セミリタイアは周りに貢献することからの逃げなのか




今日、会社の人と話していて、たまたま転職の話になりました。

転職の話と言っても、会社の誰々がどこどこに転職したらしい、それはこんな理由らしい、今は楽しんでいるらしい、こんなことをしているらしい、というような話題です。

で、話の大きな流れとしては、そういう生き方もあるよね、そんな人生もおもしろそうだよね、自分もそうできるかな、あるいは、それってどうなんたろね、どうせ会社では出世が見込めなかったからな、なんて感じです。

その転職した人が実際にどう感じているのかは分かりませんので、想像の域での会話です。

おそらく、転職した人はみんな、何かしら後悔をして、何かしらは幸せに感じていることと思います。

そんなこんなでしたが、話をしているうちに感じたのは、周りの人は皆、仕事が好きなんだろうなということです。

何かしらの成果を出すことに喜びを見出しているのだと思います。

その感情は分かります。

やっぱり、周りや社会に貢献している実感が欲しい、自分の能力が発揮されていることを感じたい、と思うのは、人間の性なのではないでしょうか。

リタイアについて

今までここに出てきた転職者は何かしらの新しい職で頑張っている人です。

そうではなくて、新しい職で頑張っているのではない、早期リタイアをした人の話になったとき、反応としては、もっと働けばいいのに、もっと周りに還元すればいいのに、自由な時間があってもなにをすればいいのか、というものになりました。

ああ、意外と早期リタイアってポジティブに捉えられないんだなと思いました。

特に、昔は何時まで残業した、土日も出社した、残業時間は月にどれくらいだったを誇らしげにいう人ほどそういう反応でした。

自分は過去にこれだけの残業に耐えてきて、それが今の自分の礎になっているのに比べたら、最近の若い人は比較的弱い、なんてことを言ってしまう人もいるので、まあ、そういう評価になるのも仕方ないかなとは思いますが。

確かに、過去の経験が今の礎になっていることは全く否定しませんが、だから過去の基準が全て正しいというのは違うと思います。

まあ、私はにこにこ聞き流すだけですが。

仕事を頑張る文化

早期リタイアに良い印象がないのは、仕事を頑張ることを美徳とする文化があるからではないでしょうか。

いや、仕事を頑張ることは多分美徳です。

ただ、それだけが唯一の価値や美徳ではないということを言いたいのです。

早期リタイアをして、家族との時間をもっととりたいと思うことは美徳ではないのでしょうか?

あるいは、早期リタイアをして今一度、学び直しをしたいと思うことはどうでしょう?

もちろん、早期リタイア後に何をしたいと思っているかは分かりませんので、私が勝手に言っているだけですが。

仕事を頑張ることを美徳とすると、仕事を頑張らない人は逃げている、周りに貢献していないと思われるのでしょう。

自分の人生を豊かにするために意思決定をできる人は、決して逃げていないと思います。



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1 件のコメント:

  1. 主義とか道徳とかなんでもそうだけど一つの事柄を称揚すると必ずそれに合わない人が不当にディスられるという弊害が発生する。たとえ良さそうな事でも一つの事柄の絶対視はするべきではない。

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