば傷も浅いのでしょうけれども。

 

とはいえ、生きてさえいれば儲けもの、というのもまた真実だと思いますし、例えもう遅い、という状態になったとしてもそこで簡単にあきらめてしまうのはもったいないとも思います。

 

自分の身を振り返って、反省反省の事例になりました。

 

 

 

 

 


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