社会は不寛容に向かうのか



 

 

北欧のスウェーデンではこれまで移民や難民を受け入れてきましたが、失業率が高くその分の社会保障コストが高くなり国の運営を圧迫しているため、自主帰国を決めた移民に対しては最大500万円程度の支給をすることで帰国を促す制度の導入を始めるそうです。

 

スウェーデンに限らず、北欧の国は高福祉で住みやすい国であるという印象が強いですが、そんな国でもそのような話が出ているということは、興味深い話題ではあります。




日本や他の国では


 


日本においても、本来はその対象とはならない外国人に対して生活保護を支給しているという実態もあるようですが、国という形である以上はまずは自国民の救済や福祉を第一に置いているのが自然だとは思いますし、だからこそ、その原資は自国民の負担というのが大原則だとは思います。

 

別にこのような社会保障制度に限った話ではありませんが、ここで問題になっているのはフリーライダーの存在ということです。

 

米国大統領が、なぜ米国が他国の安全保障コストを負担しなければならないのかという主張をし、また一定の米国民がそれに同調するのもまた似たような構図だと思っています。

 

米国の事例で言えば、そうすることで少なくとも過去には米国がメリットを得ていたという点はあると思いますので、米国はコストを負担しつつメリットも得ていた、あるいは得ようとしていたということは言えると思いますが、こと社会保障の話に限っては、メリットがなかなか見えにくいというのはあると思います。

 

誰しもにやさしい国家としてのイメージアップや、差別や偏見のない国家のイメージというのはあるのかもしれませんし、多様性を受け入れる究極の形であるのかもしれません。

 

そして恐らくポイントは、そのこと自体なのではなくて、それらの制度を続けることができないほどに自国の経済や社会に余裕がないと思われる状況で今後どうするのか、ということなのだと思います。

 

日本においても、最近なぜ外国人に対して生活保護を支給しているのかという声が高まっているような気がします。

 

そしてそれは、社会保険料の高騰による生活の圧迫を感じている人が増えているとか、少子高齢化の影響で現役世代やそれより若い世代の年金受給額あるいはタイミングが生活を苦しめる方向に向かっていることがあるからこそ、自国民がそのような状況なのになぜそんな状況で、原資負担を十分にしていない他国民への補償を行なうのか、ということだと思います。

 

もちろん、自国経済が安定して成長しているような状況でも、他国民がそのような社会保障のメリットを享受していたとしたら批判の声を挙げる人はいるとは思いますが、それは限られた声になると思います。

 

個人的にも、他国民を排斥する風潮が高まるのは好ましいとは思いませんし、切り捨ててしまえばいいとも思いませんが、そうは言ってもメリットだけを享受しているように思える人がいることは腹立たしいという気持ちは分からなくはないというのも正直なところです。




どう舵取りをするのか


 


既に自分も社会保障制度のお世話になっていますが、さらに高齢になってよりお世話になるかもしれないこと、また年金の支給を控えていることを考えると、自分はメリットを最大限享受したいとも思いますし、そのために今、負担をしているというようにも思います。

 

ただし、このままいくと何となく、負担はしなければいけないけれどもメリットは享受できなくなっていくよという状況になりそうだということ、またその流れが続けば、現役世代はますます重い負担を抱えるか、あるいは日本という国が借金を重ねていく必要があるかもしれないということ、そうなると若い世代がどんどん苦しめられていくということ、それは避けたいなという思いもあります。

 

最悪、自分のメリットが少なくなる分は仕方がないとは思うのですが、世代ごとに得られるメリットがどんどん少なくなっていくことはすなわち、日本という国の国力低下につながるということが嫌なのだろうと思います。

 

移民を受け入れればいいという声もありますし、もしかしたらその環境整備のためにマイナンバーカードの制度を進めようとしているのかという思いもあるのですが、文化的な摩擦なども必ず起こるでしょうし、もしそうするならば、日本社会全体としての環境整備をはじめとしての準備を進めていかないといけないのでしょう。

 

そのあたりの議論が政治の世界でされているように思えないのは残念ではあります。

 

結論がどうなるにせよ、議論はして、国民からも意見を聞くというのはやればいいのにと思いますけれどもね。



にほんブログ村 サラリーマン日記ブログへ  にほんブログ村 ライフスタイルブログ セミリタイア生活へ

コンサル業も不況らしい



大手の外資系コンサルティング会社が従業員の昇進タイミングを半年ほど遅らせるという発表をたと報じられています。

 

昇進するということは給与が上がるということで、外資系であれば成果給もあるでしょうから、昇進によって固定給が一気に上がるということではないかもしれませんが、それでも費用が増えることは増えますので、それを避ける目的なのでしょう。




不景気ですね


 


世界的に経済の先行き不透明感が強まる中で、大手のコンサルティング会社という、能力もあって給与も高い人たちの集団であっても、サービスを提供することの不確実性が高まっているということでしょう。

 

そしてそれは恐らく、同社の株価の動きを見ても、最近はずっとそのような状態が続いていたのではないかということも連想させます。

 

ということは、これまでの顧客であった企業がコンサルティングサービスを提供しなくなっていることなのではないかと思いますが、その顧客の業績も恐らく悪くなっているはずで、その課題解決のためにコンサルティングサービスを活用しようとする企業はそんなにないのかなということでしょうか。

 

あるいはこれもただの想像ですが、知る限り、欧米企業は社内リソースを少なくしてその分特定業務に集中しつつ、自社で賄えない業務は積極的に外部に委託、つまりコンサルティング会社に依頼するということをやって業務効率化を図っているイメージがありますが、その業務そのものの発注が少なくなっているということなのかもしれません。

 

そのような依頼は攻める姿勢の時には積極的に活用されるものであって、守りが必要な時は自社だけでということかもしれないと考えています。

 

いずれにせよ、コンサルティングサービスというのは、本来は付加価値の塊ともいえるような類のサービスだと思いますが、そのサービスが利用されなくなっているというのは本当に世界的に景況感が悪化しているのでしょう。




コンサルタントは優秀


 


もちろん中には、コンサルティングサービスなんてのは役に立たないと思っている人はいるでしょうし、机上の空論を振りかざしているというように考えている人もいるとは思いますが、実際にはインプット情報を正確に与えてあげれば馬車馬のように働いて資料アウトプットを出してくれる優秀な集団だと思います。

 

時には会社としては決断しにくいようなことを、コンサルティング会社を使って提案をもらうような形にして、コンサルティング会社が言っているからという理由で会社としての意思決定につなげるなんて言う話も聞いたことがあります。

 

結局のところ意思決定というのはそれが正しいのか、正しくないのかは分からないようなことを、ある種の覚悟をもって判断をするということでしかないと思いますし、コンサルティング会社が言っているから、という理由で意思決定をするということは正しくはないと思いますが、参考意見として活用するということはアリだと思います。

 

ですので、仮にコンサルティング会社の提案に沿った意思決定をすることがなくても、それはコンサルティング会社の提案が価値のないものであったのではなく、それも踏まえた上でしかし会社としてはこういう意思決定をしようということを判断したということであって、会社としての姿勢を明確にするためにも役には立ったのではないかという気はします。

 

仮に本当にコンサルティング会社が訳の分からない提案をしてきたということであれば、それは恐らくインプットの段階で正しく情報や状況を与えられていない、ということに尽きると思います。

 

ある特定部署がコンサルティング会社に依頼して、それを他部署も含めて提案を受けるということをすると、そもそもその特定部署の持っている情報が限定的であることも手伝って、不十分なインプットが起こりがちで、結果として他部署から見れば、提案も不十分に思えるものがでてくるということはあると思います。

 

個人的な経験から言えば、コンサルティング会社の人たちは頭がいい分、論理的に考えますから、論理の破綻がなければそれは正しい、という思考回路になりがちだというのはあると思います。

 

しかし実際の人間というのはいつも論理的な行動をするだけの生き物ではないですから、理屈ではない部分が影響してしまうことは彼らには予測しにくい、あるいはそのような不確実なものを提案としては出しにくい、というのはあるのではないかと思っています。

 

いわゆる、勘、といったものとは対極の世界で働いているのが彼らだと思います。

 

いずれにせよ、金銭的な価値は高く評価されているサービスでさえも苦しい状況に置かれているということは確かでしょうから、なかなかしんどい経済環境はもうしばらく続いていくのでしょうね。

 


にほんブログ村 サラリーマン日記ブログへ  にほんブログ村 ライフスタイルブログ セミリタイア生活へ

お給料日



さて今月もお給料日になりました。

 

資産の中で、手元の現金は増えておりますが、株式などの金融資産は確かに増えてはいるものの、直近は世の中の流れを受けて下がり気味です。

 

セミリタイアに向けての資産形成という意味では堅調ではあるものの、一時期のスピード感はないというのが正直なところでしょうか。

 

まあすごく株式銘柄の勉強をしているわけでもなく、世の流れに身を任せていますので、スピード感があったのも自分が積極的に何かをした成果ではないですし、仕方がないと言えば仕方がないのですが。





出費は少ない

 



その一方で、出費は結構抑えられているというか、少なくとも自分のために何かでかい買い物をするということはほとんどありません。

 

下着やシャツ、靴下などの買い替えはしたのですが、結構貧乏性のところがあって色あせても結構使い続ける傾向にありますので、それはたまのことが起きたという感じです。

 

寒くなってくる季節に向けてコートなどの防寒着を買い替えるということはあまり考えていません。

 

子どもに関わることなどはそれなりにお金に糸目をつけずに使うようにはしていますが、あまり自由に買い与えてばかりでも駄目だとは思いますので、そこはむしろ気を付けないといけないなと思います。

 

子どもが喜ぶのであればとは思いながらも、我慢のできない子になってほしくはないですし、なんでも自分の思い通りになると思ってほしくないと感じますが、たまにであればと思うのが正直なところです。

 

無料でできる経験なんかであれば交通費をかけてでもさせてあげたいなとは思いますし、お金はかかるにしても動物園だとか博物館だとかそういうところであれば積極的に連れて行ってあげたいなとは思います。

 

知人のSNSなどを見ると、そういう遊び場をたくさん紹介してポストしてくれる人もいて、そういうのを見ては選択肢を増やしています。




イオン


 


イオンにあるおもちゃ売り場や電車の模型があるお店などに連れていけば、それこそ朝から晩まで遊べるのではないかというくらい遊んでいますので、傍から見ていてもあきれるくらいですが、これもまた安上がりではあります。

 

食事をとるために、混みあうフードコートで長い間待たなければならないというのだけが難点ではありますが。

 

個人的には地方ではカップルがデートのためにイオンに行く、というのがあまり信じられなくて、なんかほかにもっと行くところないものかと思っていた時期もありましたが、実際のところは確かにショッピングする場所とかちょっと遊ぶ場所とかいろいろとあって、選択肢にはなるなと思うようになりました。

 

入っているテナントがそれぞれ競い合っているような感じもして、活気がありますし、そこに人が集まるのもよく分かります。

 

都会であれば本当にいろいろな選択肢がありますが、地方だとそもそもの選択肢が少ないというのも今となっては分かるようになりました。

 

また、イオンなどのショッピングモールは、買い物や特定のアクティビティをしなければお財布にも優しいというのもありますね。

 

お金を使わないことが正しいということではありませんが、お金をそんなに使わなくても楽しめるのであればそれがいいことであると思います。

 

私の場合、最近のそういう活動は読書です。

 

古本屋で購入してもそんなに安いわけではないですが、それでも少しは安くなっていますので、たまに立ち寄っては本を買うようにしています。

 

キンドルなどのデジタル読書は食わず嫌いなだけかもしれませんがあまり好きではなく、物理的な本で読むのを好みます。

 

確かにデータで持っておく方が場所を取りませんから効率的だと思いますが、なんとなくそれよりかは本を選んで読んでいます。

 

私が好きな作家を中心に本を買うようにはしていますが、まだまだ知らないだけで面白い本はたくさんあるのだと思います。

 

1つの難点は、家でじっくりと座って読書をしよう、というようにはなかなかならないということです。

 

通勤時間やバーで軽く飲んでいる時間など、隙間時間というかながら読みというか、決して本と向き合って読んでいるというわけではなく、むしろそういうのは最近、苦手かもしれないとすら思います。

 

そうなるとセミリタイア後の趣味にはなかなかしづらいかもしれないと思いますので、その点はちょっと焦りがあるというか、ソファで座りながらコーヒーを飲みながら読書をして時間を過ごす、というのは自分はなかなかできないのかもしれない、そうなると時間つぶしのための読書というのは自分は苦手なのかもしれない、なんて考えます。

 

以前にも書いたと思いますが、時間をつぶせる趣味をいくつか持っておくのが大切だと思いますし、考えていきたいです。

 

 


にほんブログ村 サラリーマン日記ブログへ  にほんブログ村 ライフスタイルブログ セミリタイア生活へ

ワーキングホリデー



ワーキングホリデーの制度を使用してオーストラリアで働けば日本で働くよりもお金を稼ぐことができる、さらに今は円安なので円貨換算すればさらに稼げる可能性がある、ということで制度を利用してオーストラリアに行ったわいいもののなかなか職に就くことができずに困窮する日本人もいるという記事を読みました。

 

確かに以前に、制度を活用してオーストラリアで稼いでいる若い日本人がいるという記事も読んだことがありますし、その際は制度を活用してうまく生きているというような論調ではなかったかと思いますので、ちょっと時間がたつと状況も変わってきたということなのだと思います。

 

もしかすると経済環境の悪化というのも、職を見つけることが難しくなっていることに影響しているかもしれません。

 

私の周りにもワーキングホリデーの制度を活用して海外で過ごした、今過ごしているという知り合いがいますが、確かに技術がある人はそれを活かして職を見つけるということもそれなりにできるようなのですが、そうでないと職探しに苦労するというのはやはりあるようです。

 

技術のある人はフリーランス的に働くこともできるので、ある種働く場所は選ばないということも言えるかもしれません。




なかなか示唆に富む記事


 


読んだ記事については、現状のオーストラリアを例にとって厳しい状況であることを説明しつつ、現地の声も取材しながら、ワーキングホリデーの制度活用が間違いであるというようなことは全く言わずに、どうすればよりうまく活用できるのかということを具体策を上げながら言及しており、非常に良い記事だなと思いながら読んでいました。

 

ひとつ言われていたのは、ワーキングホリデーの制度を活用さえすれば何とかなるということではないので、安易な気持ちでいてはならない、しっかりと準備をすること、現地での自分の可能性を狭めないことも大切、というようなことでした。

 

住み慣れた日本ではなくて、そうではない国で生活をしようとすることはそれだけで挑戦だと思いますし、何をもって成功、失敗とするのかは人それぞれでしょうが、自分の経験には間違いなくなると思います。

 

もちろんお金を稼ぐことも大切ですし、それができると一番いいのは間違いないのですが、それが難しくても経験としては活きてくるとは思います。




ためになる経験を


 


その一方で思うのは、ワーキングホリデーの制度を活用する目的というのが人それぞれであるにせよあると思いますので、その目的の達成が少しでもかなうような時間を過ごしてほしいなとは思います。

 

例えばの話ですが、コミュニケーションとしての語学力を上げたいという目的があるのに、職も見つからないし、生活が困窮するあまり、その日暮らしをするのに精いっぱい、さらにそれを乗り越えるために日本人ネットワークでの情報収集をするという状況になってしまうと、結局のところなかなか当初の目的の達成にまで気が回らない、実現ができないということがあると思います。

 

そういうのもまたいい経験であるとは思うのですが、せっかく自分の貴重な時間を使って挑戦をするわけですから、であればなるべく、その目的の達成に少しでも近づくように時間を使えるようになってほしいとは思います。

 

私の知り合いでも大手の会社を辞めてワーキングホリデー制度で海外に出ている人もいますし、中には恵まれた現状を投げうって挑戦している人もいると思います。

 

私自身はそう願うだけで何かしらお手伝いをできるわけではありませんが、少しでも目的の達成につなげるためには、それこそが記事でも述べられているような事前の準備が大切なのかなという気はします。

 

経験にもいろいろな種類の経験があるとは思いますが、できることなら悪い、苦い経験よりかは、良い、楽しい経験を多くしてもらいたいなとも思います。

 

その上でお金もしっかりと稼げるのであればそれに越したことはありませんし、そもそもお金を稼ぐためにはやはりしっかりと事前準備をした上で行くべきであろうとも思います。

 

海外経験を積む人がそうでない人よりもすごいとかえらいとかいうつもりは全くありませんが、特にワーキングホリデーの制度を活用する人は若芽の方が多いと思いますので、せっかくであれば今後の人生の豊かさにつながる経験をしてほしいなと思います。

 

ぬるま湯経験になる必要はありませんし、多少の苦労をするのは大切だと思いますけれどもね。



にほんブログ村 サラリーマン日記ブログへ  にほんブログ村 ライフスタイルブログ セミリタイア生活へ

キャリアの相談



ある後輩から相談を受けました。


ちょっと夜に飲みに行きませんかと誘われて、前もって誘ってくるのは珍しいなと思っていました。


そういう時は、これまでも何か悩んでいたり、考えていることがあったりでしたので、まあなにかあるのだろうなとは思っていましたが。


ちなみに、その後輩は私が今セミリタイアに向けて考えを練っているとは知らず、普通に会社員としてそれなりに仕事をしているくらいに思っているのではないかと思います。




相談内容




相談内容は、今、入社5年目のその後輩は、今やっている業務自体は面白いし、そこに不満はないけれども、ふとした瞬間に不安になるということでした。


不安というのは、今の業務を続けていて、その後のキャリアはどうなっていくのだろう、自分が思うようなキャリア形成ができない道を歩んでいるのではないか、という不安でした。


そういう類の不安はよくわかります。


特に、業務ができるようになってくると、自信がつく反面、あれここで満足していていいのかって思いも湧くんですよね。


そこで、実際に今後はどういうことをやってみたいのか、例えばどういう部署に行ってみたいのか、などを聞いてみました。


すると、すごく具体的にはなってはいないものの、いくつかの方向性が出てきました。


残念ながら、私に人事権はありませんので、その後輩のキャリアを具体的に拓いてあげることはできません。


ただ、私のキャリアは一本筋が通っていそうながら、実はいろいろな部署や業務を経験をしております。


私自身、自分が進みたいと思っていたキャリアを進んできているわけではありませんが、回りまわってちょっと関係するような業務をしたり、一見無関係なようで実は経験しておいてよかった業務があったりしています。


それらは自分が選択したわけではなく、あくまでも会社や人事権を持った人達が決めたもので、結果的に良いか悪いかは運の要素もあります。




私にできるアドバイス




私がその後輩に言ったのは、まず、後輩が不安になられるのはよくわかること、むしろ、素晴らしいということ。ただ、キャリアは運の要素もあるので、不安になりすぎなくてよいということ。


次に、なにかやりたいことがあるなら、そのことを課長なり、部長なり、機会があればその上の人に言い続けた方がいい、ということ。なにも言わないと誰も配慮してくれないし、言うことで運を掴めるかもしれないこと。


また、例え、これから別の部署に行ったっしても、今やっていることで活きることはあるので、完全に経験値がリセットになるわけではないこと。


最後に、本当にやりたいことがあって、それが今の会社や今のままではできないと思うなら、転職するのも選択肢にはなること、です。


逆に後輩から、私は将来どんなキャリアを考えているのかを聞かれて、答えにはたいへん困りました。


セミリタイアしたいなんて、言ったらモチベーション下げるかなと、それらしく、適当に大きいことは言いましたが、気持ちが入ってないなとばれたかもしれません。


やりたいことはあっても、仕事で、ではないんですよね。


ごめんね、後輩。。



にほんブログ村 サラリーマン日記ブログへ  にほんブログ村 ライフスタイルブログ セミリタイア生活へ

老後に必要なお金は?




老後2,000万円問題というのが少し前に話題になりました。

 

今では、いやあの試算はあくまでも特殊なモデルケースによるものであって、実はそんなに必要ではないんだという議論もあれば、実は今後物価上昇が続くということを前提にすると2,000万円でも足りなくなる可能性があるという議論まで、結局何が正解なのかよくわからない状況になっています。

 

いや、そもそも正解なんてないのかもしれません。




2,000万円では足りない?


 


しかし、これまでは結構前者の議論によって不安を解消させようとするような論調が強かったのになと思うのですが、最近になって、やはり2,000万円では足りない可能性があるのではないか、という後者の論調が強まっている気がします。

 

それに合わせて、体が元気なうちは働いて収入を得ましょうとか、それで年金受給の開始時期を遅らせれば受領額を減らさなくてもいいですよとか、そちらの不安解消に向けた主張を目にするようになってきています。

 

円安、物価高、さらにはグローバルでの経済の停滞、それらの状況を受けて、もしかすると2,000万円では足りないという論調が出てきているのではないかと思っています。

 

それくらい劇的な環境変化が起きているということも言えるかもしれませんし、さらに言えば、将来にどう環境が変わるのかを予測するのは難しいということなのかもしれません。

 

定年退職をすればもう働かなくてもいいと思っていた人がやっぱり働かないといけないとなった場合、やはり気分はちょっと落ち込むのではないかなと思います。

 

フルマラソンをしていて、40km地点に来たタイミングで、ごめんなさい、あと10km走ってくださいと言われるようなもので、ガクッと来るのはよくわかります。

 

年齢が若ければ、長期目線で投資をしながら資産を増やす、インフレ対策をするということもできるでしょうが、定年退職間近の年齢だと、インフレ対策の投資をすることもできなくはないですが、そこからいきなり資産を増やすのはなかなか難しいでしょうし、その一方で当座の費用は支出していかなければならないという状況になりますからね。

 

正直、今更どうすればいいんだとなってしまうかもしれませんが、足りるものは足りるし、足りないものは足りないのですから、何とかするしかないというのが答えです。

 

よほど働くことそのものが嫌だというのでは無ければ、アルバイトでも何でもいいので働いてみればいいじゃないかというのが率直な私の意見です。

 

重労働をする必要はありませんが、適度に体を動かすことは健康管理にもなりますし、また頭を働かす、あるいは他人とコミュニケーションをとるということも健康管理には欠かせません。

 

さらにそこにお金をもらえるのであれば、多少は生活の足しにもなります。




しかしながら



 

しかしながら大事なこともありまして、私が想定しているのはある程度は資産を持った状態で定年退職をした人に対して思っていることです。

 

あくまでも、多少稼ぐことで生活の安定や、精神的な安心感が得られるのであればそうするのがいいのではないかという主張であって、定年退職をすると本当にお金がかつかつになりますという人については私の主張は的外れのものになるでしょう。

 

単純計算で時給1,000円のアルバイトとして、日に7時間、週に5日間、月を4週間とすれば、140,000円の月収で、手取りも100,000円は超えてきます。

 

はっきり言って、単身であればそれで暮らしていくことは十分に可能です。

 

夫婦であっても、それぞれそうやって稼げば、暮らしていくことは十分可能だと思います。

 

しかし、それだけの労働を本当にずっと続けられますかというと、それは続けられない可能性も出てくるのではないか、その持続可能性は弱点になるのではないかと思います。

 

もしもそこに資産が2,000万円あるという状態であれば、これはもう浪費や贅沢をしすぎなければ十分に生活していけると思いますが、資産がありませんという状態では持続可能性の問題に直面します。

 

なんなら資産1,000万円でも大丈夫かもしれませんが、いずれにせよ、すごく当たり前ですが、定年退職後にストックとフローの両方を持っておくことは大切です。

 

必要以上に将来を怖がってストックの形成に目を向けることで、今の楽しみを犠牲にすることはもったいないと思いますが、なるべく若いうちからお金のことをしっかり考えておくことは大切だと思いますし、そういう教育はきちんと家庭なり社会なりでした方がいいのは間違いないと思います。

 

マクロ環境は変わるのは個人ではどうしようもありませんが、ある程度の変化があっても耐えることのできる状態を作っておくことは非常に大切ですね。

 


 

 


にほんブログ村 サラリーマン日記ブログへ  にほんブログ村 ライフスタイルブログ セミリタイア生活へ

出世のための社内への姿勢




TOEICを勉強しない人が出世しない理由、というウェブ記事を読みました。

 

要するに書き手としても別にTOEICの得点が高ければ英語ができることの証明になるわけではないということは分かりつつも、とはいえ会社がその人の英語力を図る一つの指標がTOEICである以上、TOEICの得点を上げることが会社における評価につながるのであって、であればTOEICを勉強した方が社内評価の点ではいい、それをあえてしないというのは出世につながらないという内容です。

 

会社として何のためにTOEICの受験を推奨しているのかの目的を鑑みるに、ちょっとその目的から外れているような気はしますが、よく考えるともしその目的を達成したいならばTOEICの得点を上げることを求めること自体がちょっとずれているんだよなとも思います。

 

テクニックで得点を上げようとしている人は論外だとは思いますが、一応、TOEICの得点を取れるということは、一定程度は英語の文章を読むことはできるということでしょうし、英語を聞きとれるということでもありますから、まったく意味がないとは思わないのですが、それは決して英語でビジネスができるというわけではありません。

 

それは当然で、じゃあ英語の能力があれば英語でビジネスができるのか、と問われるとそういうわけでもないわけです。

 

そもそもTOEICで高得点を取ったとしても、それを英語力の証として認めてくれるのは日本くらいのものではないかと疑っています。




姿勢の評価



 

しかしながら、例えTOEICで高い得点を取れなかったとしても、TOEICに向けて英語の勉強をしている、あるいはTOEICを定期的に受験しようとしている、という姿勢の部分が日本の会社で評価されるというのもあると思います。

 

会社だってバカではありませんから、何よりもまずはビジネス上の実務能力を大切にしていて、評価したいと思っているはずです。

 

しかしながら、やはり今の日本社会では一定層、ビジネス能力はあるが英語能力はないという人は存在しています。

 

そういう人たちに対して、英語の勉強をしなさい、TOEICを受けなさいということを会社としては言いますが、ではその人たちがTOEIC900点を取らないとダメかと思っているかと言えばそんなことはないと思います。

 

もちろん、取ってくれたらそれに越したことはありませんが、たとえ今の得点が低くても、英語力を上げようとしている姿勢、あるいはTOEICを受験しようとしている姿勢、そういうものが見えれば、会社としてマイナス評価がつくことはないと思います。

 

むしろなんなら、TOEICの点数が低いことが愛され理由というか、いじられる理由になるというか、そういうことすらあり得ます。

 

もちろん、そういう人がいきなり海外関連の業務に行かされるということはないでしょうし、海外関連の業務がどうしても多ければ英語力は何としてもあげなければならないとなると思いますが、多くの場合、今の仕事は英語力が全く関係ない場合の方が多いわけであって、英語力が低いことが業務上何の支障もないことだってあるわけです。

 

であれば、より大切なのはTOEICで何点取れるかよりかは、会社からの英語を勉強しなさい、TOEICを受けなさいという指針を守っているかどうか、その姿勢があるかどうか、ということになることはあると思います。

 

本来の目的からして、それが本当に正しいのかどうかというのはまた別の議論かもしれませんが、少なくともそういう評価のされ方はあると思いますし、業務の成果ということに目を向ければ少なくとも今は、TOEICの得点が低いからと評価が下げられる方がよくわからない気はします。

 

だって今の業務を遂行する上では、英語力の必要性すらないわけですから。

 

もちろん、会社として業務との関連性を抜きして、TOEICを人事評価対象にしますというのはもう方針の話ですので、勝手にやってくれということだと思います。

 

なんだか会社が本当に考えている目的とは何かずれているような気がするのは正直なところですが、なんだかいつの間にか会社側もずれてくる、ということはあるのかもしれないですね。

 

いずれにせよ、この記事で主張されているようなことは確かにあるよな、と感じました。

 

 


にほんブログ村 サラリーマン日記ブログへ  にほんブログ村 ライフスタイルブログ セミリタイア生活へ

手に職をつけて生きる




手に職をつける、ということは生きていく上では強みになると思います。

 

何でも構いませんが、生計を立てていくうえで役に立つ技術を身に着けるということは、その技術そのものが時代遅れにならない限り、あるいは自身がその技術を使えなくならない限りは生計を立て続けるということが可能になるということです。




給料面を考える


 


その一方で、その手に職を着いた状態であれば、生活に困ることはないか、あるいはお金をたくさん稼ぐことができるかどうかというのはまた別問題です。

 

例えば理容師さんという職業は、人間の頭に髪が生えなくなってしまわない限りは、今後も一定以上の需要を生み出す職業です。

 

もちろん競争社会ではありますから、単に手に職が就いている、という状況だけでは不十分な面もあって、その中でも技術が優れている、サービスの質が良い、などの点も必要にはなるでしょうが、とは言え、ある種全国どこでも、もしかしたら世界中どこでも働くことのできる可能性を秘めていて、その需要そのものは今後何十年も続くのではないかと思います。

 

しかし理容師の平均年収のデータを見てみると、雇われか開業化で差はあるみたいではありますが、それでも雇われですと500万円まではいかないくらいのように思われます。

 

料理人というのも同じくで、食事そのものは人間がいなくならない以上は今後もずっと一定以上の需要を生み出すと思います。

 

技術があれば全国どこでも働くことができますし、和食というのはいま世界中で少しずつ浸透していますから海外で働けるという可能性もあります。

 

どの程度の技術をもって料理人としての技術があるのかというのを測るのは難しいですが、多くの飲食店が新しくできてはつぶれていく現状を見るに、料理人としての技術さえあれば生活に困ることなくお金を稼ぐことができる、ということはなかなか言えないのではないかと思います。

 

もちろん、有名な一流店で修業をしてそこで認められた、とか、国際的な賞を取ったとか、そういうものがあればそれでお客さんは来てくれるとは思いますが、そうであったとしても一度試してみてあまりおいしくないと思われてしまえば次はないでしょうから、そうならないためにはお客様を満足させるレベルでの技術を持っていることが必要になります。

 

私がお気に入りの個店居酒屋で大将と話をしていても、下積み時代からかなり長い間修行をして、それこそ毎日こっぴどく怒られ、満足にお金ももらえず、少しずつ技術を高めていったという話を聞きまして、料理は非常においしいですし、サービスもいいですし、ご家族もいらっしゃるようなので生計を立てることはできていると思いますが、それでもすごくお金を儲けているようには感じられません。




手に職をつければ安泰なのか


 


その方はその界隈では誰もが知っているようなレストランでも修行をされていて、そこの責任者的なこともされていたようなのですが、そんな方でもそんな状況です。

 

その一方で、その気になれば別のお店から雇用されることも可能だと思いますので、そういう意味では仕事がなくなってしまうことはないという強みはあると思いますし、それが手に職を着けるということだと思うのですが、では大企業のサラリーマンと比べてお金を稼いでいるかと問われれば、それは恐らく稼いでいません。

 

単純比較することは難しいですが、技術レベルも違いますし、責任の重さも違うと思うのですが、それらが高い、重い、料理人の人の方が経済的には稼いではいない状況になっていて、恐らくそのケースの方が大多数なのではないでしょうか。

 

大企業の会社員の場合でも、いざ会社の外に放り出されると、替えの仕事を見るけるのに苦労するということはあるかもしれませんが、今の現状の金銭的な評価という意味合いでは、その会社員の方が高いという状況です。

 

確かに手に職を着ければ、その技術が通用する限りはどこでも働けて生計を立てていけるというのはあるかもしれませんが、でれはそれでお金儲けにまでつながるかと言われれば必ずしもそうではないということになります。

 

どちらが本当に生活が安定しているのか、答えを出すのは難しいですし、どちらがいい、悪いということもないと思いますが、手に職を着ければ安泰である、という考えは間違いなく間違っていると思います。

 

極端な話、その技術が活用できなくなるような怪我をしてしまう可能性だってあるわけですから、必ずしも安定しているとも言えません。

 

大学に行かずに手に職を着けるという選択肢もある、という発言をある政治家がしましたが、それは選択肢としては確かにあるのですが、大きな目で見たときにどちらがいいという話ではないと思いますので、冷静に考える必要があるなと思います。

 


 

にほんブログ村 サラリーマン日記ブログへ  にほんブログ村 ライフスタイルブログ セミリタイア生活へ

解雇規制緩和と働き方




会社員の解雇規制をめぐっての政治家の発言が話題になっています。

 

正社員を解雇しにくいから非正規社員がその地位から脱却できない、という理由付けはよくわからないと言いますか、それは制度を運用する側の問題もあって、そこの理由を変えたいのであればまずは非正規雇用関連で規制強化をするのがまずは必要なのではないかという気はします。

 

確か、同一の企業に5年間働けば、正規雇用の申し出をして企業側は受け入れなければならないはずですが、なんだかんだと理由をうまくつけては回避している企業もあるのではないでしょうか。




賛否の声


 


しかしながらこの主張には賛成の声も多く挙げられています。

 

特に、働かないオジサンと揶揄されている人たち、成果はそこまでではないけれども年収は高めの人たちを解雇しやすくするのはいいのではないかという若い層からの声や、組織の士気を下げるなどの問題社員に悩む人たちからすれば、解雇規制の緩和というのは問題がある制度変更ではない、むしろいい制度であると捉えられているようです。

 

後者の場合、特に問題社員に悩んでいる中小企業の経営者などがそう思うのは確かに一理あるかもなと思います。

 

そもそも、立場の強い経営者層が、立場の弱い労働者を搾取するという大きな絵があった中で、労働者を守ろうということでいろいろな規制が出てきた中、特に日本では年功序列や終身雇用制といった仕組みが導入されたわけです。

 

それらの仕組みはある種日本の特徴であると言われることもありますが、確かにその制度がある以上は、業務上の問題社員であっても簡単には解雇できないということになりますし、それはもしかしたら組織にとってはむしろマイナスかもしれません。

 

若い世代から出ている声もその思うところは分からなくはありません。

 

解雇規制が緩和されて困るのは能力がないけれども高い給料をもらっている人たちであって、能力があれば何も怖がる必要はないだろうというような意見もあります。




何のためなのかが大切


 


ただし、この制度だけがいきなり導入されるだけでは、混乱するだろうなというのも思いますし、何なら悪用されることだってあるだろうなとも思います。

 

例えば、日本の労働市場は比較的流動性が低いと言われていますが、流動性が低いまま、解雇規制が緩和されてしまうと、そこに待っているのは多くの失業者に他なりません。

 

また、年功序列の給与体系を前提に、若いころには低く抑えられていた給料を取り返すことができないまま、退職を迫られてしまう世代もいるでしょう。

 

仮にそういった働かないオジサンが解雇されたとして、その分浮いた人件費は、会社に残っている従業員に還元されるのでしょうか?

 

つまりはその企業で働く人たちの給与アップはしっかりと成し遂げられるのでしょうか?

 

どういう働き方がいいのかというのは人それぞれであるでしょうし、従来の日本企業的な働き方が一番いいということは言えないと思いますが、ある一部分だけを変えようとすると不具合は出てくるのは間違いないと思います。

 

その意味では、一番最初の政治家の発言も、すごく一部分に限った話からスタートをしているような気がしており、それもいまいちだなとは思います。

 

日本の経済力を高めて豊かな国にするためにいろいろな施策が必要で、その一つの手段として解雇規制の緩和という話が出てくるのであればまだ納得性は高いでしょうに、正規と非正規というくくりの話を持ってきてそこについてだけ話をしているように思えるので、なんだか全体感のない話のように見えてしまいますし、なんなら分断をあおっているだけの主張のようにも見えてしまいます。

 

この政治家の年金に関する主張もまた賛否が巻き起こっていますが、そこについてもある一部分だけの主張のように見えるなと感じます。

 

今の日本の状況が良くない方向に向かっているのであればそれを変えるために改革は必要かもしれませんし、そうなると全員がハッピーになるということは難しく、中には割を食ってしまう人も出てくると思います。

 

もちろん、リーダーには全員がハッピーになるようなことを考えてほしいですが、それは難しいということもよく分かります。

 

むしろ、割を食ってしまう人はいるけれども、それでも今これをやらないといけないんだ、必要なんだということを納得させるのがリーダーでしょうし、それはなぜ必要なのか、つまりは達成したいと思っている大きな目標はいったい何なのか、それを納得させないといけないのではないかと思いますが、今はそれがないから、ある側面に対してだけの議論にしかなっていないようで残念だなというのが正直なところです。



にほんブログ村 サラリーマン日記ブログへ  にほんブログ村 ライフスタイルブログ セミリタイア生活へ