もめごとを考えるセミリタイア志願者



 
 私の性格的には、できればみんなで仲良くやりたい、もめごとは起こしたくない、人に言われた面倒くさいことはしたくない、自分がやりたいことは面倒くさいことでも自分でやるし人に任せることもしない、ある部分についてはこだわりが強すぎる、ということを傾向にあります。

 
正直、他の人の業務の進め方に怒りを覚えることもあるのですよね。


怒りを覚える場合

 
特に怒りを覚えるのは、その業務がいろいろな人を巻き込んで進めていくことが必要な業務である場合に、ある特定の人や部署の理屈で進めようとしていることを感じ取った場合です。

 
それをしてしまうと、結局のところは他の人や部署に対して、自分たちが尊重されていないという思いを抱かせることがあります。
 
そう思われてしまうと、しこりが残るというか、中長期的な不満の種をまいてしまうというか、チームとして長期的にはうまくいかない、ということの遠因になってしまいます。
 
もちろん、その進め方をしようとしている人や部署のやり方や意見が最終的には正しいこともあるでしょうし、最善解であるのかもしれません。
 

しかし例えそうだとしても、なぜそれが最善解であるのか、あるいはその可能性があるのか、ということをしっかりと説明しないと、先ほど言ったように中長期的な不満の種をまいてしまうと思うのです。

 
説明をして、100%納得してもらえるかどうかというのはまた別問題かもしれませんが、あなたが言っていることが正しいかどうかはわからないけれども、正しい可能性はありますね、ということをどこまで理解してもらえるか、もちろん、それが正解ではないかもしれませんが、チームとしては正解だと思えた、という状況があることが大切だと思います。
 
もし正解だと思えたのに、正解ではなかった場合、なぜ正解ではなかったのかを考えることも皆が前向きになれると思います。
 
なんか勝手にある人や部署が進めた、となった場合、そもそもうまくいくと思っていなかったんだというように思われてしまいますので、なぜうまくいかなかったのかの理由が、あの人やあの部署のせいだ、という風にしかならないんですよね。
 
そうなると全く失敗からのリカバリーというのが機能しないと思うのです。


やり方は悪いかも

 
ただ、そういう進め方をしようとする人に対して、怒りをもって接して文句を言うということを私がするのかと言われると、しません。

 
出来ればみんな仲良くしたいという思いがここでも出てきて、どううまく言えば議論やけんかを避けつつ、相手に納得してもらえるか、最終的には遠回しなやり方でも色々な人の同意を得るための進め方にできるようになんとか持っていく、というようなやり方をします。
 
で、これをすると、もちろん場合によっては結果としてはそういう方法論に持っていくことはできますが、なぜ私がそういうことをしようとしているのかの真意は伝わりません。
 
となると、結局、水漏れした部分をふさごうとしているだけで、言われている当事者は本当の理由は理解しないまま、今後も同じようなことを繰り返す可能性は残るわけです。
 
それがいいのか悪いのかと言われれば、多分悪いのだと思いますが、サラリーマンとしては何とか今うまくいけばいいという思いでやっておりますので、許してほしいですね。

 
  

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セミリタイアと節約

 




 

 

私はセミリタイアを実現するために、コツコツと資産形成をしているわけです。

 

もちろん、無理のない範囲で、つまり過度な節約はせずに、時にはおいしいものを食べ、時には旅行に行き、お金を使いながら、一方では無駄な出費はなるべくせずに貯蓄を貯めていくというような感じです。

 

実際に、さすがに50%増とかは無理ですけれども、もっと貯蓄のペースを上げようと思えば、家族の了承さえ得られればできるのではないかと思います。



それでいいのかどうか

 


ただ、そういう時に一方で思うのは、果たしてその人生でいいのか、ということです。

 

仮にセミリタイアを成し遂げた場合ですが、その場合には私は今よりもっと節約した生活をしなければならないと思っています。

 

そうなると、旅行にはそんなにいけないと思いますし、海外旅行なんてのももってのほかだと思います。

 

資産の切り崩しをするのはできるだけ人生の後の方がいいはずですので。

 

で、そうすると、資産形成をして、仕事のストレスを削減したいから楽に生きたい、セミリタイアしたいという思いは達成できたとしても、色々な経験をしてみたいという思いは達成できない可能性があります。

 

色々な経験をしたいからお金がたくさんいる、となったら仕事をしてお金を稼がないといけませんから、そうなるとセミリタイアをする時期は遅れます。



優先順位


 

そうなると、はたして、どちらを優先するのがいいのか、という疑問にぶち当たります。

 

既にセミリタイアやFIREを達成された人の中には、本当に節約節約の生活をしながら過ごされている人がいるわけで、シンプルな暮らしをすることがむしろ豊かな暮らしである、という風に言われる方もいます。

 

まあ、時間は縛られていないわけですし、どういう時間の使い方をするのかの選択権が自分にあるという点では、それもそうだろうなと思います。

 

で、そういう生活が自分にとって本当にいいのか、ということを考えると、たまには旅行するとかないとしんどいだろうな、と思う自分が確実にいます。

 

もういろいろなところには一通り行って、満足した状態でセミリタイア生活に入るというのが実は自分にとっては幸せなのかもしれないとも思います。

 

たとえその場合でも、ストレスからは一目散に逃げたいですし、距離を置きたいですけれどもね。

 

旅行をする楽しみがあるからストレスにも耐えられる、というわけではないのです。



不確実性


 

また、最大のポイントとして、人生がいつ終わるのかは誰にも分からないという点も問題ですね。

 

セミリタイアを目指して節約節約をしていた場合でも、人生がある日突然終わってしまえば、目指していたはずのセミリタイア生活に一切入ることがないわけです。

 

目的は達成できないばかりか、そのために努力していたことも、自分の人生という視点ではまったく意味のないことだった、なんてことが起こりえるわけですから、それはそれで悲劇だよな、と思います。

 

そうは言っても、今日も一日の中で無駄に思える時間を過ごすこともあるわけですから、必ずしも有限の時間を大切にしているわけでもない、という不思議な状況なわけですが。

 

 


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組織の壁を越える





 

 

 

仕事をしていますと、組織としては組織のルールで動かないといけない、ものだと思います。

 

一方で、たまに組織のルールと個人の意思のはざまで揺れ動く人に出会います。

 

それは決して、組織のルールに従わない無法者ということではなくて、組織のルールがそうなっていることは理解しているが、よりよい形を目指すためにはそのルールから少し逸脱しなければならないのではないかという揺れ動きをしているということです。


尊敬

 


私としては、そういう考えをする、できる人はすごいな、と思います。

 

中には、かなりドライに、それは自分の部署の、あるいは自分の守備範囲ではないというように杓子定規にバッサリいったり、決めてくれたら動くから決めてくれ、という主張をしたりする人もいます。

 

確かにその方が効率的であったり、明確であったりするというのはあると思いますし、だからこそ欧米ではジョブディスクリプションが明確に定められているということもあるのでしょう。

 

それはそれとして理解はするし、自分の守備範囲ではないのかもしれないけれども、自分が負担をすることで、よりよいものができるのではあればその苦労はいとわない、という姿勢そのものは尊敬します。

 


デメリットもある



もしかしたら、中には、自分が得意・思い入れのある業務を引き続きしていたいから、そのような主張をする人がいるかもしれませんので、その場合はよくないとは思います。

 

また、たとえそうでなくても、デメリットはありまして、その人はそれでいいかもしれないしそれができるかもしれないけれども、組織としての継続性が担保はできない、つまりもし後任の人が来た場合に、その人が同じような業務はできない可能性があります。

 

そうなると、もしも仮に前任の人はそうしていたのだから、後任の人も同じようにしてください、となると対応できなくなってしまうということがあり得て、そのことが何かしらのひずみを生んでしまうということもあり得るわけです。

 

まあ、だからこそ人の入れ替わりが比較的流動的な欧米企業では、ジョブディスクリプションによる業務の明確化を図ることで、継続性の方を重視しようとするのかもしれません。

 

翻ってそのことが、属人的な業務を減らすことにも貢献しているのかもしれませんし、責任権限の明確化にもつながっているのかもしれません。


 

応援してしまった



私の場合、決めてくれたら動きますよという姿勢でいたり、業務をできるだけ任せたりした方が楽ですし、ストレスも少なくていいかなと思っています。

 

ただし、能動的に動いた方が業務そのものが面白くなることも理解しています。

 

ただ、いたずらに負担は増やしたくないですし、多くの人が同じように思っているのではないかと思う中で、組織のルールに少し逸脱してでも、自分が貢献することでよりよい結果を追い求めたいという意見はシンプルに尊敬します。

 

もしもやり方に筋を通す、例えば個人で突っ走るのではなくて、根回しをして周りの同意を取りながらその人がかかわれる仕組みをつくる、とか、周りを説得して進めるのであれば、そういう姿勢は応援したいなと思います。

 

まあ、その人が優秀な人であるというのは大前提ですけれどもね。

 

もしもそうでないと、ただ単に業務をかき乱すだけになってしまいますから、絶対によくありません。

 

今日、そういう人にたまたま出会いまして、自分にできることであればサポートしますよとついつい言ってしまいましたが、その人の話を聞いていて、尊敬と共になんだか少しうれしい気持ちにもなりました。



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想像するセミリタイア志願者



 

子どもと一緒に図鑑を見ていて思ったのですが、ティラノサウルスの想像復元イメージが、時代を経て変わってきていることは多くの皆さんの知るところだと思います。

 

確かに、私の子供のころは結構、前足(手?)も大きくて、しかも俊敏な動きをして、恐竜の王みたいに言われていたのが、いや、実は前足はすごくひょろひょろだったんではないかとか、走るのもそんなに速くなかったのではないかとか、最近に至っては、鳥のようなカラフルな羽毛がついていたのではないか、とか言われています。

 

冷静に考えてみると、この10年くらいでも大きく変わったのではないかと思います。

 

そのうち、海辺で魚を食べていたとかいう話にもなるのではないかとか、実は草食だったとか、そんな話になっても驚かないくらいになっています。



正解はわからない

 


というか、そもそもがあくまでも想像のイメージですので、今のイメージが正しいのかどうかも分からないんですよね。

 

もしかしたら、当初の恐竜の王だった、というイメージが正しいのかもしれませんし、今となっては何が正解なのかは誰にもわかりません。

 

むしろ、どんな正解であったとしても、それが一体なんなんだという話だとも思います。

 

何か今の生活に関係あるの?と野暮な質問をしてくる人がいたら、ないですね、と正直に答えると思います。

 

反論するとしたら、あなたの興味はあなたの生活に関係あることだけなのですか?それって私から見たらつまらなく見えますね。ということになるでしょうが、正直変に対立を生む必要はありません。

 

なぜ?



さてなぜこのようなことをブログに書いているかというと、サイキュロプスという単眼の想像上の生き物(なのか?)について、昔の人は象の頭蓋骨を見て、一つ目の大きな生物がいたと想像したのではないか、という説があることを知ったからです。

 

ドラクエに出てくるモンスターでいうところのギガンテスみたいなやつです。

 

サイクロプスって、X-Menにもいましたよね。目からビームを出すキャラです。

 

象の頭蓋骨って、額の部分がべこっとへこんでいて、牙があってという形状のようで、そこだけから想像を膨らませると、単眼で牙のある大きな生き物がいた証拠なのではないか、と思ったのではないかという説なのですが、それなりに信ぴょう性がある説だなと思います。

 

想像なんてまあそんなものですし、先ほども述べたように何が本当の正解なんて、見たこともない中ではわかりませんし、昔はいたるところに象がいた、なんてこともないでしょうしね。

 

そう考えると、今まで我々が当然と思っていることも実は違っていましたなんてことは起こりえるわけですし、そうなるともちろん困ったことにもなるかもしれませんが、面白くもあるなと思います。



本当は夢に溢れた世界

 


単純に、夢があるなと思います。

 

思えば、トロイ遺跡を発見したシュリーマンも、当時の人たちはあれは作り話だと思っていたのを、彼は現実の話だと信じて、その結果として大発見につながったわけです。

 

今でも、メキシコのジャングルの中には、発見されていないアステカ文明の古代遺跡が隠されているのではないかともいわれています。

 

実はこの世にはまだまだ我々が知らないこと、あるいは間違って知っていることがたくさんあるのではないか、そしてそれを全部正しく知ることは不可能なのではないか、ということですよね。

 

日常生活を送る上では、ある程度これは正しいものだとしておかないと、全てを疑い始めたら脳がショートしますし、ある種そこまで深く考えることはしないのが人間なのでしょうが、意外とそれらですら間違っているかもしれない、という事実は、この世界を面白くすることに寄与しているのではないかと思います。

 

自分たちが思っているよりもこの世界は不思議で、まだまだ広いっていうことでしょう。

 

だから、なるべくこの世界を楽しんで生きるようにしましょう!

 


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健康を考えるセミリタイア志願者



 

人生を楽しむには何よりも健康第一です。

 

特にコロナ禍において、妻からは基本的に外に出ることを禁じられており、またテレワークで一日中家の中でデスクワークをしておりました。

 

一方で、家の中にいるので食事はしっかりととるようになりましたし、お酒を飲む機会も逆に増えていたような気がします。

 

結果として何が起きたのかというと、当然、体重が増えるということでした。

 

体重が増えるだけならまだいいのですが、コレステロール値も上がってしまいまして、健康診断の機会に指摘されたということもありました。


ジョギング再開

 

もともと、定期的に体を動かすことは好きでしたし、抵抗もありませんでしたので、コロナが少し落ち着き始めて、またコロナウイルスとはどんなウイルスなのかが少しわかってきた段階で、ジョギングをするようになりました。

 

コロナ禍の前にもジョギングそのものはやっており、月に100km走る機会もそこそこありましたし、場合によっては週1で30km走をするというようなこともありました。

 

コロナも落ち着いてきましたので、体重管理の点もあって、一昨年の末くらいからまたジョギングを再開しました。

 

ジョギングをする際には大体1回あたり10kmから20kmくらいを走りますので、1時間から2時間くらいはどうしても時間がかかります。

 

さらに、それくらい走ると当然体力も使います。

 

仮にですが、夜に仕事が終わってから走ると、翌朝にも疲れが残っているというくらい体力を使います。

 

意外と睡眠時間をとっても疲れは残っているんですよね。

 

そんな中で、走るための気力も大事になりますので、例えば仕事が忙しいとか、出張が多いとか、精神的に参っているとか、そういう場合にはそもそも走れません。

 

一度走り始めれば、あとは頑張って走るぞとなりますが、その走り始めるまでの準備も必要なのです。

 

ただなんだかんだあって、距離の大小はありますが、今年もしっかりと続けられています。

 

そのおかげで体重が落ちたかというと、実はそれほど落ちてはいないのですが、増えてはいないので、まあ効果はあるのだろうなと思っています。

 

食べる量は別に増えてはいないはずなので、摂取カロリー自体も増えていないと思いますので、その点も健康的ではあるかと思います。


継続性

 

しかしながら、もしもジョギングするのをやめたら、体重は増えていくことになると思いますので、この体調管理を継続するためには、私はジョギングし続けなければなりません。

 

ジョギングをやめれば、恐らく体重はリバウンドするのでしょう。

 

自分としては苦痛ではありませんが、中長期的に継続性があるのかどうかちょっと良く分からないので、この体調管理を継続するのか、考えないといけません。

 




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興味深い記事を読みました






ライフネット生命を設立した出口さんが書かれた、ダーウィンの進化論とビジネスの関係に関するネット記事を読みました。

 

非常に読みやすくて、わかりやすいですし、ビジネスに関わるだけでなくて、私生活にも関わってくる内容だと思いますので、興味があれば検索して読んでみることをおすすめします。


運が大事とは

 

私も思うことで、よく言われもしますが、運が大事ということ。

 

例えば、出世も異動も運が大事。

 

出口さんは、ではこの運とはなにか、運を掴むとは何かを説明しようとされています。

 

彼の説明に、棚からぼたもちの話がでてきます。

 

ざっくり言うと、棚からいつぼたもちが落ちるのかは誰にも予測できないが、ぼたもちが落ちそう、落ちてきたタイミングで棚の下にいれるかどうかの決定要因は運の要素だけではない、ということです。

私なりに解釈しますと、例えば、仕事の出世の話でいえば、たまたまポジションが空いて、昇進の話が持ち上がったとします。

そのこと自体はたまたまですが、そこに誰があてがわれるのかが決まる際には、その意思決定をできる人たちの中で覚えが良い人であったり、そのポジションにつけたいと思ってもらえる人であるわけです。

ということは、そのポジションにつけてもらった人からすれば確かに運が良かったという要素はあるものの、そうなった背景には運だけではない要因が確実にあるわけです。

もちろん、誰がそのポジションに着くのか、くじを引いて決めましょうということであれば運の要素だけなのでしょうが、この場合は違います。

運の機会があるタイミングで、その運を活かせる人と活かせない人いうのはいて、なぜ活かせるのか活かせないのか、にも理由があるということなのだろうと思います。

また、出口さんは、とはいってもその運の機会に出会えるのかどうかはまさに運であるという主旨のことも述べられています。

先ほどのたとえ話で行くと、昇進させたいと思う部下が例えいたとしても、その機会やポジションそのものがない場合は、昇進はさせられません。

逆に、昇進させたいと思う部下がいなくても、ポジションの空き状況によって、昇進させなければならない状況もあり得ます。

そして、後者の部下の方が、前者の部下に比べて能力が低い、ということもありえるわけです。


まずやってみる


「最も強い者が生き残るのではなく、最も賢い者が生き延びるのでもない。唯一、生き残るのは変化できる者である。」というダーウィンの言葉があるように、出口さんはプロダクトアウトで最高のものをつくっても成功するかどうかは分からないし、それならむしろ、プロトタイプみたいなものを世に出してみて、顧客の意見を聞きながら改善させた方がビジネスの成功への近道だよね、というような考えを示唆されています。

結構、米国のIT企業なんかはそういう考えをするとことが多いと言われることもありますよね。

当然、顧客の意見を聞きながら改善させるとした場合でも、いったんネガティブな印象がついてしまうとそれを払しょくするのは難しいですので、プロトタイプの質も決して悪いものではないというのが大前提であるとは思いますけれども。

また、人の命にかかわるようなモノやサービスでは、やはり、細部にまでこだわるということが大切になるような気もします。

世の中に新しい価値を生み出された人の意見としても説得力がありますし、読んでいてわかりやすくて面白い主張だなと印象に残りました。


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出社してこない同僚たち


 

徐々に暖かくなってきましたね。
 
春の訪れを感じます。
 
朝も明るくなるのが早くなってきましたので、早朝散歩をしていてもなんだか気持ちの良い季節になってきました。
 
まだ暗くて寒い朝に、温かいコーヒーを片手に散歩をするのもいいものですが、明るくなりつつある空を見ながら、やはり温かいコーヒー片手に散歩をするのもまた良いものです。
 
私の場合は散歩ができるのは土日など、朝から会議のない日に限られますので、平日はできないですけれどもね。


オフィスに人が来ない

 
というか、オフィスに出社しましょうというのが部署の方針といったのは嘘だったのか、と思うくらい、上の人たちは来ない日も多いです。

 
まあ、間違いなく、上の人たちだって楽な働き方の方がいいはずですしょうし、テレワークの方が働きやすいのでしょうね。
 
そんな中で律義に出社する私を、人は社畜と呼ぶのかもしれませんし、もしかしたら実際にそうかもしれませんが、平日は元気に朝早くから出社しています。
 
さて、そんなこんなでオフィスに行っている分、他にオフィスに来ている人とのコミュニケーションを取る機会は多くなっていまして、それはそれでいい影響があるなとは思います。
 
仕事をする上での会話はもちろんですが、色々な人と他愛ない世間話をする機会がありますので、その中で新しい情報を得ることもありますし、今度飲みに行こうか、みたいな話になってそこまでまたいろいろ教えてもらうなんでこともあります。
 
コロナ禍の前は結構そういう機会がありましたが、コロナ禍で出社制限がある中ではそういうのはなかなか難しかったです。
 
もちろん、自分一人でできる仕事だけをやっていたり、作業がメインであったり、ある程度仕事の進め方を知っていれば、テレワークで仕事を進めるので事足りると思うのですが、そうではなくて人と会話をしながら進めていくことが必要な仕事をしている人にとっては、やはり対面でのコミュニケーションや情報取得が必要になるのではないかと思います。
 
本当にふとした世間話の中で、あ、そういうことなのかな、なんて気づくことがあったり、もう少しオフィスで聞いてみようなんて風に思ったりすることもありますから。


コロナ禍での苦労

 
そういう意味では、コロナ禍で新しく社会人生活を始めた人や、新しい部署に異動した人などは大変だったのだろうと想像できます。
 
実を言えば私もそうだったのですが、人間関係もなければ、仕事での知識もないまま、新しい仕事に取り組むというのはかなり難しいものがあります。
 
やってみればテレワークが楽だというのは、確かに通勤時間が無くなることを考えたり、無駄な飲み会に誘われなかったりという意味では、時間を効率的に使うという意味では正しいのでしょうが、そればかりだと抜け落ちてしまうこともあるのではないかと思います。
 
とはいえ、毎日出社せよ、というパワハラだと言われかねない環境下ですので、他人には押し付けられないですけれどもね。
 
というか、そう言ったはずの上に人たちがそうしていないというこの状況こそ、私は少し唖然とはしておりますけれども。
 
 
 
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リセッションに怯えるセミリタイア志願者





 

 

米国でスタートアップ系の企業の資金調達を担っていたシリコンバレー銀行が破綻しました。


すみません、この銀行を知りませんでした。

 

景気減速に加えて、金利の上昇で資金調達が難しくなっていた環境下で、さらに頼られていた銀行の資金繰りが悪化して破綻となってしまったわけです。

 

その銀行に頼って資金繰りをしていたスタートアップ系の会社も多いということで、今度はそれらの企業にも影響を与えて、連鎖破綻を起こすのではないかという懸念もあります。

 

もしそうなれば、当然ながら日本経済も影響を受けるのでしょう。


リーマンショック再び?

 


約15年前のリーマンショックに次ぐ規模の影響があるのではないかと言われていますし、実際に日経平均も大きく下げています。

 

その話がなかった場合でも、各企業が人員削減を進めているというニュースがありましたし、ロシアとウクライナの戦争の話、コロナの話なんかもあって、世界経済が減速するのではないかという予想はずっとありましたけれども、銀行の破綻まで盛り込んでいた予測はなかったのではないかと思います。

 

はてさて、どういう影響が今後出てくるのかというのはまだまだ分かりませんが、短期的にはいい影響が出てくるということにはならずに、悪い影響がでるか、その影響をどこまで食い止められるか、ということになるのでしょう。

 

私の私見ですが、こういう場合、もちろん富裕層も影響を受けるのですが、高価なブランド品などの売上はそこまで影響を受けない、あるいは回復が早い、と考えています。

 

そもそも、それらのブランド品は一般庶民はあまり買わずに、富裕層が多く買っているのでしょうが、彼らは影響を受けた場合でも致命傷になることは少なく、一時期は消費を控えても、何となりそうだなとなるとすぐに消費行動が元通りになるからだと思っています。

 

一方で、一般庶民の場合はより影響が大きくなりますので、一度消費が落ちてしまうと、それがずるずると続いてしまうのです。

 

100億円持っている人と、1000万円持っている人で、同じく資産の10%がなくなった場合を考えても、それでも90億円手元に残る人と、900万円しか残らない人では実際の生活への影響は全く異なるのではないでしょうか。

 

そして、なぜだかなのですが、こういうリセッションが起こると貧富の差が拡大するのです。

 

資産を多く持っている富裕層は、何らかの手段でポートフォリオマネジメントして、景気回復の波に乗るからなのだろうと思いますが、それはまさに彼らが富裕層だからこそできることなのでしょう。

 

セミリタイアを目指している身としては、富裕層のレベルまで資産をつくるのは不可能だとは思っていますので、リセッションともうまく付き合えるようにならないと、それはそれで不安やストレスを感じる日々になってしまうのだろうなと思います。

 

いずれにせよ、大きな悪い経済影響に波及していかないよう、今は願うばかりです。


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節酒を続けるセミリタイア志願者



最近、というか今年から節酒をしているのはこれまでも何回か書いておりますが、徐々に平日にはお酒を飲まなくても大丈夫になってきました。

もちろん、平日に飲み会があれば飲みますが、その際も量としては、周りに失礼や心配させることにはならない程度に、控えめな量を飲むようにしています。

一昔前なら、体育会系のノリで、無理やりお酒を飲ませてくる先輩もいましたが、今のご時世ではそういうのは少なくなりました。

少なくなっただけで、まだそういうことがある、というのは耳にしますけど、少なくとも私の近いところではありません。

いいことです。


楽しみ方


お酒を飲むと、少し気持ち良くなって、料理とも食べ合わせを楽しめます。

そもそも美味しいと思えるお酒もありますし、楽しむことができるのはいいことです。

飲みすぎては毒だけど、少量飲むくらいなら薬にもなる、という論調もありますが、また別の人に言わせると、少量でも毒で、とにかく飲まないに越したことはない、というものもあります。

少量でも毒と言われると、なんだか飲まない方がいいのかなと思いますね。

ただそんなことを言い出すと、安全性が確認されている食品添加物についてはどうかも気になります。

結局は、適切な量をある期間摂取し続けた場合にどうかであって、そこには数十年の期間のことは考慮されていないでしょう。

中にはそういった添加物は極力排除した食生活を送っている人もいます。

実際にはなかなか、現代社会においては難しいですが、不可能ではありません。

徹底しようとすると、外食はできなくなると思いますが、なるべる回避しようとするのは可能です。

ま、よほどのものでない限りは、気にせずに美味しいものを食べようよ、と思いますし、私にとってのお酒もそんなものです。

ただし、お酒は飲み過ぎ注意なのは間違いありません。

体を壊したら元も子もありませんから。



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上長との面談に挑むセミリタイア志願者



上長との面談がありました。


一年に数度、パフォーマンスレビューや目標設定やその振り返りのために、上長と面談をするのです。


恐らく、多くの会社で同様の仕組みがありますよね。


そもそも緊張する場面ですが、その面談で質問がありました。


質問


人間関係はうまくいっていますか?


もしも、私が世界の七不思議を決めていいなら、その一丁目一番地として、選びますね。


ちなみにこの表現は古い表現みたいです。


人間関係がうまくいっていない相手から、人間関係がうまくいっているかどうかを尋ねられる。


そこで、いやあなたと上手くいっていませんって答えられるくらいなら、多分、とうの昔に関係性は破綻してるでしょうね。


どうすりゃいいの、この質問。


というか、世の中には自分の上長と関係性がうまくいっていない部下なんて山ほどいますよね、多分。


ということは、こんな恐ろしい謎質問が世の中の至る所で問いかけられている恐れがあるということでしょうか?


世の中のアクティビスト達は早くこの現実に抗議の声をあげてほしい!


強盗が銃をつきつけながら、今なにか不安に思うことはありますか?って質問しているようなものですよね?


いや、強盗はまだ状況を理解しているから違うか。


自分が恋していてなかなか告白できない人から、今好きな人いるの?って質問されるようなものか?


いるって答えたら、えっ?誰?教えて?ってなるし、そうなったら今告白するのかどうか、果たして勝算はあるのか?


いないって答えたら、それはそれで、もしもの場合に、あっ、なんだ、私は好かれてないんだなって思われるリスクがあるかもしれない。


で、この上長の質問にはなんて答えたらいいのでしょうか。


上長はいろいろと理解した上で訪ねているのか、それとも機械的な質問なのか。


回答


で、結局、まあ、まあまあやっていけてるかなと思います、と答えざるを得ませんでした。


上長は、なんか悩んでいるんだったらちゃんと言えよ、と言っていましたが、これはコントなのかと思いました。


無茶苦茶に悩んでますけど?


しかし、一つ理解が深まったことはありました。


将来どうしたいの質問があり、私なりにこういう新しい方向にも興味が出てきましたと答えました。


そこに直接どうこうはありませんでしたが、さらっと、俺はこういう方向が向いていると思うよと、違う方向を勧められました。


いい、悪いではなく、ああそう思われているんだなと感じることができましたので、それは良かったかなと思いました。


今後数年、上長がいる限りはこういう方向の仕事はしないのだろう、そういう部署への異動も可能性は低いのだろう、と想像できたのはいいことかもしれません。


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