1日以上の時間をかけて長距離を走るチャリティーマラソンが今年もテレビ番組で行なわれました。
私は小さいころからあまりこの手のテレビ番組を見せてもらう機会が少なく、またそもそも自分の見たくもない、興味もない番組や出演者も見なければならないというのもあって、自身としてもあまり興味がなく、結果として大人になってからも観る機会はないという状況です。
外野の声
そのチャリティーマラソンをめぐっていろいろと声があるようです。
そういうチャレンジ物が1つのプログラムになるのは分かりますし、過去にチラ見したこともあります。
今回は見ていないので状況をよく分からない中ではありますが、いろいろと声があるようです。
とはいっても基本的にはSNSの中で発せられる声なので、基本的には過激なものが多いのだろうなとは思いますので、必ずしも正しい意見だとはおもわないほうがいいだろうというのはあります。
こういうチャレンジ物に対して言われるのは、感動の押し売りというものです。
別にメディアに乗せなくても、チャレンジしたいなら勝手にやればいいじゃないかというのもその通りではあって、興味のない人がそれを見せられても別に感動もしないものなのですが、そういう声を発すること自体が人間としていかがなものかと思われるようなそんな空気感もある中で、プログラムそのものに批判が集まるというものかと理解しています。
ただメディアとしては、そういう内容を取り扱うことでスポンサーがつくとか、メディアとしての寄り添う姿勢を見せるとか、そういうこともあるでしょうし、そもそもそれで視聴率が稼げるというようなこともあるのだと思います。
実際に、なんだかんだでメディアの力というのはあると思っていますし、その力をうまく使うことで、なかなか普段は日が当たらない社会的弱者のことを世間一般の人に考えてもらうとか、自分たちならば何ができるのかを自問させる機会にするということは可能だと思いますので、正しく使えば社会に対して非常にいいきっかけを与えることができると考えます。
ジャーナリズムというのもは本来そのような役目をはたしている活動でしょうし、プログラムそのものが悪いということは決してないと思っています。
ただどうしてもこういうエンタメ系の番組においては、演出が過剰になりがちであったり、無理により感動させようとしたりということがありがちなので、見ている側としても作られたストーリー感を感じてしまうというものがあるのでしょう。
まあ、そういう目線、つまりはエンタメであり演出なのであるという大前提に立ってプログラムを観ればそんなに鼻につくということもないのではないかと思いますが、テレビ局側はこれは完全なフィクションだという体で放送してしまっているというのももしかしたらあるのかもしれません。
どういう視点で観るか
チャリティーマラソンにしても、何時間もかけて長距離を走ったことを科学的に分析して、実は全然速くないとか、楽をしているというような批判的な論調があるのを目にしました。
確かに、検証されているその平均速度が真実だとすれば、速度自体はそんなに速くはないなと私も思います。
それをずっと続けるというのはすごいことなのではないかとは思いますが。
ただその批判的な論調の人たちも、ではかなり真剣にしんどい思いをして、まさにウルトラマラソンを走るかのように限界まで挑戦して、ボロボロになりながら走り切るという絵が見たいのかと問われれば、そんなことはないのではないかと思いますし、何ならいったい何を観せられているんだ、虐待だとすら言い出しかねないなと思います。
なんならば、あまりにも過酷であれば観ていられない、という事態も起きかねないでしょう。
そもそも、あれを真剣な取り組みなんだと思って観ている人は果たしてどれくらいいるのだろうというのも正直思うところではあります。
であれば、我々みんなに求められているのは、これはあくまでもエンタメなんですよということを大前提とすることへの理解なのではないかとすら思います。
そして、それはまず伝える側に求められていることなのだと思うのですが、そういう流れにはなかなかならない可能性はあります。
もしかするとチャリティー活動として募金を集めるにあたって、エンタメである、変な話はヤラセである、ということを告知するというのはあまりしたくないことなのかもしれませんし、その気持ちは分からなくはありません。
となると、いや、これは真剣、真実なのであると気持ちで楽しむエンタメなんです、というような空気を読む、という感じが観る側に求められているのでしょうか。
そうなるとそれはそれで、受け取り手にその判断をゆだねるなという批判の声がでそうですね。
しかしながら、もしも科学的にはそんなに速いスピードで走っていなかったからとして、いったい何が問題なんだろうか、というのは私は思います。
観たくないなら観ないでいいわけですから。
真剣に挑戦していると思っていたのにしていなくてがっかりだということなのかもしれませんが、そこはおおらかな気持ちで楽しめばいいのではないかと勝手に考えています。


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