子供との日々と学び




週末になると、子どもと遊びに出かけるのがルーティンになっています。

 

小動物には比較的興味を示しまして、鳩、犬、猫、なんかが遠くにいると指さしては動物の名前を言う、なんてことをよくしています。

 

一方で、歩いている道のすれ違い様などにその動物が寄ってくると、ちょっと怖がったような仕草をして、逃げるように私の足にしがみついてくるということをします。

 

動物園に行っても、遠目で見ている分には楽しそうに動物の名前を呼んで、手を振ってなんてことをしているのですが、動物と触れ合えるゾーンなどはどうも苦手のようです。

 

また、不思議なもので、象やキリンなどの大きな動物そのものは特に怖がらないのですが、ガチョウなどが大きな声で鳴きながら近くに寄ってくるとどうも怖いようです。

 

大人の私からしたら、普段は本などで見ている動物が実際に動いていたり、それらが近くに寄ってくることの何が怖いのかはよくわかりません。



子どもの立場

 


ただ、確かに子ども目線で言うと、例え犬であったとしても、自分の体と同じサイズの生き物が自分に向かって近づいてくるというのは確かに怖く感じるのかもなと思います。

 

大人の私でも大型犬とすれ違う時とかは、万が一とびかかってきたらどうしようかと考えながら歩いていますので、同じような恐怖を子どもは感じているということなのでしょうか。

 

実は、私の親の話では、私も子どもの頃は結構怖がりだったようです。

 

そういう話を聞いているので、もしかして私の子どもも私に似たのかなあ、なんて思うこともありまして、それがそれでまた愛おしさを増すなんてのもあります。



対応

 


そういう態度の子どもを見ると、怖くないよ、大丈夫だよ、と無理に動物に近づけようとするのではなく、まだ怖かったね、でもお父さんが隣にいるから大丈夫だよ、と声をかけてその場を離れるようにしています。

 

ある種、甘いのかもしれませんが、そこまで厳しくする必要もないよなと思うのでそうしています。

 

自分自身の子どもの頃の記憶ですが、大人が何の気なしに悪気もなく、自分の意志と反することを言ってくると、その言い方次第で、子どもとは言え、いい気はしないんですよね。

 

自分は怖いのに、親からは怖くないよ、とか、弱虫だなあ、とか言われると子どもながらに傷ついていた記憶があります。

 

また、私の記憶にあるのは、あるぬいぐるみがどうしても欲しいと思ったのに、親が女の子じゃないんだから、なんでそんなものが欲しいの、という言い方をされたときに、結構傷ついた経験です。

 

男か女かに関係なく、自分が欲しいと思っているのだから、女の子であれば買ってあげたのにというような言い方をされるのは納得がいかないですし、さらにぬいぐるみを欲しがっていることが男らしくない、というような言い方をされたような気がして、それに非常に傷ついたのです。

 

子どもってそういうところに敏感ですからね。

 

この前買ったから今日はダメとか、他の物を買ったからこれはダメ、というのであればまだ納得がいくのかもしれませんが、そういうことでもなかったので子どもながらにどうしようもなくて傷ついたのかなと思います。

 

大人は意外と子どもでは納得できない大人の論理で動いてしまいがちですし、難しいところではありますが、子どもと過ごしていることで自分の学びになっているのは間違いありません。

 

その学びが正しいのか間違っているのかはこれまた分からないのですけれども。


 


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