会社の飲み会



コロナの影響で、ここしばらくは開催する気運が低くなっていた飲み会、忘年会、新年会が復活の兆しをみせています。


嘘か誠か分かりませんが、ゆとり世代はそういう会が嫌いで、Z世代は好きなんてことも聞きます。


私の場合は、まあ連続しなければたまの機会としていいのではないかと思います。


新年早々、会社の人と飲みたいとは思いませんが。




なんだかんだ面倒




偉い人のありがたいお話を聞くのは退屈ではありますが、敢えて参加しないという選択肢を取るほどではないかなという感じです。


とは言え、幹事になると大変なのはよくわかります。


参加人数に応じてお店を選び、時には個室があるお店を必死に探し、式次第を考え、もしかすると余興をやれと言われることもあり、場合によっては2次会や3次会のプランも練らないといけません。


参加するだけなら楽ですし、年次が上だからちょっと会費を多めでと言われるのも構いませんが、幹事になると大変です。


それが文化祭を準備するかのように面白く感じるのであればいいのですけどね。


ちょっとした不手際から、最悪の場合は偉い人に説教をいただくこともありますから、そうなると大変です。


幹事の役割は若手が担うことが多いですが、ここ数年、飲み会自体の機会が減って幹事の経験を積んでいない若手も多くなっているのではないかと感じますので、そうなると余計に大変、面倒だ、と感じがちになるかもしれませんね。


そういう飲み会で仕事の真面目な話になることもありますが、それもまた結構ストレスになることはあります。


特に立場が上の人に対して、そこはうまいこと切り分けて欲しいなというのは、歳を重ねた今でも思います。


若手の人が率先して、自分はこういうことがしたくてなどと話をするのであればまだいいのですが、がっつり仕事の話をするならそれは飲み会ではなくて仕事の場でしたいものです。


面倒くさいので、私は特段話を振られない限りはただ黙って聞いているようにしています。


議論が白熱でもしたら本当に大変というか、仕事じゃないんだから、と嫌な気持ちになります。


別にそういう飲み会自体がどうしても嫌というわけではありませんが、もしかしたらゆとり世代に近い感覚なのかなとも思います。





プライベートな奴は好きです




気を使わなくていい人との飲み会は大好きですが。


特に、旧知の人で、他業界の人との飲み会は気を使わないのに、笑いあり、学びがありで大変楽しいです。


そういう人とは年1回などの限られた機会の場なので、新情報もたくさんで、特に楽しいのでしょう。


個人経営の人が領収書をもらったり、ポイントが貯まるからとカード払いにする人がいたりと、十人十色の人生が見えてきます。


多分、月1とかでやっていたら面白くないのかもしれませんが、仕事上の付き合いの飲み会よりかは義務感がなくて好きですね。


やはり年配の方には気を遣わなくてはいけませんし、仕事上の付き合いがあればなおさらです。





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年齢を重ねた影響なのか?



最近、なんだか味覚が以前よりかは変わってきているような気がします。


主には外食なのですが、以前は美味しいと思ったお店に久しぶりに行って、楽しみに食べてみたところ、あれっ、想像していたのと違うなと、驚き度合いが低いという経験が最近積み重なっています。


久々で、本当に楽しみにしてお店に行っている分、がっかりしてしまうのです。


もちろん、自分の体調やらシチュエーションやら、要素は色々とあるとは思いますが、そこまで関係するだろうかとも不思議になります。


実際に、相変わらず美味しいなと思うお店はあります。




外部要因?




さらに、こぞって料理の腕が落ちたとか、物価高の影響で原材料の質が落ちたとか、そんなことはないのではないかと思います。


コロナ禍でしんどかった際に、生き残りのためにグッと質を下げて、コスト減を図ったという可能性はありますかね。


実際、価格の値上げはされているわけですが、価格は上げてコストは下げての経営戦略をとっているのかもしれませんし、それはわかりません。


元が美味しかった分、多少質が下がってもという思いはありますが、期待していたのと違うとがっかりしてしまうのはどうしてもあります。


そう、元々が質の割には価格が安過ぎた可能性であり、ある種、デフレの弊害です。




自分の変化?




その一方で考えられるのは、冒頭に書いた、味覚の変化です。


よく、年齢が上がることで脂っこいものが食べられなくなってきた、さっぱりしたものが好きになってきたという話を聞きます。


それに似たようなことが私にも起きているのかもしれないなと思うのです。


そうだとすると、もしかしたら今後、これまで以上な美味しく感じる料理が出てくるのかもしれませんが、一方でこれまで美味しいと思っていた料理がそこまで美味しいと思わないようになるのかもしれず、それは大変残念です。


食べられる量もなんだか減っている気はしますので、年齢とともに訪れる変化なのかもしれません。


セミリタイアすれば食費にも気を遣わないといけないかもしれませんが、そうは言っても美味しいものは食べたいですからね。


いざ人生をもっと楽しむぞとなった際に、感じる幸福度が減っているかもしれないという恐怖ですね。


セミリタイアするために我慢をした結果、トータルで見た人生が楽しくなくなる、そんなことが起こると嫌ですね。



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会社での新年の抱負が嫌い



新年を迎えて、また新たな気持ちで仕事に取り組みましょうという訓示が会社でもありました。


年始の災害や事故の話も教訓的に話題になりましたし、周りにも影響を受けた方はいらっしゃいました。


確かに、年も新たになりまして、実績がゼロからスタートするなど、切り替えやすいタイミングのようには見えます。


まあそもそも、前年はどうだったかの振り返りから始まりますから、場合によっては年始からいきなり怒られるなんてこともありまして、今年こそはちゃんとやれよ的なスタートになる場合もありますが。




実際は?




でも実際問題として、今年の実績、特に年初からの実績は前年からの仕込みが必要ですし、数字上は今年からゼロスタートとは言え、実態はそんなことはなく、年初の時点ではある程度、第一四半期の状況は見えるんですよね。


もっと言うなら、年末の前に、来年は厳しいななんてことは分かるわけですから、今年こそはなんて年初に言われても、流れを変えられるのは数ヶ月たってからです。


しかしながら、年初から自分の今年の目標は何々です、なんて宣言しないといけないなんてこともあります。


宣言するだけならまだしも、それに対して役職が上の方からちゃちゃがはいることもありますので、必ずしも気持ちの良いものではありません。




プライドがあるんでしょう




セミリタイアを目指しているとは言え、私も仕事で何か言われたら気になりますし、完全に仕事にやる気がないわけでもなく、また何よりも自分のプライドを守りたいという思いがあるのだと思います。


自分が他人から高く評価されたい、低く評価されたくない、という思いです。


多少、仕事で他人に何かを言われても気にしなくていいという思いがある一方、出来るだけ言われたくないという思いがあるのは間違いないです。


そこまで神経が図太くない、気にしいなのかもしれません、というか、根っこがそういう性格なので、セミリタイアしたいと思っているとかでは変えられない本性なのでしょう。




神経が図太くありたい




もう少し神経が図太くなりたいですが、そうなるとそもそもセミリタイアしたいとかも思わなくなるのでしょうかね。


でも、そちらの方が人生は幸せに感じるかもしれませんね。


他人の評価はあくまでも他人の評価に過ぎませんし、同じコミュニティにいない限りはそもそも気にしなくてかまいません。


他人の評価を気にし過ぎて追い詰められる必要は全くありませんし、それで病むくらいなら逃げればいいと思います。


ただ、他人の評価を気にし過ぎなくなると、自分勝手になって、社会性がなくなり、それはそれで問題ですので、ある程度他人の評価も気にしないといけないとは思いますが。


他人を思いやることは大切ですし、いたずらに低い評価をもらっても損をするだけですので、健康的に生活していける程度には、ほどほどには他人の評価を気にするべきなのでしょうけど。




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家族の形




年末年始に帰省をして、私の両親の実家と妻のご両親の実家に寄ってきました。


残念ながら全員ではありませんが、兄弟や従兄弟も集まり、ご飯を食べたり、遊びに行ったりして時間を過ごしました。


私の子どもも、他の子どもたちに会えて楽しそうに遊んでいました。


たまにおもちゃの取り合いもしていましたが。


どうでもいいですが、妻のお母さんが作る料理はとても美味しいです。


居酒屋で出しても十分お金を取れそうな味わいで、さらに食べていて落ち着くというかなんというか。


いつも長居をさせていただくのですが、体重を増やして帰っています。




それぞれの家族の形




さて、当然ですが、それぞれの家族にはそれぞれの形があることを感じます。


妻の実家は田舎で代々の土地に住んでいる家でして、私の実家も田舎ではあるもののニュータウンとして開発された比較的新しい場所ですので、そういう環境からして色々と違っています。


例えば、私の実家では初詣はしませんが、妻の実家は総出で神社のハシゴをしますし、寺院にも行きます。


また、私の実家では餅つきはしませんが、妻の実家は年末にします。


どちらがいい、悪いということでもなく、その家ならではのしきたりや習慣があるということです。


そんな全くしきたりや習慣が違う家族の中に、結婚を通して別の家族で過ごしてきた赤の他人が入ってくるわけです。


そう考えると、結構すごいことですね。


育ってきた環境や考え方が違う赤の他人が家族になるのはまあ多様性の確保という意味ではいいのでしょうけれども。


自分の子どもに対してはやはり幸せになって欲しい、失敗してほしくないという思いがありますので、毎日楽しく過ごしてもらいたいと思う反面で、勉強も頑張って頭も良くなってもらいたいなと思います。


子どもには子どもの人生がありますから、自主性は大切ですし、子どもの人生に親が介入しすぎるのは良くないと分かっていますが、それでも明らかに間違いだと思われることはやらせたくないですし、して欲しくありません。


私は完璧な人間ではないですが、そうありたい、強くありたいと思っている弱い人間で、虚勢を張るときもありますので、そういう意味ではあまり教育者としては適切ではないかもしれませんが、子どもの幸せのためにやれることはなるべくしてあげたいです。


私の両親は変わっていますが、子育てという意味ではしっかりした人だと思います。


妻のご両親もしっかりと子育てされた立派な方で、訪問時もいつも大変お世話になっています。



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年末年始の混乱



なんだかんだですが、羽田空港での事故による航空機キャンセルに巻き込まれました。

思えば、こういう経験は初めてです。

前夜に航空会社のサイトを確認していた限りでは大丈夫かなと考えており、特に代替手段の検討などしていなかったのですが、当日の早朝にキャンセルの連絡が来ており、急遽の対応が迫られました。

空路が使えなくなり、陸路でどうするのか、バスか、新幹線か、レンタカーかなど、ばたばたと考えないといけませんでした。

ニュースなどで他の人が影響受けているのを見ていると、大変だなあくらいに思いながらでしたが、いざ自分が影響受けると、どうしようかなあと途方に暮れますね。



仕事は仕方ない



まあ、多少仕事に影響が出るとかは仕方がないと割り切っていますし、そもそもが年始に仕事ができないからと大きな影響が出るわけはないだろうと思っています。

何より、今ではパソコンがあればリモートで仕事ができますから、年始の挨拶とかは対面ではできませんが、それでなにがどうこうということもないでしょう。

セミリタイアを目指しているからそう思うのかもしれませんが、そこまでして仕事する必要はないですよね。

若い頃は台風の日も頑張って定時に間に合うように出社していました。

意外と、そういう点は取組み姿勢として見られているらしいのですので、人事評価を気にする方は気にしておく必要があるようです。

普段の仕事にも影響はでそうなので、気になる方は気をつけた方がいいのかもしれません。



家族のケアは大切



仕事は構いませんが、家族を連れての移動となるとそちらのケアは大切に感じます。

1人であれば、多少の強行軍も大丈夫ですし、想定外のことがあってもあきらめもつきますが、同行者がいれば文句も出る可能性がありますし、それを聞いたらいらっともするでしょうから。

特に非常時には全てがうまくいくことなんてないですし、うまくいけば運が良かったくらいの心構えが必要だと思いますが、なかなかそうも思えないのでしょうし、他人の気持ちはコントロールできませんから。

被災された方のことを思えばとか、口で言うのは簡単ですが、いざとなるとやはり自分主体になるのは世の常です。

いろいろと難所があるなと思っていた中、今回は比較的うまく対応が進んだと思いますので、良かったです。



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正月早々



またまた信じられないような事故が起きてしまいました。

最初は羽田空港で火災か、というような、何かが燃えているのかな、というだけでしたが、そのうちに航空機が燃えているのが目に入り、その火が明らかに燃え広がっていくのが分かりました。

離陸前なのか着陸後なのか、乗客がいたのかいなかったのかも最初はわからない中で、徐々に情報がわかってきました。

航空機の乗員、乗客に怪我人はいたものの、死亡者はいなかったのが不幸中の幸いです。

その夜には航空会社の記者会見が行なわれました。



なんだかイマイチな記者会見



そもそもまだ調査中のことが多いという前提ですので、あまり正確に答えられないだろうというのがあり、このタイミングで記者会見をしても情報開示の点ではあまり意味がないのではないかと思いながら観ていましたが、思った通り、調査中という答えが大半でした。

しかしながら、記者会見しなければしないで、不誠実な態度だと叩かれかねませんし、原因がどうであれ、多くの人に影響を与えたことは間違いありませんので、企業としてはせざるを得なかったのでしょう。

一方で、取材するメディア側の質問は、誰に責任があるのか、適切に対処できたのか、事故が経営にどう影響するのか、など、もちろんメディアの仕事としてはそうならざるを得ないのかもしれませんが、聞いているこちら側としては、いまこの時点では分からないだろう、聞かなくていいだろう、という質問もありましたし、企業側の責任を問い立てるような質問もありました。

そこでイラッとしてしまってはいけないのでしょうが、してしまうかもなあと思いながら観ていました。

企業側もメディア側も、年始早々に予期せず仕事をしなければならず、事故の規模も規模ですので、辛い部分はお互い様ですが、粗探しをしても仕方のないタイミングかなという気もしながら観ていました。

あからさまにミスがあることが分かっているとかならまた別かもしれませんけど、まだ何が原因で、何に責任があるのかも分からないタイミングですから、企業側も答えようが難しいですよね。

仕事とはいえ、という気が率直にしました。

しかし、まずは航空機の乗員、乗客に死亡者がいなくて幸いでした。

そのあたり、まずはメディア側も労いの言葉をかけてもいい気がしますが、相手もあることなのでそれも難しいのかもしれませんね。

一方で、被災地に向かう小型機の乗員の方には死亡者が出てしまったようで、お悔やみ申し上げます。


 

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平穏が戻りますように



年始早々、大きな災害が起きてしまいました。

ニュース速報を観ながら、家族団欒の時間が一瞬で恐怖に変わってしまう怖さを感じました。

変な言い方ですが、個人的には、ニュースの情報を観ながら当初に想定したよりかは被害規模は小さく収まったと思いました。

しかし、実際に被災された方はそんなことは全く思えないでしょうし、不謹慎な言い方になってしまいますね。

災害を忘れたわけではないですが、思わぬ時に災害はやってきてしまいます。

温泉エリアには海外からの観光客も来ていたでしょうし、地震に全く慣れていない方達は驚いたことと思いますが、あの規模になると我々日本人も驚きますね。

引き続き余震は続いていますし、今後しばらくしてより大きな地震がくるかもしれません。

備えあれば憂いなしとも簡単にはいえませんが、まずは我々一人ひとりが、いま一度、災害時の備えを確認しましょう。

過度な買い占めなどは避けなければなりませんが。

あとは、もしもいま少しでも余裕がある人は少しでも被災地の人のためになるよう行動しましょう。

物資を送ればいいというわけではないらしいので、頼りになるサイトなどを確認したり、いっそのこと募金をしたり、少しの支援でも構わないと思います。

まずは現状が落ち着き、すべての人に平穏が戻ることを願っております。

何事もない日々がいかに幸せか気づかされますね。


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明けましておめでとうございます



明けましておめでとうございます。

新年から私と妻の実家周りです。

メインの目的はじいちゃん、ばあちゃんに孫の顔を見せることですが、兄弟や親戚に会う機会でもあります。

子どもたちにとってはお年玉をもらえる機会でもありますね。

そういえば、私が子どもの頃につくったお母さん銀行の口座は今どうなっているのでしょうか。

口座そのものは残っていると思いますが、通帳やカードがどこにあるのかは知りません。

豪華は食事が取れる機会でもありますね。

お寿司、焼き肉、すき焼きなどなど、おじいちゃん、おばあちゃんのお金で美味しいものが食べられます。

年金も十分にでているみたいですが、まだパートタイムで働いてもいるので、お金には困っていないみたいです。

よく考えると、持ち家を持ちながら、何人も子育てをして、それでいてお金にも困っていない親世代はすごいものです。

私が将来にもらえる年金額はまだまだ積立をしないと心許ない金額ですが、それは年金だけで生きていこうとした場合で、加えて、ある程度の資産があれば、まあお小遣い感覚でもらえるとしたら十分かなと思います。

2024年もセミリタイアに向けての資産形成に励む年にしたいと思います。


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良いお年を!



今年も大晦日になりました。

仕事にプライベートに忙しく、ブログを書く頻度は少し下がったような気がします。



上長からのプレッシャーは減った



上長へのストレスを感じる機会が今年は減っていて、上長に対する不満や愚痴を書く機会も減ったと思います。

上長の興味が私の抱えている仕事がら他に移ったという影響が大きい気がします。

それでも事あるごとに色々と言われますが、興味が他に移っている分、私の持つ情報量の方がグッと大きくなっており、それをちらつかせながらやりとりするようにしています。

自分は自分でちゃんとやっているんですよ、とアピールはしながら、何か言われても、そうですね、ありがとうございますと返すようにしています。

まあアドバイスと捉えれば、いくらもらってもいいですからね。

活用するかどうかは私が判断すればいいのです。

活用しないとなると、なぜ、は考えておかないと、尋ねられた際にタジタジになりますので、嘘でもいいから理由は考えるようにしています。

上長も決して悪い人ではなく、仕事もできる人で、上下関係なく接してくる人ではありますが、どうも度が過ぎて厳しい、ロジカルに詰めてくる、融通が効かない、そんな人です。

少しちゃらんぽらんな人と足して2で割れば、素晴らしい企業人になるのではないかと思います。

ロジックが通っていれば常に正しいことばかりではないのですし、通るロジックは1つだけでもないはずなのに、自分の信じるロジックが唯一正しいロジックだと思い込んでしまう節があります。

まあ、私も意固地になることはありますし、ロジックで考えるのが好きなので、上長の態度が分からなくもないのですが、それでも時に極端だなと思うことがあります。

非常に勿体無いと言えば勿体無く、人によってあたりを変えているということもそこまで極端にはなさそうですし、なんなら言ってやったぜと誇りに思っている節がありますから、今後の会社人生でも苦労するかもしれないと勝手に思っています。

ちょっと離れてやり取りをしている分には頼りになる人だとは私も思いますが。

まあ、私に言われてもほっといてくれということかもしれませんけれどもね。



良いお年を!



さてさて、今年もしっかり資産形成はしつつ、使うべきお金は使いつつ、セミリタイアに向けて着実に歩を進めた1年となりました。

当ブログを読んでいる皆様にとっても、良い1年となったこと、また来年も良い1年となることを願っております。

来年もどうぞよろしくお願いいたします。

 

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スローガンは行動に影響する


とある自動車メーカーが長年に渡って不正をして自動車を販売していたのではないかとスキャンダルになっています。

誰もが知るような大手でも、社内文化はいまいち、というのはよくあります。

私の会社もたたけば埃がでるかもしれません。

そんな中、興味深い主張を読みました。



スローガンと組織文化



問題となっている企業のスローガンが、プレダクトアウト型、あるいは、ともすればお客様のことを考えなくなる可能性のあるスローガンではないか、ということでした。

スローガンそのものは一見してまともなのですが、理解を間違えると、不正に繋がりかねない要素も孕んでいると理解しました。

企業の社会的責任という言葉もだいぶ一般的になってきましたが、あくまでも企業は社会の一員であることを忘れないようにしないと、独りよがり、自分の利益だけを考えるようになる可能性があるということでしょうか。



言葉の理解でも良くない?



もっと言えば、そのスローガンの裏側にある思いとは何かをしっかり考えてから、スローガンを理解するということでしょう。

偉い人がいろいろと、意見やらスローガンやらビジョンやらを考えて発信することがありますが、その内容は内容で大切かもしれませんが、それはあくまでも言葉で理解しただけです。

なぜそれを言っているのかを理解すれば、本質的に大切なことはこれだろう、ということが分かりますので、言葉に踊らされずに、自分の頭で思考を巡らすことができます。

私が勤める会社で、トップマネジメントの人が掲げたスローガンがありまして、それ自体はある種、当たり前の、模範的な言葉で、初めて聞いた時はなにを当たり前のことを、と思いました。

ただ、そのスローガンが、過去にそのトップマネジメントの人が経験した、経営判断の失敗を反省してのことだったということがひょんなことからわかり、その時なまさに腑に落ちた、という経験があります。

ただ、その失敗自体は一部の人にしか本質部分が知らされていませんので、もしかしたら以前の私のように、表面的に捉えている人もいるかもしれないなと思います。



ただ現実は厳しい



とは言え、本当に大切にしないといけないことはなにか、ということを考えて行動に移すのは実は難しいです。

組織の中では色々な利害関係者がいて、色々な利害が対立していて、八方よしなんて状況はなかなかつくれません。

お前はそんなことを言って、なにかあったら責任はこっちが取るんだぞ、なんとかしろ、とプレッシャーを受けることは日常茶飯事です。

いや、本来、スローガンというのはそういうゴタゴタの際に、何が正しいのかを判断するためにもあるはずですが、現実ではそうなっていないばかりか、何ならそのスローガンを掲げている人ですら、場面や状況によって解釈を変えることもあります。

例えばですが、年度末に予算やノルマ達成のために無理するなんて話は、お客様のためになっているかも怪しいですし、そこで無理したら翌年期首に反動が来るから自分達のためにもならない、はすですが、それを理由に年度末に無理をしませんとなったらまあ会社では怒られるでしょう。

そもそも、すべてのビジネスはお客様いてこそですが、だからといってお客様最優先でなんでも動いていたらビジネスそのものが成り立たない、継続性がないなんてことも事実です。



結局はバランスが



なので、最終的にはバランスも大事になります。

スローガンは点ではなく、面をカバーしているものと捉えて、ある範囲の中に入っていればその中での程度の違いは許容する、みたいな感じでしょうか。

それが点になるとそれはそれで従業員が疲弊して危うい気がします。

そもそも点を求める企業の場合、複雑に課題や事情が絡み合う無理難題を、その点の実現のために解決しろとかやりそうですね。

言葉は力を持つとは言われますが、スローガンもなんだかんだで力を持って組織文化に影響を与えるのは間違いないでしょうね。

セミリタイアに向けて頑張るぞー!


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