日本円資産のリスクについて


 


 

とあるグローバル企業の部門長として働いておられる方と会食を持つ機会がありました。

 

何度も海外拠点の長をされている経験もされており、グローバルで活躍をされている人なのですが、その方の下で私の知人が働いており、仕事を発注させていただく機会もありますので、そういう関係で私の上長と一緒に会食にご招待を受けたというのがきっかけです。

 

会食中の会話は仕事一色ではなく、むしろ仕事は1割もないくらいで、あとは世間話や世界情勢の話でした。




円建資産のリスク

 



日本経済の失われた30年という話になった流れで、その今回会食にご招待をしてくださった方が、日本円で資産を持っておくことが今後はリスクになるということをおっしゃっていました。

 

その方自身はご両親もかなりのステータスの方で、ご親族も日本に資産も多く持っておられると思いますし、その方自身も当然に多くの資産を持っておられると思いますので、資産を持っていない僻みとかそういうことではなくて、単純に日本円がどんどん弱くなっていく中では日本円で資産を持っていてもグローバルな視点で言えば資産は目減りする、資産額が減る、それがリスクだということをおっしゃっていました。

 

日本でずっと住み続けるということを前提にすれば、日本円の為替影響も多少は軽減できるとは思いますが、それでも日本にもインフレの波は来ていますし、それは為替の影響を確実に受けてのことですから、影響をゼロにすることはできないというのは間違いいありません。

 

日本経済は人口減が確実に見えており、そうなれば経済状況が劇的に成長フェーズに入るということはないと思いますし、日本円がグローバルでどんどん弱くなっていくというのは確かだと思います。

 

一方でポジティブな点が決してないわけではなく、例えば中国人が日本の不動産を購入しているという話が出てくるのは、当然に日本の規制の緩さというのもあるのだとは思いますし、中国で土地を所有できないからといった背景もあるとは思いますが、中国人から見れば、中国よりかは日本の方が資産の逃がし先として適切だと思われると思われているということですので、そういう意味では日本も捨てたものではないということでしょう。

 

まあ、そうは言っても積極的に資産を逃がしたい先であるとは言えませんので、気休め程度でしかないかもしれませんが、地政学的に危うい場所にあるとはいえ、一定以上の経済規模を持ち、比較的安全・安心で、暮らしやすい国の一つとして日本はまだ存在はしているとは言えると思っています。

 



リスクには備えないと




ただそうであっても前述の方の言葉である、日本円で資産を持っておくことが今後リスクになってしまうのではないかという言葉を覆すほどの根拠が何かあるわけではありませんし、客観的に観てみると確かに日本円で資産を持ち続けることは資産が目減りするリスクではあるなとは思います。

 

しかしそれはすなわち、日本でセミリタイア生活を送ろうとしている私にとってはいい話ではないのですよね。

 

日本で生活をしていても、日本円での資産が目減りするということはすなわち生活コストが上昇するということで、セミリタイア生活のためにこれくらいの資産を保有しておけばいいと思っていたのがそうではなくなってしまうということが起きると、ではその補填分をどう担保すればいいのかという話になりますし、どうやって稼ぐのかを考えなければなりません。

 

本来ならばそういう可能性が起こりえることも踏まえてセミリタイア生活の計画を練らないといけないということなのだと思いますし、あまりぎりぎりの想定で計画を練らない方がいいということなのでしょう。

 

セミリタイアをしたはいいものの、実はそれ以前よりもあくせく働かななければならなくなったなんてなると非常に本末転倒というか、であればセミリタイアをせずに働き続けていた方がより経済的、精神的に余裕のある生活ができたのではないかなんてこともあり得るわけですからね。

 

そこで後悔をしてもなかなか元には戻れませんから、最後はある程度の覚悟はいるとは言うものの、かなりの覚悟でセミリタイアに飛び込まないといけないですね。


今はまず、外貨建資産の形成などを検討したいと思います。



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資産の増加見込みについて





年初から日経平均株価はぐんぐん上昇しています。

 

株価が上がるのだからさぞかし景気はいいのだろうと思いきや、それはそれ、これはこれらしいので、必ずしも日本経済の景気が良くてみんな潤っているというわけでもありません。

 

こういう時には、ああもっと投資しておけばよかったななんて思いますが、それは後の祭りです。

 

しかしながら、年初早々、気分を良くしている方は多くいらっしゃるのではないかと思いますので、それはいいことではないかと思います。

 

願わくば、日本の景気も良くなって、賃金も上がり、多くの人の生活に今まで以上に余裕ができるといいなと思いますが、なかなかそんな簡単な話ではないでしょうね。

 

私の勤める会社も、今年は少し業績が良くなくなってしまいそうだという話がずっとありまして、経費の削減含めて既に検討が始まっています。

 

年初からそんな見立てになる、そんな予算を立てたのは誰だという話かもしれませんが、減収予算や減益予算を立てることは認められないというのも理解はできますし、困ったときはみんなで困ろうということかなと思っています。




資産の上積み



 

セミリタイアを目指しての資産形成の点で見ると、実は私も今年はこれくらいは試算の上積みができそうだというのはなんとなく見えてはいます。

 

投資によって増減する分は当然良く分かりませんし、そこは増えることはあてにせずに現状維持で御の字だと思っておりますが、サラリーマンですので給与やボーナスでのキャッシュインについてはおおよそ正確な額が既に把握できます。

 

ボーナスについては会社の業績にも反映はされますが、いきなり半額になることはありませんし、2倍になることもありません。

 

一方で支出のところは、なにかしらの大きな支出は予定されていませんので、通常の生活を行なっていく範囲での支出を想定しておけばよいと思います。

 

もしも塊としての支出が増えるとしたら、家族旅行でどこかに行く際の支出が増えることがあるかもしれないということでしょうか。

 

この支出については家族平和のための支出ですので、多少増額になろうと私は何も問題はないのですが、一方で私の妻は旅行に行きたがる割には旅行先でお金を使うことには抵抗があるようで、私からしたらそんなのはお金で解決してしまえばいいのにと思うことも、あえてお金を使わせてくれないということがあります。

 

まあ、何でもかんでも贅沢にお金を使おうとする人よりかはいいのかもしれないなと思いますが、お金を使おうとすると文句を言われることがありますのでそれはそれで面倒だなと思います。

 

私からしたら、普段に時間がない分、時間を有効活用するためにはお金を多少かけるのは仕方ないと思うのですが、妻は普段から時間がある分、節約のために時間をかけることにも抵抗がないのだと思います。

 

このあたりの金銭感覚の違いというのは違っていると苦労しますね。

 

同じ課題に対しても解決方法が違うということにもつながりかねませんし、それで済めばいいですが、そこから喧嘩に発展することもあり得ますから。

 

まあそれでもお金を浪費しまくって、そのことで喧嘩するよりかは圧倒的にマシかなと思います。

 

妻はなんだかんだで私がお金を全然持っていないし稼いでもいないと思っているようで、それはそれでよかったなと思っています。

 

妻は私が資産形成をしていることは知っていますし、1億円の資産形成を目指していることも共有はしていますが、実際に今それがどれくらいの進捗なのかは知りませんし、なんならそんなのは夢物語だと思っているかもしれません。

 

そうなると今度は、変にお金があることが知れて気が大きくなってしまうのが少し怖いなと思っています。



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人的補償



 

あるプロ野球球団がFA制度を活用して獲得した選手に対しての人的補償制度の対象選手が、一時期は既に名前の挙がっていた選手から急に別の選手に切り替わったようです。

 

元々指名されていたのは実績抜群で球団を以前から支えていたベテランもベテランの投手で、一方変わって指名されたのは昨年も大いに活躍した若手投手です。

 

人的補償制度の対象とさせたくない選手はプロテクト制度の仕組みを使用して守ることができますが、チーム全員を守ることはさすがにできませんので、結局は誰かが対象となってしまいます。

 

前者のベテラン投手ではないかという情報が駆け巡ったことで、それに大いに批判的なファンが否定的な反応を強く示したことから、対象選手について再度交渉の場が設けられたとか、そもそも最終的にベテラン投手に決まった事実はなかったとか、色々と憶測はありますが何が真実なのかはよく分かっていません。

 

それでも、経緯などを見るになんとなくドタバタがあったのだろうと思われる、ということから、今回の経緯や特定に球団に対する批判的なコメントなどもされています。

 

真相は分かりませんが、けっこうすっきりとはしない話ではあるなと思います。




会社人事もちょっと似てる

 



私が聞いた限りですが、私の勤める会社の人事異動でも、こういう人的補償に近いようなやりとりがなされることがあるようです。

 

この部署の誰々が欲しいという部署があったとして、ではその部署からは誰を差し出すのか、ということで、会社の人事は決して1対1の交換ではなくて、他の部署も含んだ多対多の人事異動になるのでしょうが、場合によっては互いの部署が互いに候補となる人を指名し合うみたいなことも起こっているみたいですが、こう考えると、他の部署から必要とされる人というのは一般的には優秀な人でしょうから、そんな人を取られてしまう部署からしたら穴埋めにも優秀な人をくださいと言いたくなるというのはまあそうなのでしょう。


さらには、こんな仕事は嫌だ、と声をあげて、退職をちらつかせる人もいます。

 

一方で、自分の配下にはなるべく優秀な人を置いておきたいというのが多くの人の本音でしょうから、剛腕な人は優秀な人は囲い込んで離さず、人事異動の話が来てもすっぱり断るなんてものもあり得る話ですし、折り合いの悪い部下はさっさと異動させてしまうなんてのもまた普通です。

 

このあたりは人間のやることですので、さもありなんという感じですね。




管理職もさまざま

 



よく、部下を成長させる、部下の可能性を広げて上げるのが上司の役割なんて話もされますし、それはそうなのだと思うのですけれども、実際のところは優秀な人ほど手元に置き続けたいという本音が出てしまうのもまた仕方のないことなのかなと思います。

 

優秀であるという理由でならいいのですが、噂レベルではありますが愛人関係にある人を近くに置いておくなんてのも話を聞くことがありますし、実際にそう気付くこともあります。

 

自分で勝手にそうするのであればまだ少しはいいですが、なかには他人を動かしてそういう状況を自分のために作ろうとする人もいますから、人を巻き込むという意味ではかなり厄介です。

 

それってむしろいろいろとやり辛くはないかなと思いますし、もしかしたら本人はばれていないと思っているのかもしれませんが、簡単にばれますから、知らないふりをしているこっちの身にもなってくれよと思いはするのですが、いかんせん本人たちはそう思っていないので、周りは辛いですね。

 

あまりにも度が過ぎると不平不満の温床にもなってしまいかねませんし、なんなら社内通報制度みたいなので刺されることもあるのではないかと思います。

 

決してすべての人がそうなるというわけではないのですが、権力を握ると人間は色々とやってしまうのだなということを身をもって実感します。

 

やはり人間は清廉潔白でないといけない、などという気は毛頭ございませんが、やるならやるでうまく色々とやろうねと言う気はしますね。

 

 


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会社の飲み会



コロナの影響で、ここしばらくは開催する気運が低くなっていた飲み会、忘年会、新年会が復活の兆しをみせています。


嘘か誠か分かりませんが、ゆとり世代はそういう会が嫌いで、Z世代は好きなんてことも聞きます。


私の場合は、まあ連続しなければたまの機会としていいのではないかと思います。


新年早々、会社の人と飲みたいとは思いませんが。




なんだかんだ面倒




偉い人のありがたいお話を聞くのは退屈ではありますが、敢えて参加しないという選択肢を取るほどではないかなという感じです。


とは言え、幹事になると大変なのはよくわかります。


参加人数に応じてお店を選び、時には個室があるお店を必死に探し、式次第を考え、もしかすると余興をやれと言われることもあり、場合によっては2次会や3次会のプランも練らないといけません。


参加するだけなら楽ですし、年次が上だからちょっと会費を多めでと言われるのも構いませんが、幹事になると大変です。


それが文化祭を準備するかのように面白く感じるのであればいいのですけどね。


ちょっとした不手際から、最悪の場合は偉い人に説教をいただくこともありますから、そうなると大変です。


幹事の役割は若手が担うことが多いですが、ここ数年、飲み会自体の機会が減って幹事の経験を積んでいない若手も多くなっているのではないかと感じますので、そうなると余計に大変、面倒だ、と感じがちになるかもしれませんね。


そういう飲み会で仕事の真面目な話になることもありますが、それもまた結構ストレスになることはあります。


特に立場が上の人に対して、そこはうまいこと切り分けて欲しいなというのは、歳を重ねた今でも思います。


若手の人が率先して、自分はこういうことがしたくてなどと話をするのであればまだいいのですが、がっつり仕事の話をするならそれは飲み会ではなくて仕事の場でしたいものです。


面倒くさいので、私は特段話を振られない限りはただ黙って聞いているようにしています。


議論が白熱でもしたら本当に大変というか、仕事じゃないんだから、と嫌な気持ちになります。


別にそういう飲み会自体がどうしても嫌というわけではありませんが、もしかしたらゆとり世代に近い感覚なのかなとも思います。





プライベートな奴は好きです




気を使わなくていい人との飲み会は大好きですが。


特に、旧知の人で、他業界の人との飲み会は気を使わないのに、笑いあり、学びがありで大変楽しいです。


そういう人とは年1回などの限られた機会の場なので、新情報もたくさんで、特に楽しいのでしょう。


個人経営の人が領収書をもらったり、ポイントが貯まるからとカード払いにする人がいたりと、十人十色の人生が見えてきます。


多分、月1とかでやっていたら面白くないのかもしれませんが、仕事上の付き合いの飲み会よりかは義務感がなくて好きですね。


やはり年配の方には気を遣わなくてはいけませんし、仕事上の付き合いがあればなおさらです。





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年齢を重ねた影響なのか?



最近、なんだか味覚が以前よりかは変わってきているような気がします。


主には外食なのですが、以前は美味しいと思ったお店に久しぶりに行って、楽しみに食べてみたところ、あれっ、想像していたのと違うなと、驚き度合いが低いという経験が最近積み重なっています。


久々で、本当に楽しみにしてお店に行っている分、がっかりしてしまうのです。


もちろん、自分の体調やらシチュエーションやら、要素は色々とあるとは思いますが、そこまで関係するだろうかとも不思議になります。


実際に、相変わらず美味しいなと思うお店はあります。




外部要因?




さらに、こぞって料理の腕が落ちたとか、物価高の影響で原材料の質が落ちたとか、そんなことはないのではないかと思います。


コロナ禍でしんどかった際に、生き残りのためにグッと質を下げて、コスト減を図ったという可能性はありますかね。


実際、価格の値上げはされているわけですが、価格は上げてコストは下げての経営戦略をとっているのかもしれませんし、それはわかりません。


元が美味しかった分、多少質が下がってもという思いはありますが、期待していたのと違うとがっかりしてしまうのはどうしてもあります。


そう、元々が質の割には価格が安過ぎた可能性であり、ある種、デフレの弊害です。




自分の変化?




その一方で考えられるのは、冒頭に書いた、味覚の変化です。


よく、年齢が上がることで脂っこいものが食べられなくなってきた、さっぱりしたものが好きになってきたという話を聞きます。


それに似たようなことが私にも起きているのかもしれないなと思うのです。


そうだとすると、もしかしたら今後、これまで以上な美味しく感じる料理が出てくるのかもしれませんが、一方でこれまで美味しいと思っていた料理がそこまで美味しいと思わないようになるのかもしれず、それは大変残念です。


食べられる量もなんだか減っている気はしますので、年齢とともに訪れる変化なのかもしれません。


セミリタイアすれば食費にも気を遣わないといけないかもしれませんが、そうは言っても美味しいものは食べたいですからね。


いざ人生をもっと楽しむぞとなった際に、感じる幸福度が減っているかもしれないという恐怖ですね。


セミリタイアするために我慢をした結果、トータルで見た人生が楽しくなくなる、そんなことが起こると嫌ですね。



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会社での新年の抱負が嫌い



新年を迎えて、また新たな気持ちで仕事に取り組みましょうという訓示が会社でもありました。


年始の災害や事故の話も教訓的に話題になりましたし、周りにも影響を受けた方はいらっしゃいました。


確かに、年も新たになりまして、実績がゼロからスタートするなど、切り替えやすいタイミングのようには見えます。


まあそもそも、前年はどうだったかの振り返りから始まりますから、場合によっては年始からいきなり怒られるなんてこともありまして、今年こそはちゃんとやれよ的なスタートになる場合もありますが。




実際は?




でも実際問題として、今年の実績、特に年初からの実績は前年からの仕込みが必要ですし、数字上は今年からゼロスタートとは言え、実態はそんなことはなく、年初の時点ではある程度、第一四半期の状況は見えるんですよね。


もっと言うなら、年末の前に、来年は厳しいななんてことは分かるわけですから、今年こそはなんて年初に言われても、流れを変えられるのは数ヶ月たってからです。


しかしながら、年初から自分の今年の目標は何々です、なんて宣言しないといけないなんてこともあります。


宣言するだけならまだしも、それに対して役職が上の方からちゃちゃがはいることもありますので、必ずしも気持ちの良いものではありません。




プライドがあるんでしょう




セミリタイアを目指しているとは言え、私も仕事で何か言われたら気になりますし、完全に仕事にやる気がないわけでもなく、また何よりも自分のプライドを守りたいという思いがあるのだと思います。


自分が他人から高く評価されたい、低く評価されたくない、という思いです。


多少、仕事で他人に何かを言われても気にしなくていいという思いがある一方、出来るだけ言われたくないという思いがあるのは間違いないです。


そこまで神経が図太くない、気にしいなのかもしれません、というか、根っこがそういう性格なので、セミリタイアしたいと思っているとかでは変えられない本性なのでしょう。




神経が図太くありたい




もう少し神経が図太くなりたいですが、そうなるとそもそもセミリタイアしたいとかも思わなくなるのでしょうかね。


でも、そちらの方が人生は幸せに感じるかもしれませんね。


他人の評価はあくまでも他人の評価に過ぎませんし、同じコミュニティにいない限りはそもそも気にしなくてかまいません。


他人の評価を気にし過ぎて追い詰められる必要は全くありませんし、それで病むくらいなら逃げればいいと思います。


ただ、他人の評価を気にし過ぎなくなると、自分勝手になって、社会性がなくなり、それはそれで問題ですので、ある程度他人の評価も気にしないといけないとは思いますが。


他人を思いやることは大切ですし、いたずらに低い評価をもらっても損をするだけですので、健康的に生活していける程度には、ほどほどには他人の評価を気にするべきなのでしょうけど。




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