子どもは宝です

 


とあるデイサービス施設で、13歳の障碍のある男子生徒が施設の駐車場から送迎車を降りて突然走り出し行方不明となり、川でなくなった状態で見つかった事故で、施設の運営会社代表らが逮捕されたそうです。

 

この男子生徒は突然走り出したり、水に強いこだわりを見せることがある特性を持っていたようで、不幸な事故につながったのだということです。

 

そういう特性があったということではあり、そういう特性がなければ13歳にもなればなかなかこういう事故は起きないのだろうとは思うのですが、その一方で、小さい子どもって本当に予想できない動きをしますので、誰を責めるというわけでもなく、ただ不幸な事故を知って悲しくなりました。

 

もしかしたらこの13歳の男子生徒も知能的には幼い子どもと同じレベルなのかなと思い、そうなると世の中の幼い子ども皆が、同じような危険にさらされるリスクというのはどうしてもあるのだと思います。




私の子どもの場合

 



2か月ほど前のブログで、自身の子どもが大きめのケガをしてしまったという話を書きました。

 

私の不注意もあったのですが、勝手に安全だと思っていたのに、本当にちょっとした隙の時間でケガをしてしまいました。

 

まだ小さいこともあり、周りを見て適切に状況判断をしながらということも難しく、シンプルに周りがあまり見えていないのに加えて、体も小さいのでちょっとしたことで吹っ飛んでしまいます。

 

いい意味で言えばやんちゃなのですが、色々なことにチャレンジしたがりますので、傍から見ていると危なそうだなということもやりたいやりたい、となります。

 

それ自体、あまりに危ないことでなければやらせてあげたいと思いますし、何でもかんでもダメという育て方もしたくないというのが正直なところですが、見ていて危なっかしいなあとひやひやすることはたくさんありますので、いつもドキドキします。




子どもに怪我はつきものだが

 



思い返せば、私も小さいころに少なくとも自転車を猛スピードで漕いで競争したり、自分の身長の3倍もあるところから飛び降りることを繰り返したり、幸いそれでケガはしませんでしたが、そのリスクがあることを色々とやってきました。

 

あくまでも幸運なことにそれでケガをするということはありませんでしたが、その他の場面で大きなケガをしてしまうことはありました。

 

ということを考えると、私の子どもも今後また大きなケガをすることがあるでしょうし、それは避けられないことだとは思うのですが、避けられるのであれば避けたいというのは偽らざる本音ですし、であるが故に自分の目が届いているうちはなんとかして避けたいという思いです。

 

そして、同時にその大きなケガというのがどういうケガになるのかということが大変気になります。

 

治療によって治せる程度のケガであることもあれば、命にかかわるケガである可能性も当然あるわけで、後者になると本当に取り返しがつきません。

 

私も子ども時代から、見知った友人知人が幼くして事故で亡くなるという事態に触れる機会がありましたので、可能性は低いかもしれませんがないことではありません。

 

私自身はどうやってセミリタイアをするのかということを模索はしていますが、それによって自分の子どもがなにかしらの不利益を被るのは避けたいなと思っていますし、何なら今では子どもの成長を楽しみに生きている部分があります。

 

ある日その子どもがいなくなってしまうということになれば、その喪失感はいかほどのものかと想像できません。

 

もちろん、普段子どもの相手をしていて、面倒くさいなと思う瞬間はありますが、トータルで見れば子どもがいてくれることで私の人生の幸福度は上がっていると思います。

 

本当に、いちいちかわいいですし、見ていて飽きません。

 

ニュース記事になっているような件では、当然に誰が悪い、悪くない、という話になりがちではありますし、それはそれで大切なことであろうとは思うのですが、それ以上に、子どもが亡くなってしまったことへのご両親の喪失感たるやいかほどかと、思わざるを得ません。

 

ああ、あの時にこうしていたら、と後から思っても遅いんですよね。

 

 


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