忘年会の余興を任されるセミリタイア志願者




12月になると、忘年会の季節ですね。

会社関連、部署関連、プライベート関連、なんだかんだで思い出したかのように飲み会が入ります。

出費はもちろん痛いですが、1年に1度、元気にしてる?なんて集まる仲間もいるので、まあそれなりに有意義に過ごす時期でもあります。

普段集まらなくても、言い訳ができるというか、いい機会というか。

飲み会は嫌いだと言う人もいるでしょうが、私は毎日ではないたまにのことなら好きですね。

12月はたまたま頻度が上がるだけです。

幹事をするのは大変ですが、まあそれもまた一興。

そういや、以前に忘年会で私をめっちゃいじろうとしてくれて、楽しみにしといてくださいね、くらい言われたのに、結果どスベリしてて、どうしようってなったのを思い出しました。

キャラによって、攻めてはいけないラインがあるのでしょう。

余興担当

で、なんでか部署の飲み会の余興担当を命ぜられました。

これは確実に上長の陰謀です。

そんなの得意じゃないのは知ってるだろうし、もっと若い人いるじゃないですか。。。

お前がやれよ。で、なにすんの?盛り上げてね?じゃないですよ、ほんとに。

そもそも、去年はなにもやっていません。

そういや、コロナだったけど、お疲れ様、みんなありがとうね、くらいの緩い飲み会でした。

今年は余興??

いや、やるのはいいとして、それやるなら仕事としてになりますよ?

だって、中途半端に雑なことはできないし、空回りしてスベるのもいやだし、ある程度真面目に考えないと、となると、これは部署としての仕事です。

片手間にやったら後から何を言われるかわかりませんし。

こういうのって、若手の慣れないけど頑張ってるなあ感を感じて、微笑ましく温かい目で見る、みたいな感じなんじゃないですっけ?

よっ、盛り上げてくれてありがとう!ってな風に。

私はもうそんな温かい目で見てもらえる若手じゃないですよ?

なんかあったら、あーあ、あの人やっちゃってるよ、ですよ?

で、あの人すごいとは絶対にならないじゃないですか。

ということは。。

憂鬱な日々

さて、私はネタ出しからしないといけないので、本当に憂鬱な日々です。

プロジェクト化してもらっていい仕事でしょう、これは。

若手、誰か手伝ってくれっとチラ見しても、誰も名乗り出るどころか、目を合わせてくれません。

上長もそれを見て何も言いません。

どーしよ。


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詰められる度にセミリタイアの意志を強くする




上長からくる、状況を報告してくださいの言葉は私の胃をキュッとさせます。

基本的にいい状況じゃないし。

メールならまだいいですが、対面でやられると、変な言い間違いができない詰将棋になるので、より焦ります。

本人は詰将棋をしている感覚はないのがさらに厄介です。

勇者たち

ただ中には、めっちゃボロクソ言われて、やられたようになりつつ、終わったらケロッとしている人もいるんですよね。

大変だったねーと傷を舐めあおうとはするのですが、まあいつものことやろ、みたいな感じで受け流している人。

かなりうらやましいです。

気にしすぎないのはいけませんが、気にしすぎるのもいけないと思うので、その鋼の如き精神を少し分けてほしいです。

でも結局はそうやって受け流せる人が強いし、うまく生きていけると思います。

悪く言えば不感症というやつですね。

あとは、なぜかキャラで許されてしまう人もうらやましいですね。

愛されキャラとも言えるでしょう。

例え怒られていてもなんだかおもしろい。

周りを暗くしない。

これは、天性の資質ですので、後天的には身につけられないと思っています。

ずるいなあと思いますが、本当にこればかりは才能です。

わざとやっていたら必ずボロが出ますし、嫌われます。

ぶりっ子が嫌われるのと一緒です。

人から嫌われず、むしろ好かれるのはそれが本当に天性のものだからです。

計算がそこにはない、自然体。

私も時々、戦略的なバカを演じようとしますが、なぜかうまくいかずに怒りに精油を注ぎがちです。

多分、白々しいか、わざとらしいのでしょう。

勇者手前の猛者

さらには、返しが抜群にうまい人がいます。

なんというか、あまり具体的に答えてはいないけど、ポジティブな形で、うまく相手を満足させつつ、納得させる返しができる人。

口頭での返しの際に効果が抜群です。

ただし、勘の鋭い人には、具体的にどういうことか追加質問を受けたり、より範囲を狭めた回答を求められる場合があります。

その際はたまに沈没していきます。

だから勇者手前なのです。

ああ、惜しかったね、と哀悼の意を表さざるを得ません。

大丈夫、それでも、私に比べたら十分戦えています。

少なくとも、私はあなたに希望を見た。

そして今日も

私は上長から皆の前で詰められ、とにかく謝り、改善を誓い、そしてセミリタイアへの意志を固くするのでした。

まあ、上長の言っていることがいつも理不尽なわけではないですけどね。

意味があって怒られることもあります。

でも、この年になって、立たされて怒られるんだものなあ。。

すまないな、周りで空気の悪さを感じている人たち。

私を反面教師として学んでください。

今夜一杯どうですかの言葉、待ってます。



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セミリタイアに関する極端な論調




YouTubeで、インフルエンサーと呼ばれる人で特にその分野の専門家でもない人が、色々とらしい知識を語る内容があるみたいです。

ある程度、情報を濾過しながら受け取れる人であればまあいいと思いますが、そうではなく、この人が言うなら真実だろうと盲目的に信じてしまう人もそれなりにいるようです。

それも、悪いことに少し曲解して。

会社での会話

ウクライナとロシアの戦争について、落とし所がわからない、いつまで続くのか、というような会話を会社の昼休みにしていたのですが、とある人が、そもそもこの戦争が始まったのは核放棄をしたウクライナが悪い、ということを言いました。

なぜ核放棄なんてしたのか、だから戦争が起きた、という論調です。

因果が無茶苦茶な気がそもそもします。

ウクライナがなぜ核保有を諦めたのかの議論はさておき、私が尋ねたのは、「ならば、北朝鮮が核保有をすることも賛成だし、日本が核保有することも賛成ですか?」ということです。

賛成なら賛成でいいのですが、その人は以前から、北朝鮮はなぜあんなにミサイルを撃つんだとも言っていたので、無茶を言うなと思って尋ねたのです。

どうも、YouTubeで有名な人がそう言っていたので、そうかと思って言ったとのことです。

どこまで「そう」言っていたのかは分かりませんが、私は部分的には言っていても、解釈部分は違うのではないかとは勝手に思いました。

具体的には、ウクライナが悪いと思ったのはその人の感想だったのではないかと。

ただ、そうであっても、ウクライナが核保有を諦めたことが今回の戦争の大きな遠因になっているとまことしやかに言っているのであれば、物事を単純化、極端な解釈をしているんじゃないかなと思いました。

で、そういう話が多くの人が見聞きするYouTubeで流れていることに驚きました。

専門家でもない人の話は、話半分に聞かないと。。

セミリタイアの話

セミリタイアの話も、色々な人が情報発信をしていますが、セミリタイアこそが正義であると喧伝する人もいれば、バランスよく色々書いている人もいれば、セミリタイアしても人生良くならないと書いている人もいます。

何が正解かは分かりませんが、あまり極端な論調だけを捉えて、セミリタイアとは、をイメージしない方がいいのだろうなと思います。

もしかしたら全て真実かもしれませんけどね。

でも例えば、セミリタイアがこの世の苦しみから全て解放してくれるなんて論調は、絶対に儲かる投資商品くらい、要注意です。

人によっても、日によっても、色々と捉え方は変わるでしょうしね。

例えば、家族なんていらない、独身セミリタイア最高と謳う人が、街中で家族連れを見て、本当に何を感じているか、自分がそうなった場合にはどうか、必ずしも分かりませんからね。

まあ、家族がいないとダメなんてこともありませんし、家族がいるとセミリタイアの難易度が上がるのは事実でしょうけれども。

また、今の幸福度はなんとなく分かっても、10年後や20年後の幸福度は誰にも分かりませんし。

そして、未来に不幸だからと言って、過去に違う選択肢をとっていれば、より幸福になれたのかどうかも誰にもわからないのです。

結局、自分がどうありたいかを考えるしかないですね。

完全な幸福とか、完全に正しい判断なんてないでしょうしね。


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オフィスに出社すべきかしないべきか




ほぼ毎日ですが、米国と会議があります。

日本と米国の時差の関係上、日本側の私は早朝参加になりがちです。

コロナ禍ではオンライン参加メインでしたのでまだなんとかなっていましたが、オフィス出社が求められるようになり、状況は厳しくなりました。

会議に間に合うように出勤しないとダメですし、資料確認を考えると、会議ギリギリに出勤するのもいまいちです。

そうすると、仕方なく朝5時くらいには出勤開始になります。

米国側も就業後近辺での参加ですので、残業させていることはありますが、早朝側の方がきついと思います。

こういう状況なので、部署が対面コミュニケーション強化を目的にオフィス通勤開始の方針を議論した際に、目的は理解できるし、対面コミュニケーションは大切だけど、毎日通勤するのはきついので、週に何日かとかにして欲しい、と主張しました。

その際には、「会議が終わってから通勤するとかでも良い」とか、「対面コミュニケーションは大事だけど、自分が来る価値はないと思うのであれば来なくて良い」と、後者は半ば脅しのようなことを言われました。

会議が終わってから通勤する

一理ありそうですが、私は断続的に会議が入っています。

米国との会議が終わったら、日本で会議が始まります。

会社に通勤するには最低1時間は考えないといけません。

となると、ランチ休みの時間に移動するとか、お昼過ぎに移動するとかしかなくて、ランチを食べられなくなるか、就業時間中は2-3時間しかオフィスにいられないとなります。

それってどうなのか、と我ながら思い、この選択肢はないなと思いました。

価値がないと思うなら出社しなくていい

これって、一見、意思決定権を私に渡しているようで、実は選択肢をなくしているように思いました。

ある種の踏み絵ですよね。

よほど強靭な意志の持ち主か、異常に頑固な人か、あるいは不感症の人でない限り、それでも来ないという選択肢は取れないのではないでしょうか。

私も、価値は認めているのです。

その上で、毎日はきついので、頻度を少なくさせて欲しいというお願いだったのです。

もし、出社できる時はして欲しい、あるいは最低週に何日は出社して欲しい、と言われたら、印象はだいぶ変わるなと思います。

結局

毎日出社することにしました。

それが1番丸く収まるだろうと思ったからです。

ここで出社しない選択肢を選んだら、今後の仕事にいらぬ影響がでるかもと、怖くなったからです。

成果を出していれば気にしなくていいという人もいるかもしれませんが、私の仕事は数字だけで成果が測れるものではなく、プロセスも見られるので、そこでいらぬマイナスをされるのは得策ではないと考えました。

非合理的かもしれませんが、人間の感情は無視できません。

会社に行く肉体的ストレスを我慢することで、上から受ける精神的ストレスが軽くなるなら、私はそちらを選びます。 

それだけです。

私がセミリタイアしたいのはストレスレベルを減らしたいから。

その意味で、ストレスレベルを減らすための選択肢を選ぶのは私なりには合理的です。



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セミリタイア志願者が仕事の夢を語る




会社の周りの同僚や後輩、上司と話していると、結構みんな会社で将来やりたいことがあることに気づいて驚きます。

将来もっとこうしたい、こうなりたい、が明確で、かつ今の仕事をしていく延長線上に、その将来図があるので、あまり彼、彼女らの仕事に詳しくない私でも、ステップアップしたいと思っている道順が想像できます。

私が会社で人事権を持つ人であれば、かなり納得して腹落ちして、将来の人事異動に活かそうと思うはずです。

で、そういう話題になっていると、あなた(私)は将来どうなの?という話に当然なります。

正直に言って、私は会社での将来があまり見えていません。

セミリタイアしたいなと思っているのも一因でしょうし、そもそも会社でこの仕事がしたいという強い意志もありません。

海外赴任してみたいなと思うことはありますが、じゃあ赴任先でどんな仕事をするのかとなると、逆に何ができるのだろうかを悩んでしまいます。

そう言えば、実は以前に海外赴任の話が当時の上長にまでは来ていたみたいですが、最終的には上長が断ったという話は別ルートから聞きました。

そんな情報を漏らしたらダメだろうと思いますが、当時の上長が断ったのは結果的に正しいと思っています。

当たり障りのないことを答える

将来の夢は〜とは強く言えないので、今の仕事から言うとこういう方向がいいと思ってるけれども、それはそれで私のスペックでは難しいのも分かっているので、、、という感じです。

そもそも私のキャリアは、日本企業ならではかもしれませんが、業務や機能の一貫性は強くないまま、色々と部署を移り変わるというものです。

専門的にこれができるという業務はなく、満遍なくまあまあ色々分かりますよ、という感じです。

それはそれで強みなのかもしれませんが、それを活かしてこの仕事がやりたいです、できます、というほどではありません。

何にせよ、どんな仕事もやる気のある人に任せたほうがいいですからね。

私みたいな心持ちの人間よりかはそういう人を選んだ方がいいと思います。

あきらめ

あとは、あきらめですね。

私くらいの年齢になると、自分がこうしたいという意思よりかは、会社や周りがこれをやりなさい、という方が尊重されます。

まあ、長年私の働きを見て評価しているわけですから当然、私に合っていそうなことも分かりつつ、そこで変なチャレンジをさせて可能性に賭ける必要はないわけです。

リスクが大きすぎます。

となると、おおよそ、自分が任せられる仕事のカテゴリーは限定されます。

やりたいこと、やれること、やらなければならないことは区別されながら一部が重なることもあると、誰かが言っていましたが、正解だと思います。

やりたいことは必ずしも重要ではありません。

それでもやりたいこと

あえて言うならですが、私は誰ががやりたいことのお手伝いをして、実現に向けて動くことは好きです。

こんなことがしたいな、でもできないな、どうしよう、となっている人と一緒にアイデアを考えて、仮説を練って検証して、というのは好きです。

そのこと自体は私がやりたいことではないのかもしれませんが、お手伝いをさせていただいて、少しでも実現に近づけられれば幸せです。

でもそれって比較的どんな部署、どんな仕事でもできますからね。 

この仕事じゃないとダメというものではありません。


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世の不正に憤るセミリタイア志願者



東京オリンピック関連で贈賄や談合の話があった、とか、政治家に怪しい金の動きがあったとか、まあ不正の匂いがぷんぷんする話が毎日のようにでてきます。

そういう世界なんだろなとは、みんななんとなく分かっていたと思いますが、ここまでたくさんポロポロ出てくると、萎えますよね。

というか、今まではなんだかんだでうまく隠せていただけなんだろうなと思いますけど、なにかの潮目が変わったんでしょう。

金言

私が高校生の頃に、とある先生が言っていた言葉に大変感銘を受けた記憶があります。

為政者、聖人たれ。

古文や漢文の先生で、とある講習で何日間かだけお会いしただけです。

文章の内容だけではなく、時代背景や書かれた意味合いなどを考察して教えてくれるので、それだけでもいい先生だと思いますが、なんどもなんども、この言葉を言っていました。

つまりは、政を為すものは聖人君子でなくてはならない、ということです。

そうじゃないと、人民はついてこないよと。

古代中国では天下を取る人は聖人君子で、倒されるのはそうではない人がトップにいたから仕方ない、というような考えがあったことも背景にはあるかもしれません。

感受性豊かな10代の私は、そうだよなあなんて思いながら聞いていました。

日本は、2世議員というだけで国会議員になって、大臣にまでなれる国ですが、そんな人でも聖人君子なら、なにも問題ないんですよね。

世襲が悪いのではなく、世襲によって変な人が選ばれてしまうことが悪いだけです。

ため息

やれ生活が厳しいとか、子どもに満足に食べさせてあげれないとか、そんな話をニュースで聞く一方で、一部の階層は美味しい汁吸ってまんねんな〜というのが分かると、そら国民は怒りますよね。

貧困もまた自己責任論みたいなのもありますけど、だからといってある階層が不正をするのはいいという理屈には全くなりません。

というか、人間の欲望にはきりがないんでしょうかね。

彼ら、彼女らはすでに金も権力も十分にある人たちだと思いますけど、まだ自分のために欲しがるのですね。

少しでいいから、社会のセーフティネット整備にお金と権力を使うとかできないものかな。

私利私欲にまみれるくらいなら、いっそリタイアして暮らしてくれた方がよほど世の幸せのためですよ。

と、自分のことしか考えていないセミリタイア志願者が思うのでありました。



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セミリタイア志願者がW杯を語る




あの、サッカーのW杯って皆さんの周りで盛り上がってますか?

サッカー好きの人の話題にはなっている気はするのですが、全体的には周りの人はそんなに話をしてないなあという印象です。

フランスW杯、日韓W杯、ドイツW杯くらいは、まだ周りもそれなりに盛り上がっていたような記憶がありますが、そこから比べると盛り上がり度が低い気がします。

あの頃はまだ若かったから、私の興味の幅が広かっただけでしょうか。

逆に言えば、私が歳をとったから、固定観念が強くなってきた、興味の幅が狭くなってきただけ?

反論

そんな結論は悲しいので、反論を考えたいと思います。

例えば、ラグビーW杯が日本開催されたのが2019年でしたか。

あれ以降、ラグビーの面白さに気づき、ラグビーの国際大会や競合対決は追うようにしています。

新しい興味領域です。

えっ、今の日本の中心選手?

ラグビーの日本リーグ?

知りません。

雲行きが怪しくなってきました。

ただ、あのW杯を観た後に日本国内のラグビーリーグの試合を観て思ったのは、つまらないということでした。

悟空とセルの闘いを観た後に、ミスターサタンの戦いを観たような感じでしょうか。

だから、日本のリーグについては残念ながら興味がわかなかったのです。

一方で、欧州6カ国が集まるシックスネーションズは観てましたよ。

迫力があって面白かったです。

日本代表サッカーチーム

私はそもそもサッカーに詳しくはありませんので、私ごときが評価をしていいのかどうかわかりませんが、例えばW杯アジア予選の日本代表のサッカーを観ても、おもしろいと感じなくなりました。

本線で競合と戦っている試合の方がおもしろいと思います。

相手のレベルが高い分、日本がめっちゃ必死にやっているのが素人目でもわかるからでしょうか。

こりゃ力の差が歴然だわ、と思うこともありますが、相手がいるスポーツでは、それは仕方ないことですから。

ただ、そんな本戦もテレビにかじりついてでも観たい、とまでは思いません。

時間に余裕がないというのもありますが、片手間に観れるなら観てみようか、勝ち負けは気にしない、みたいな感じです。

もっと前は、今日は帰って日本代表の試合をみるぞってなってたんですけどね。

この変化はなんなのでしょうかね。

やはり、老いなのか。

しかし、いずれにせよ、日の丸を背負って戦える皆さんに敬意を表すると共に、健闘を祈らせていただきたいと思います。

皆さんはセミリタイア志願者とは程遠い、スポットライトを浴びるスターです!

安全なところから心無い批判をする人もいるでしょうが、気にしたらいけません。

そもそも別に、その人たちのためにプレーしてるわけじゃないし。



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上長の思うところ




なぜ、上長がそんなに仕事に燃えているのか、理由が謎だったのですが、最近会話をしていて、なんだか少し分かった気がしました。

上長は出世したいし、周りに愛されたいのだろうなあと。

同期との比較

上長の同期が出世頭の1人なのですが、その人に比べたら上長は出世していません。

とは言っても上長も出世はしており、評価はされていると思います。

多分、直接のライン関係でなければ、上長は仕事ではかなり頼りになる人物ではないかと思います。

直接のライン関係に入ると、きついですが。

ただ、出世って、仕事の能力以外にも、より上の人の寵愛を受けるかどうかにもよりますよね?

仕事の能力的に、上長とその出世頭の人の差異がどこまであるのかは知りませんが、その寵愛度合いの差で、同期の方が出世しているのが消化できないというのが一つあるのだと思います。

確かに、出世頭の人は、寵愛を受けているという話は私も人づてに聞いたことがあります。

仕事でより成果を出すことで、負けずに出世したいのだろうなと思いました。

部下の評価

さらに、上長はこれまで、部下を持った経験があまりなく、部下から感謝されたり、慕われた経験もあまりないようです。

仕事はできるのに、上からは思うように評価されず、下から評価された経験も少ない。

でも、そうあって欲しいという思いがあるのを、ぽろっと出していました。

部下を持った経験というのは、会社判断でそうなるわけですから、自分の意思とは違うところで物事が決まるので、かわいそうではあります。

ただ、申し訳ないですが、今のままであれば、個人的には、上長はあまり部下を持たない方がいいのではないかと思いますが。

上長が自身で気づいて変われればいいですが、人間関係の大切さを考えると、結構危ないと思います。

可哀想ではあるが

いずれにせよ、上からも下からも、思うように評価されていないと、本人が思っているのでしょう。

特に、うまく上の人に取り入った同期の方があれよあれよと出世しているのもおもしろくないと思っているのかなと。

仕事上のアウトプットの質や量と出世はある程度はマッチしますが、会社や組織って必ずしもそれだけではないですからね。

おこがましいですが、そんな上長に私がもったいないなあと思うのは、他人への寛容さが少ない点です。

組織人である以上、周りとどううまく付き合っていけるかは大切です。

自分が話題の中心でいたい、自分の意見を正しいとしてほしいとしすぎて、プライベートの話をしていても、しばしば自分の話題に切り替えて、相手の話を終わらせてしまう。

相手の主張と自分の主張を組み上げながら議論すればいいところを、自分が正しい前提でどちらが正しいかを明らかにしようとしがちで、それを上の人にもしてしまう。

立場や環境が違えば、いろいろな考えや行動があってよいのに、あまりそれを受け入れる懐がないなあ、なんて思います。

さらには、その表現方法がストレートすぎてきつい。

ポジティブに言うと、意志がある、意志が強いということですけどね。

私なんかと違って、仕事ができる人なので、出世して然るべきと思いますし、恐らくもう少し時間が経てば出世されると思います。

ただ、そうなった時には今のスタイルでは厳しいことになるのではないかとも思います。

意外と、上の人ってファジーなくらいがちょうど良いなんてことがあると思います。



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セミリタイアと人生100年時代




人生100年時代と言われて久しいですね。

定年の年齢も65歳だ、70歳だと延長され、合わせて年金支給開始年齢も後ろ倒しされるのでしょうか。

なんと言うか、シニア層の活用というよりかは、年金システムの維持の方が目的としては重きが置かれているのではないかと思いますね。

物事をポジティブに言い換えるのは良くある手段、手口です。

仕事をする上では、それが非常に役立つ時はあります。

ある種、言葉遊びですけどね。

健康寿命

ただ、人生100年時代と言いますが、健康寿命が90歳に伸びるわけではないと思います。

今の健康寿命は周りを見る限り75歳でギリギリだと思います。

現役時代に無理をした人はもっと早くに限界が来るかもしれません。

ストレスや暴飲暴食は確実に体を蝕みます。(かと言って、健康食ばかり食べるべきとは全く思いません。そんなの楽しくないですよ。)

その健康寿命は今後も大幅に伸びないのではないかと思うのは、寿命が伸びているのは医療技術の進歩で、過去には亡くなっていた方の延命ができるようになったからではないかと思うからです。

別にみんながより健康になっているわけではない、ということです。

まあ、別に早く死にたいとは思いませんが、無理して長生きをしたくもないですね。

満足いくまで生きたなあと思えるのがいつになるのかは全く分かりませんが、少なくとも今はもっと永く、健康に生きたいなあと思います。

高年配社員

なんとお呼びすれば良いのか分からないので、仮に高年配社員と呼ばせていただきます。

弊社にもおられます。

例えば、すでに退職の年齢だけど、その経験を買われて、嘱託社員として働かれている方。

人生100年時代で退職年齢が引き上げられたとしても、まず役職定年はそんなに引き上げられないでしょう。

変化の早い世の中への対応として、組織の新陳代謝はむしろ促される方向に進むと思うからです。

嘱託社員は、すでに権限は持たれていないので、そういう意味ではあくまでも、先輩社員みたいなものです。

役職定年者もちょっとは違いますが、まあ似たようなものでしょう。

しかし、そういう方は過去にはそれなりのポジションで意思決定にも関わってこられているので、そういう姿勢が抜けないまま、後輩に接することもあります。

そうなると、どうしても疎まれてしまう、ということが起こります。

すでに意思決定者ではないのに、そうであるかのように振る舞ってしまうわけです。

特に周りがこれまで関わってきている後輩だと、とくにそういう傾向も強まるのだと思います。

一般に、会社がどういう人を嘱託とするか、役職定年後も雇い続けるかとなると、それなりに成果を残して意思決定もしてきた人ではないでしょうか。

ということは、もしも、働き続ける年齢がどんどん上がってくると、彼らの気の持ちよう次第ではありますが、意思決定権はないのに、意思決定者のように振る舞う人が今よりも増える可能性があります。

これは、ますます会社内が混乱するかも。

というか、そもそも人事研修とかでそういう内容をレクチャーされていないのですかね?

疎まれるくらいなら、早期リタイアやセミリタイアでほどほどに、の方が良くないですか?

あるいは定年まで勤めてすっぱりやめるか。



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セミリタイアと健康について




コロナ禍になって、家にこもって仕事をするようになり、いいことですが、3食しっかり食べて、かつ運動は控え、さらに仕事のストレスが増加した結果、体重が増え、コレステロール値が上がりと、健康指標が悪化した経験があります。

これはいかんと、せめて運動だけはしようとジョギングやウォーキングをするようになりました。

通勤って意外と体を動かしているのですよね。

私の場合、会社帰りに何駅分か歩いて帰るなんてこともしていましたので、まあまあ運動していた方だったのだと思います。

多少買い食いしたプラス分も、幾分かは引かれていたのでしょう。

それがコロナ禍で一気に健康指標が悪化してしまったと。

健康

ストレスの少ない健康的な生活を送るのに、お金ももちろん大切ですが、なにより大切なのは健康です。

働きすぎて健康を害した人の話を聞くたびに、そこまでして働く意味があるのかと思います。

それはやはり、自分の健康が1番大切だと思うからです。

働くのが好きで働いているのはかまいません。

でもそれで健康を害したら、それは無理をしていたということです。

正直、我々個人の代わりなんて山ほどいます。

替えのきかない人材なんてほぼいません。いや、そんな人材はいないでしょう。(ただ、たまにいる気はする。でもよほどの人。)

いずれにせよ、人生を楽しむには健康第一です。

そして、人生を楽しむことが、この世に生を受けた人の最大の貢献だと思います。

セミリタイア

私がセミリタイアをしたいのは、このままストレスフルな毎日で働き詰めで定年まで働いたら、確実に健康を害するだろうというのと、そうなったら定年後に楽しむなんてまず無理だろうと思うこと、健康を害したらそもそも人生は楽しくないと思うこと、があるからです。

もちろん、今でも、息抜きをする時間がないわけではありません。

それでも、今の人間関係の煩わしさを踏まえて、例え今の上長と関わらなくなったとしても、今後似たような環境に置かれることは十分にあるわけで、そんな時でも、その場に止まらなくてもいいという勇気と自由が欲しいのです。

私はなんだかんだで保守的な人間ですし、家族がいますし、自分に自信がないので、最低限は安定しておきたいと思っています。

だから、無計画に今の仕事を辞めるということはできませんが、いろいろ踏まえてなんとかなるなと思えれば、後は飛び出すだけです。

ハングリー精神がなくなれば人の成長は止まるとか言われますが、別に今頑張っているのは今がハングリーだからではないです。

あくまでも将来、ハングリーにならないためです。

そもそも常に成長しなくてはならないなんて、そんなことはないでしょう。

もちろん、成長できるなら素晴らしいことだと思いますけれども。



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